タイヨウのうた   (ROBOT:小泉 徳宏 監督)


 早朝、高台にある家の窓から、遠くのバス停を眺めている少女の姿から映画は始まる。

 やがてバス停にやって来た、一人の少年をじっと遠くから見つめる少女。少年の一挙手一投足に微笑み、憧れるように凝視し、そして停留所の標識に少年の顔が隠れると悲しそうな顔になる…。

 そうするうち、少年は友人たちと去って行く。それを見届けた少女は、つまらなさそうにブラインド(フィルターのような色が付いている)を降ろし、太陽が昇りかけているのにベッドに入る…。

 セリフも、何の説明もないが、これだけで、少女は昼、外に出られない事情があり、退屈しのぎに外を眺めるうち、この少年に恋をした…という経緯が観客にも理解出来ると同時に、この少女に即座に感情移入する事となるのである(少女は、紫外線に当ると命にかかわるXPという病気なのである)。

 旨い導入部である。カットの切り返しも巧みである。何でもないようだが、こうした丁寧な演出は最近なかなかお目にかからない。私は思わず居住まいを正して画面に見入った。

 つい最近、「初恋」という、同じように少女の初恋がテーマでありながら、まるで感情移入出来ない凡作を観たばかりなので余計気に入った。「初恋」の監督に言いたい、この映画を観て少しは反省しなさい(笑)。

 私がもっと気に入ったのは、題材がいわゆる難病ものであるにも拘わらず、全体に明るく、さりげなく笑わせるシーンが多いことである。

 ある夜、バス停を通りかかった少女は、少年の顔を隠したくだんの停留所標識を引きずって移動させる。笑えるが、これはまた少女の一途で健気な思いを伝えるいいシーンでもある。―その後、バスがやって来ると運転手によって早々と標識が元に戻され、少女がガックリするオチもおかしい。
 この標識にしろ、少女の弾くギター、ロウソク、ビデオカメラと小道具の使い方もうまい。

 少女がある日、意を決して少年に思いを伝えるシーンも出色。不器用だけれど、一途な思いが伝わる。難病にめげず、元気に明るく生きている少女の姿に、笑いながらも観客はいつしか応援したくなる。

 少女の父のキャラクターがまたいい。子供を思いやる反面、威勢が良く軽口を叩くユーモラスな面も見せて、作品全体のトーンを支えている。岸谷五朗好演。

 そして、演出の冴えを見せるいいシーンがある。

 ある日、とうとう少年と少女は一夜のデートをする。バイクで遠出し、時間が過ぎるのも忘れ、海岸で話し込む。少年は「一緒に太陽を見よう、あと10分で日の出だ」と言う。少女は時計を見て愕然となる。彼女は太陽の光を浴びてはいけないのだが少年は知らない。

 ここから、一刻も早く家に着かねばならないというタイムリミット・サスペンスが訪れる。ようやく異変を感じた少年はバイクに少女を乗せ、彼女の家に向かうが、空はどんどん明るくなって行く。走るバイク、明るくなる空、やがて山合から太陽の光が射して来る…。これらのシーンを短いカットバックでつなぐ演出テンポが絶妙である。

 やっと家に着き、高台の家への階段を駆け上がり、玄関のドアを閉めると同時に射してくる太陽…。観客はよかった…と胸を撫で下ろす。スリリングで緊迫感溢れるこのシークェンスの演出は、サスペンス映画も顔負けである。

 並みの難病ものとは明らかに異なる作品である。
 普通なら、これ見よがしに、ここで泣いてくださいとばかりに登場するあざといシーンがほとんどない(例えば、突然倒れたり、周囲の人間が泣き崩れたり、病室に駆けつけたり…等)。

 彼女の病気が進行した事を示すシーンも、ギターのFが弾けなくなる事で現すあたり、秀逸。苛立ち、弦をかき鳴らしても不協和音にしかならない。この不協和音はまた、少女の内面心理を伝える効果音も兼ねているのである。
 セリフで説明せず、こうした間接描写などで状況を伝える演出が至るところに見られる。

 ラスト間際、海岸で防護服を来た少女が少年のサーフィンを眺めるシーン。
 死期が近い事は前後の状況から観客には分かる。
 重たそうな防護服でよたよた歩く少女を見て、父親は思わず「そんなもの脱いじゃえ」と言う。声は軽いが、どうせ死ぬならその前に思いっきり太陽の下で遊ばせてやりたい…という、親としての悲痛な思いが隠されている。
 それに対し少女は「私、生きるんだから。もっともっと生きるんだから」と精一杯明るい声で応える。少年に対してもおどけてみせる。

 私はここで泣けた。他の難病ものに比べ、ずっと明るくてくったくがないのに、どんな難病ものよりも泣ける。

 それは、死に直面してもなお、生きているという事は素晴らしい事であると訴え、与えられた短い命を大切にし、素敵な歌を残し、誰よりも精一杯生きた少女の思いがヒシヒシとこちらに伝わって来たからである。

 この後、画面は向日葵に埋もれた少女の葬儀シーンに飛ぶ。

 これが唐突ではないかという声もあるが、私はこれで正解だと思う。この物語に、辛気臭い場面は不要だからである。日本映画は昔から情緒過多でダラダラしたシーンを入れたがるが(先だっての「LIMIT OF  LOVE 海猿」でも恋人との長い電話シーンにうんざりした所だ)、そんな悪しき習慣からそろそろ脱却して欲しいと思っていただけに、この大胆な省略はまさに我が意を得た思いである。

 そしてラスト、少女の歌がラジオのヒットチャートに昇った事を伝えるシーンも、音楽だけでセリフは一切ないのも小気味良い。

 爽やかな初恋、溢れるユーモア、軽やかなタッチ、省略と間接話法から生まれる快適なテンポ、そして緊迫感に満ちたサスペンス描写…。まさに緩急自在、演出テクニックが冴え渡っている。

 監督は誰かと見れば、小泉徳宏。初めて聞く名前である。実はまだ25歳!と聞いて驚いた。凄い新人が出て来たものである。

 この若さでありながら、観客を映画に引き込む見事な演出ぶり。まさにスピルバーグのデビュー時を思わせる。これからが楽しみな、日本映画のホープである。イチ押ししたい。

 少女を演じたYUIがいい。本職はシンガー・ソングライターで演技的にはこれからだが、ひたむきさ、一途な思いがよく伝わって来たし、何より、自分でギターを弾き、歌ってるだけに、歌うシーンは画面に引き込まれる。言っちゃ悪いがテレビドラマの方は見る気がしない(笑)。

 今年の日本映画では、将来性では一番の佳作である。お奨めしておきたい。

 製作した映画会社、ROBOTについても言及しておきたい。「踊る大捜査線」「海猿」などのビッグヒット作を生み出す反面、「ジュブナイル」「リターナー」「ALWAYS 三丁目の夕日」の山崎貴監督を世に送り、そして今回は新人小泉徳宏をデビューさせた。その他にもユニークな作品が目立つ。この会社の作る作品は、今後も要チェックである。          (