初恋   (GAGA:塙 幸成 監督)


 三億円事件は、今も強く心に焼き付いている、あの時代を代表する大事件だった。

 当時としての金額の大きさ(今の貨幣価値なら30億円!)のみならず、誰も傷つけず、見事に成功したうえ、警察の大捜査にも係らず、時効が成立・・・しかも未だに犯人も、金の行方もわからないまま…。

 こんな、多額の強奪事件で、完全犯罪が成立した例は史上空前である。
その為、映画、テレビ、小説、ノンフィクション…あらゆるメディアで取り上げられ、いろんな犯人像が推理されたり、それらの中で描かれた。

 映画では、今は東映社長である岡田裕介が犯人役の「実録三億円事件・時効成立」(75・石井輝男監督、原作は清水一行)とか、田宮二郎主演の喜劇仕立て「喜劇・三億円大作戦」(71・石田勝心監督)とか、変りダネではクレージーの植木等が犯人を演じたドタバタコメディ、「クレージーの大爆発」(69・古沢憲吾監督。なんと事件の翌年に作られた!)などがあり、テレビでは沢田研二が犯人役の「悪魔のようなあいつ」(脚本:長谷川和彦)などがある。

 まあそれほど、この事件はいろんなクリエイター達の創作意欲を刺激した…と言えるだろう。

 で、これまではほとんどすべて、犯人は成人した男であったのだが、本作ではなんと、犯人は女子高校生!だった、というのである。

 これは意外な盲点である。それなら、未だに捕まらない理由としては頷ける(警察は男性ばかり追いかけてただろうから)。

 う〜ん、これは案外面白い映画になるのでは…と期待したのだが…。

 
 アイデアとしては面白いのだが、ストーリーもキャラクターも演出も、すべて凡庸である。

 なぜ女子高校生なのか、なぜ夥しい遺留品を残しながら犯人に辿り着けなかったのか、なぜ金がまったく使われなかったのか・・・

 そうした、多くの疑問点に、納得出来る答がほとんど用意されていない。

 主犯は、東大生の岸(小出恵介)で、彼がすべて計画した事になっているが、彼がどうやって白バイのニセ部品を調達し細工したのかがまったく描かれていない(相当の機械知識が必要と思われるのだが。東大生に出来るとは思えない)。
 女子高生のみすず(宮崎あおい)が現場に行ったら、もう白バイがあった…という描写は明らかに手抜きである。

 あるいは、老バイク店主(藤村俊二)が手伝ったのかも知れないが、そう思わせる伏線がどこにもないし、画面で見る限りは、まったく関係がないようにしか見えない。

 そのくせ、みすずが事件を起こす前後の描写は、白バイが水溜まりに嵌ったり、シートを引っ掛けたり、やたらディテールにこだわっている

 要するに全体のバランスが取れていないのである。

 犯罪を描くことより、心理描写や人間の内面を描く事に主眼を置いた…とするなら納得出来る場合もある。

 しかし、肝心の人物描写もまたおざなりである。
 ジャズ喫茶・Bにたむろする若者たちの人物描写が平面的で、掘り下げが浅い。

 彼らが、みすずにどう関わっていったのか、兄である亮(宮崎将)の行動がみすずにどう影響を与えて行ったのか、みすずが岸に何のきっかけで心を寄せ、どんな心の変化を経て大犯罪に加担する気になったのか、あるいは岸はなぜこの事件を計画したのか(そもそもジャズ喫茶に入り浸る学生がなんで東芝府中工場のボーナスの事を知ってるのか)・・・

 そうした重要な部分がほとんど描かれていない。これでは主人公たちに感情移入する事も出来ない。

 岸とみすずを除く若者たちが、二人にまったくと言っていいほど関わらないのも不思議である。機動隊に殴られ、警察に恨みを抱くプロセスまで描きながら、結局何もしないのでは、何の為に彼らは登場したのか(そのくせラストでは彼らのその後をアメ・グラ並みにテロップで説明している丁寧さも理解に苦しむ)。彼らも共犯者ならまだ納得出来るのだが…。

 そもそも、タイトルに「初恋」と謳うのなら、みすずが、岸に淡い恋心を抱くまでのプロセスを丁寧に描くべきだし、岸がそれにどう応えて行ったかも描かれなければならない。

 映画を見る限りでは、みすずは打ち明けられた犯罪計画の方に興味を抱いたようにしか見えないし、岸も、単にみすずを利用しただけのようにしか見えない。

 そして、三億円はどうなったのか…。トランクを開けて札束を確認するシーンもない(予算がなかったのか?)し、どこに隠したのかも、その後どうなったのかも描かれていない。
 若者たちのその後より、三億円のその後の方が、こっちは知りたい(笑)。

 この映画で一番ダメなのは、他で何度も書いているように、“伏線”がほとんど用意されていない点である。
 犯罪ものにしろ、人間ドラマにしろ、周到な伏線をあらかじめ張っておれば、後半に意外な展開があったとしても説得力を持ち得るのである。

 まあ文句ばかり言ってきたが、事件を描くのか、“初恋の行方”を描くのか、せめてどちらかだけでもキチンと描いてくれたならまだマシだった。どっちも中途半端では話にならない。

 アイデアの面白さに期待しただけに残念である。

 なお、実の兄妹である宮崎将と宮崎あおいは、6年前の「EUREKA<ユリイカ>」(青山真治監督)という、バスジャック事件に遭遇した人たちのその後を描いた映画にやはり兄妹役で出演している。こちらは素晴らしい傑作だった。時代を反映した社会的事件…という共通性もある。興味ある方はどうぞ。但し上映時間は3時間37分!とムチャ長いので注意されたし。          (