亡国のイージス  (松竹:阪本 順治 監督)

 福井晴敏原作による傑作海洋冒険ポリティカル・アクション・エンタティンメント小説の完全映画化。原作を数年前に読んで感動した。何より、日本発の小説には珍しい、アクション満載のハラハラ、ドキドキする、例えて言えばアリステア・マクリーンとかクライブ・カッスラーあたりに匹敵するサスペンス冒険小説の味わいと、爽快な読後感があったからである。そして、「これは日本では映画化不可能だろうな」とも思った。製作費がかかり過ぎるだろうし、技術的にもSFXがチャチに見えてしまうだろうし、ましてやこれほどのスケール感があり、かつ骨太の男のドラマを演出できる監督もいないだろうと思ったからである。
 そんなわけだから、映画化が発表された時には幾分不安ではあった。しかし監督がご贔屓の阪本順治と聞いて俄然楽しみになった。阪本にとっても初めてのビッグ・バジェット大作である。きちんと人間が描ける監督だし、アクションは低予算ながら「鉄拳」「トカレフ」、ポリティカル・サスペンスは「KT」と経験済みである。加えて自衛隊の全面協力で、本物の自衛艦や航空機も画面に登場することとなったのだから期待は高まるばかりであった。公開を心待ちに待って、初日に映画館に駆けつけた。
 感想をひと言で言うと、「あの膨大な原作をよくここまでまとめた」と、まずは褒めておきたい。時間的な制約から、多少話を端折っているのはやむを得ないだろう。その分、ダレる所なくスピーディに物語が展開し、艦内を知り尽くした主人公仙石(真田広之)が、「ダイ・ハード」のマクレーン刑事か「沈黙の戦艦」のケーシー・ライバックばりに敵に戦いを挑む、その奮闘ぶりに、観ているこちらも心が熱くなって来る。薬莢が排出される銃撃アクションもキマっている。原作にかなり忠実に作られており、また本物を使ったイージス艦やF2戦闘機の映像はさすが迫力がある。ラストのクライマックスは、原作ではどんでん返しがあるのだが映画ではストレート勝負になっており、これは映画の方に軍配を上げたい。製作の中心となったのは、「ホワイトアウト」を手がけた小滝祥平率いるデスティニー。脚本も同作の長谷川康夫。テンポがダルくて原作の面白さを生かせなかった「ホワイトアウト」(これもよく考えたら「ダイ・ハード」型アクションでしたな)に比べたら数段いい。日本映画としては最近の作品の中では上出来の部類である。今年公開された「ローレライ」などの福井晴敏3作品のなかでも一番いい。おススメである。
 …と、いい所ばかり挙げたが、惜しいかな、もう少し手を加えればもっと面白くなったのではないか―という点も列記しておく。
 冒頭しばらくして、いきなり警察から電話があり、仙石が自転車で向かうと、如月(勝地涼)たちが既に喧嘩で不良たちを叩きのめした後の場面となるが、これは省略し過ぎ。まず、どこか他人と違う雰囲気の如月が、仲間たちと次第に心を通わせて行くプロセスは描いて欲しかった。ために田所や菊政らもまるで存在感なし。ヨンファの妹である女工作員・ジョンヒも、いつの間にか唐突に登場しており、描き込み不足でキャラクターも希薄(原作では旅客機爆破など周到なプロセスがある)。あれではまるまる省いた方がマシだった。如月がうわ言で父をなじり、宮津が応えるシーンも不要。原作のエピソードを出来るだけ入れたいなら、上映時間を長くすべきだし、2時間強で収めるなら、脚本を練り直し、思い切っていくつかのエピソードはばっさりカットすべきだろう。
 とまあ、難点はいくつかあるが、観ている間は十分楽しめた。とにかくも映画化が困難と言われた原作を、サスペンスフルかつスケールの大きい見応えのある骨太アクション・ドラマとして仕上げた点は大いに買う。阪本順治監督にはさらなるメジャー大作に挑戦して欲しいと思う。    

(付記)これを書いた後で、私の書いたくだんの「ホワイトアウト」批評を読み返したら、なんと「監督には若手でもいいからアクション演出に手馴れた人材を持ってくるべきであった。(中略)ともあれ、これを機会に我が国冒険小説の傑作の映画化が続いてくれるなら、映画化の意義は十分あったと言えるだろう(例えば、福井晴敏の「亡国のイージス」は是非とも映画化して欲しい)」と書いてあった。監督も前回はTVディレクターだったのが、今回はアクションも得意な阪本順治を抜擢しているし、なんか私の書いたとおりになっている。プロデューサーの小滝祥平氏は、ひょっとして私のこの批評を読んだのだろうか。…まあそんなことはないとは思うが(笑)、なんとなく嬉しい気分である。