PART 2 (No.21〜40)

PART 3 (No.41〜60)へ

No ベ ス ト 作 品 ご 参 考
21

 「東京物語」 ('53) 松竹/監督:小津 安二郎

小津安二郎作品の最高傑作。特に事件が起こるわけでもなく(老妻が亡くなるが、これとていつかは必ず訪れる運命である)、悪い人間が出て来るわけでもなく、ただ淡々とある家族の日常を見つめているだけなのに、見終わって深い感動に包まれ、打ちのめされる。若い頃見た時は、良く出来ているとは思ってもあまり感銘は受けなかった。…なのに、見る度に、心に深く沁み、感銘度がより高まってくる。前に書いた「戸田家の兄妹」で提起したテーマが、ここではさらに深みを帯び、人間の弱さ、家族の絆の脆さを静かに訴えかけて来る。おそらくこの映画は、(自分も含めて)歳を取ってから見る度に、さらにその物語の奥深さに感動し、涙することになるだろう。
俳優たちもみんな最高のものを見せている。笠智衆(この時まだ49才!)、東山千栄子の老夫婦、山村聡、杉村春子、大坂志郎らの子供たち、戦死した次男の未亡人・原節子、隣のオバさん・高橋豊子…みんな本当にうまい(何度も言う!)。これは、時代を経るごとに、ますますいぶし銀のように輝きを増して来る、マスターピースと呼ぶにふさわしい永遠の名作なのである。

小林さんのベスト100
 (43)「東京物語」 (左参照)

*木下恵介「日本の悲劇」(53)も忘れ難い名作。敗戦後の混乱の中で、一生懸命子供たちを育てたのに、その子供たちに背かれ、絶望して鉄道自殺してしまう。やりきれない物語だが、戦後日本の現実を鋭く見つめた木下恵介の人間観察眼に圧倒される。望月優子の名演も見どころ。

「にごりえ」(53)今井正監督。樋口一葉の古典文学をオムニバスとして映画化。格調高さは一級で、この年のキネマ旬報ベストワン。昔映画サークル上映会で見て感心した覚えがある。…にも係らず、時間が経つと共にどんどん感銘が薄れてしまって、今ではあまり印象にない。これは私だけではないようで、文春ベスト150でも89位と、かなり低位置である。ベストワン作品が必ずしも永遠の名作ではないという見本でもあるようである。

22

 「雲ながるる果てに」 ('53) 松竹/監督:家城 巳代治

鶴田浩二主演の“特攻隊”もの…と聞くと、腰が引いてしまう人もいるだろうが、監督が「ひとりっ子」などの独立プロ作品で有名な家城巳代治である点に注目。これは戦争の真の姿を正面から見つめた反戦映画の秀作である。
学徒航空兵の同名の手記集(ベストセラーになった)を元に、特攻隊の生き残りだという直居欽哉が最初脚本を書き、家城監督と八木保太郎が脚本に協力した。ちなみに、直居欽哉は同じく鶴田浩二主演の「最後の特攻隊」(70)の脚本も書いている。
戦争末期、九州南端の航空基地を舞台に、特攻隊として出撃の準備をする航空兵たちの数日間を描く。素晴らしいのは、表面的には“国の為、陛下の為”と勇んで特攻に参加した兵士たちが、死を前にして悩み、苦しむ様子がリアルに描かれている点である。出撃が決まった前日、鶴田浩二が一人で裏山に入り、「父ちゃん!母ちゃーん!」と慟哭するシーンには唸ならされた(こんな人間的に弱い鶴田をスクリーンで見たのは初めてだった)。出撃当日、鶴田の両親が基地に駆けつけるが、わずかの差で間に合わず、親子は最後の別れさえ言う事もできなかった。そして鶴田らは敵艦に体当たりするも、何機かは失敗し、思ったような戦果が上がらなかったとの報を聞いて、将校たちが「まあいい、特攻隊の代りはいくらでもいる」とうそぶくシーンに、戦争の愚かしさ、国家の冷酷さを思い知ることができる。ラストシーンに次の字幕と鶴田のナレーションが被る。「昭和20年4月16日、神風特別攻撃隊第三御楯隊、海軍中尉大瀧正男、身長五尺六寸、体重十八貫五百、極めて健康」…。いつまでも雲の彼方に消えた機影を見送る両親の姿が痛ましい。共演は木村功、岡田英次、金子信雄、山岡比佐乃、山田五十鈴など。

*市川崑がこの年快調であった。「プーサン」(53)は、横山泰三の新聞連載マンガが原作だが、原作を思い切り離れ、伊藤雄之助扮する補習学校教師・野呂さんが、ドライでエゴイスティックな周囲の人間達に振り回されるさまを戯画的にテンポよく描いている。「日本の悲劇」ならぬ「日本の喜劇」というわけか。当時としては斬新な知的コメディとしてかなり評判になった。見た時は面白いと思ったが、今見ても面白いかどうかは別の問題である。

「愛人」(53)も 市川崑のモダンで洒落たコメディ。タイトル文字が今で言うマンガ文字風で新鮮だった(今から見れば何でもないが(笑))。メロドラマ映画監督(菅井一郎)とその家族が、高原ホテルで出会った舞踊家母子(越路吹雪・岡田茉莉子)との間で巻き起こすドタバタ結婚騒動を描く。これも感想は上の作品に同じ。しかし、50年!も前に、こんな(当時としては)新しい映画を作っていた事には素直に驚く。
23

 七人の侍」 ('54) 東宝/監督:黒澤 明

これも、言うまでもなく日本映画最高の傑作である。どんなオールタイムベストテンでも、必ずと言っていいほどベストワンに輝いている。映画ファンで、これをベストに入れない人はまず いないのではないだろうか。
七人のキャラクターの描き分け、演じる役者それぞれのうまさ、ストーリーの面白さ、戦闘シーンの迫力…どれをとっても見事と言うしかない。もう二度とこれほどの傑作は誕生しないだろう。奇跡のような作品である。私は劇場だけでも8回は見ている。テレビ放映やビデオ鑑賞を入れたら数え切れない。何度見ても飽きない。
最初に見たのは昭和42年、リバイバル公開の時であるが、この時は2時間40分の海外向け短縮版だった。いくつかのシーンがカットされていて話が繋がらない所もあったが、それでも十分興奮した。後に3時間20分の完全版を大画面で見た時には体が震えた。それ以来、再映の度に必ず何度か劇場に足を運んでいる。この映画に出会えただけでも、生きていて良かったと思う(ちょっと大げさ?)。間違いなく、生涯のベストワンだろう。

双葉さんのベスト100
 (45)「七人の侍」(左参照)
 (46)「山の音」
   
('54 監督:成瀬巳喜男)

小林さんのベスト100
 (44)「女の園」
   
('54 監督:木下 恵介)

 (45)「七人の侍」(左参照)
 (46)「晩菊」
   ('54 監督:成瀬巳喜男)
 

24

 笛吹童子」(3部作) ('54) 東映/監督:萩原 遼

この頃から、実は両親に連れられていくつかの映画を見ていた筈なのだが、ほとんど記憶にない。で、この作品は多分リアルタイムで見た映画の中で記憶している一番最初の作品である。そういう記念碑的な意味合いも含めてここに挙げることとする。
しかしこれは実際に面白かった。未だにいくつかのシーンを鮮明に覚えている。後にテレビで再見したら、ほとんど記憶通りだったので驚いたものだった。お話は悪人に亡ぼされた城主の子供たちがお家再興を目指す波瀾万丈の冒険活劇で、妖術使いや忍者が出て来る、いわゆる“お子さま時代劇”と呼ばれるものだが、新スター中村錦之助や東千代之介などのカッコよさもあって当時大ヒットし、多分当時の小学生は大抵見ていたのではないかと思う。今から見ればチャチだが、空を飛んだり妖怪変化を呼び出す特撮にも驚いた。そして今見ても凄いと思うのは、ラストの城攻めのモブシーンで、もの凄い数の軍勢が雲霞のごとく城に向って突き進み、攻略する大スペクタクルシーンは、洋画にも負けていないのではないかと思う。(多分、黒澤の「影武者」以上の数のエキストラが出ている!)人件費が安い時代とは言え、こんなB級活劇にすらそんな物量シーンが登場するところに、当時の日本映画の活況ぶりが現れていると言えるのではないか。
決して“名作”でも“秀作”でもない。が、私個人の映画史の上で、忘れられない作品である。なお、1作目の併映作は片岡千恵蔵主演の金田一耕助もの「悪魔が来たりて笛を吹く」で、どちらも“笛を吹く”作品2本立てという組合せが、なんだかおかしい。


「宮本武蔵・三部作」(54〜56)稲垣浩監督、三船敏郎主演によるカラー・スタンダード作品。三船の豪快な味が出ていてそれなりに見応えがある。なぜか(笑)米アカデミー外国語映画賞を受賞している(もっと凄い傑作はいくらでもあっただろうに)。悪くはないが、しかし後の内田吐夢・中村錦之助版の方が、出来は数段上である。


*東映は「笛吹童子」の大ヒットにあやかり、そこからスピン・オフした「霧の小次郎」「三日月童子」など、お子さま時代劇を連発、そしてこの年の暮から正月にかけて公開した錦之助主演「紅孔雀(5部作)」(54〜55)が爆発的な大ヒットを記録し、東映黄金時代を迎えることとなる。これも当時、毎週見に行っていた。いつもいい所で、“つづく”といった感じで終わるのである。次週が待ちきれなかったものだった。

25

 次郎長三国志」シリーズ ('52〜54) 東宝/監督:マキノ雅弘

マキノ雅弘は「次郎長もの」をいくつも監督しているが、これが最高傑作である。全部で9作続いた長期シリーズもので、小堀明男の次郎長を中心とした次郎長一家の面々が、次第に子分を増やして行き、街道筋でノシ上がってゆく様が、広沢虎造の浪曲に乗せ、実に楽しそうに、軽快に進んで行く。時には石松(森繁久弥)たちも歌い踊り、さながらあの「鴛鴦歌合戦」を彷彿とさせるミュージカル映画の趣さえもある。名古屋弁の桶屋の鬼吉(田崎潤)、大阪弁の法印大五郎などのセリフの間合いも楽しい。どの作品も面白いが、中でも第8部「海道一の暴れん坊」(54)は傑作。“瞳の潤んだ”女郎・夕顔にすっかり惚れた石松の、せつなくも悲しいラブストーリーが中心であり、都鳥一家に闇討ちにされる石松の最後は圧巻。
このシリーズは昔、新世界の劇場で見たが、劇場用プリントは5部までしか残っていないようで、何度かの公開もすべて5部までで打ち切られた。6部以降はそんなわけでNHK−BSで見たのだが、一度全9部を通して劇場で見たいものである。

小林さんのベスト100
 (47)「次郎長三国志8・海道一の暴れん坊」 (左参照)



26

 「二十四の瞳」 ('54) 松竹/監督:木下 恵介

これも、当時リアルタイムで見た記憶がある。その時は題名も知らなかったのだが、後に再映で見た時に、はっきり覚えていたシーンがあったので分かった。この当時の木下恵介は本当に脂が乗っていて、傑作揃いである(この年、ベストテンの1位(本作)、2位(「女の園」)を木下恵介が独占しているのも凄いことである。おかげで黒澤の「七人の侍」が3位に甘んじる結果となった)。
壺井栄の原作もいいが、それをリリシズム溢れる映画としても成功させた木下脚本・演出は本当にうまい。子供たちの自然な演技がとてもいい(すべて現地で募集した素人である)。高峰秀子の先生も素晴らしい。教育とはどうあるべきなのか…、平和な子供たちを脅かし、命を奪う戦争がいかに理不尽なものであるか…。それを声高にではなく、静かに、だが力強く訴えかけ、感動を呼び起こす。童謡、唱歌、スコットランド民謡など、既成の楽曲を使用した音楽も実に効果的である。何度繰り返し見ても涙が溢れてくる、これは素晴らしい秀作である。

双葉さんのベスト100
 
(47)「二十四の瞳」(左参照)

27

 ゴジラ」  ('54) 東宝/監督:本多 猪四郎

これまた、リアルタイムで見ている。円谷英二の特撮は当時としては驚嘆すべき出来具合で、モノクロという事もあるが、私は子供心に、“これは実際の記録映画で、ゴジラは実在する”と本気で思っていたのである(笑わないでください。そのくらい迫真の特撮だったのです)。ゴジラが東京湾に上陸し、品川駅で列車を蹴散らし、銀座を踏み潰すシークェンスは、ただただ震えながら見て、心臓はドキドキ、泣き出さんばかりであった。…これがトラウマになって(笑)、その後しばらくは夜道を歩いていると、家々の谷間からゴジラが突然現れるのではないかとヒヤヒヤしていたのである(笑)。
大人になってからも何度か見ているが、やはり見る度に子供時代の怖さが甦る。これは多分日本の特撮映画史上の、空前絶後の最高傑作である。未だにこれほど怖い怪獣映画は登場していないと思う。技術的には高度になったが、“マインド”では上回れないのである。見終わっても心に残る恐怖を植え付けた、初作「ゴジラ」は、まさにあの時代だからこそ生み出しえた、奇跡の傑作ではないだろうか。

小林さんのベスト100
 (48)「ゴジラ」  (左参照)

28

 「近松物語」 ('54) 大映/監督:溝口 健二

近松門左衛門の名作「大経師昔暦」が原作だが、溝口演出はこれを理不尽な封建制度に反逆するビビッドな抵抗映画としてパワフルに描いている。私はこれを昭和46年頃見たのだが、後半の茂兵衛(長谷川一夫)とおさん(香川京子)の逃避行は、まるで当時流行っていたアメリカン・ニューシネマ(「俺たちに明日はない−ボニーとクライド−」など)を彷彿とさせて感動的であった(途中で二人が心中を決意し、震えながらも固く抱き合うシーンはこちらもゾクゾクした)。やがて二人が捕らえられ、市中引き回しされるラストまで、目が離せず食い入るように見た記憶がある。これは何をもってしても引き裂かれない“愛”の名作だと思う。私にとっては、これは一番好きな溝口健二作品である。

 
29

 浮 雲」   ('55) 東宝/監督:成瀬 巳喜男

ある一組の男女の、腐れ縁とでも言うべき、みじめで、だが確かな愛の姿を描ききった成瀬巳喜男の最高作。キネマ旬報ベストワン。大戦中、占領地の仏印で出会った男(森雅之)と女(高峰秀子)が、終戦後もズルズルと関係を断ち切れず、別れようと考えつつもどちらかが別れられず、離れてはまたくっつく…。そうした、表面的にはだらしないような二人だが、その底には、寂しくて常に誰かの愛を求めずにはいられない、人間の性(サガ)とか業(ゴウ)の深さが横たわっているのであろう。次々と出会った女に惚れてしまう、ダラシない男を絶妙に演じる森雅之、諦観と真摯さの入り混じった複雑な役柄を見事に演じきった高峰秀子…共に最良の演技である。特にラスト近く、病に臥した高峰が、世話をやく女性と森が話ししているのを、諦めとも猜疑心ともつかず見つめる演技と演出は見事としか言いようがない。こういう、堕ちて行く人間を時に厳しく、時に温かく見つめる成瀬演出の見事さは、見直すごとにその凄さを再認識することとなる。高峰の死を迎え、初めて自分が彼女を深く愛していた事を悟り、号泣する森の姿は、これも人間の業の深さを見つめたフェリーニの傑作「道」とも共通するものがあるようだ。

双葉さんのベスト100
 (48)「浮雲」  (左参照)


小林さんのベスト100
 (49)「浮雲」  (左参照)

 

*黒澤明はこの年「生きものの記録」(55)を発表。原水爆の恐怖を訴える問題作だが、ややテーマに寄りかかり過ぎ、映画的躍動感に欠ける作品となった。新劇の舞台劇を見ているような、観念性が勝っているのである。三船の老人メーキャップは凄いとは思ったが…。

30

 夫婦善哉」   ('55) 東宝/監督:豊田 四郎

昭和30年のキネマ旬報ペストテンの1位を、「浮雲」と激しく争った豊田四郎の最高傑作(結果は15点差で2位)。
大阪・道修町の化粧品問屋の放蕩息子・柳吉(森繁久弥)と、彼が惚れてしまった売れっ子芸者・蝶子(淡島千景)との、これも腐れ縁のような恋模様が絶妙の間で綴られる。柳吉は優柔不断でダラシなく、実家からも勘当されてしまう、どうしようもない困った男である。それにもかかわらず、蝶子は彼から離れられない。そんなおかしな男と女のドラマを、達者な共演陣(やたら綺麗好きの養子・山茶花究、調子いい番頭・田中春男、そしてシャキッとした関西女を演じさせたら右に出る者がない浪花千栄子…等々)、伊藤憙朔の素晴らしい美術セット…にも助けられ、見事に描ききっている。関西弁のとぼけた味わいが、暗くなりがちな物語をあっけらかんと爽やかにまとめる手助けにもなっている。勿論森繁久弥の飄々とした演技も特筆もの。ダメな人間であるはずなのに、どこかいとおしくなってしまう…そう思わせてしまう彼のうまさは誰にも真似できるものではない。森繁の、これは最高作ではないだろうか。

双葉さんのベスト100
 (49)「夫婦善哉」  (左参照)


小林さんのベスト100
 (50)「夫婦善哉」  (左参照)



*前年製作を再開した日活が、精力的に秀作を送り出す。久松静児「警察日記」(55)が良かった。田舎の警察の純朴なお巡りさんたちの日常を綴った、人情喜劇と言える作品で、達者な俳優たち(森繁久弥、三国連太郎、三島雅夫、伊藤雄之助、飯田蝶子 等々)の演技で楽しめる作品となった。新人宍戸錠(まだホッペが膨れていない!)の初々しい演技、子役二木てるみの可愛らしい名演も忘れ難い。

*田坂具隆監督「女中っ子」(55)も当時感動した記憶がある。左幸子が好演。
31

 血槍富士」   ('55) 東映/監督:内田 吐夢

内田吐夢監督が、戦地から帰って、戦後初めて撮った作品。しかしまったくブランクを感じさせない、素晴らしい出来であった。
大井川の川止めで宿場に泊まった、殿様に仕える槍持ちの男(片岡千恵蔵)が、殿様を殺され、大暴れして仇を討つ…という物語だが、前半がどことなくのんびりとした、トボけた味わいであるのが、殿様が殺されたと知った瞬間、千恵像が憤怒の形相になり、そこからリアルで凄惨な立ち回りになるのが凄い。この立ち回りシーンの迫力は、後の内田作品「宮本武蔵・一乗寺の決闘」にも共通するものがある。クレジットに企画協力として、溝口健二、小津安二郎、清水宏、伊藤大輔の名がある。

双葉さんのベスト100
 (50)「野菊の如き君なりき」
   ('55 監督:木下 恵介)


小林さんのベスト100
 (51)「血槍富士」 (左参照)

 (52)「野菊の如き君なりき」


「野菊の如き君なりき」見ているのだが、あの楕円形のボカシ以外、いま一つ印象にない。ちょっと古めかしいイメージがあるのだろうか。
32

 狂った果実」 ('56) 日活/監督:中平 康

この年のエポックメイキングな出来事は、何と言っても石原裕次郎の登場だろう。前作「太陽の季節」(56)ではチョイ役だったが、この作品では堂々主役。とにかくカッコいい。弟の女を取ってしまう、完全なワル役なのだが、それでも魅力的である。これがデビュー作となる中平康の演出はモダンでテンポよく、しゃれたフランス映画を見ているような爽快感がある。ラストの海に浮かぶヨットの残骸をヘリコプターからの俯瞰で捉えたショットが強烈な印象を残す。中平康の最高傑作であると同時に、日本映画の青春時代を象徴する秀作でもあろう。なお、これはリアルタイムでは見ていなくて(まだ小学生だったから当然か(笑))、これを最初に見たのは20才代初め、まさに青春時代の真ん中なのであった。今も忘れられないのはその為でもある。

双葉さんのベスト100
 (51)「ビルマの竪琴」
   ('56 監督:市川 崑)



小林さんのベスト100
 (53)「狂った果実」
   
(左参照)
 (54)「州崎パラダイス・赤信号」
   ('56 監督:川島 雄三)



*市川崑監督「ビルマの竪琴」も印象が深い。良い映画であるのは間違いないが、他にも市川崑作品でベストに入れたものが多く、やむなく割愛した。
33

 空の大怪獣・ラドン」 ('56) 東宝/監督:本多 猪四郎

なんでこんなものが・・・と不審がる人もいるだろうが、これも「ゴジラ」と同様、その見事な特撮とスリリングかつダイナミックな展開にただただ口をアングリ開け、息をつめて画面に魅入り、その後も今に至るまでずっと記憶に残り続けているという点で、私個人の映画史における忘れられない名作なのである。…それほど、当時の円谷英二が担当した東宝特撮映画は子供心に強烈なインパクトを与えてくれたのである(本当は他にも「地球防衛軍」「宇宙大戦争」「モスラ」など、ベスト100に入れたい円谷特撮映画はたくさんあるのだが…涙を飲んで割愛した。これらすべてを監督した本多猪四郎の名前も、忘れてはならない)。
この作品は、いわゆる怪獣映画…というよりも、かなり本格的なミステリー・タッチで、大人の鑑賞にも十分耐えられる作りとなっている。冒頭、九州の炭鉱で、謎の斬殺事件が起こり、誰が犯人かという事で人々が疑心暗鬼にかられる。…まるで横溝正史の推理小説の如き出だしであり、やがて次々と事件、事故が続き、その正体は何か…という展開がスリリングである。そうした、なかなか怪獣の正体が現れない演出がサスペンスフルで緊迫感をあおり、後半、ラドンが姿を現してからの演出はさながらジェットコースターに乗っているが如く見せ場の連続で快調そのもの。猛スピードで空を飛び、博多の市街を破壊しまくるラドンの姿は神がかり的な美しさに溢れている。そこには「ゴジラ」と同様、環境破壊を進める人間のエゴへの痛烈な批判すら感じさせる。そしてラストは、阿蘇の噴火口に撃ち込まれたミサイルによって噴き出した溶岩流に飲み込まれ、滅びて行くラドンの姿がパセティックなまでに悲壮感たっぷりに描かれる。伊福部昭による荘厳なイメージの音楽も画面にピッタリ、怪獣映画でありながらも、深い感動に包まれる、東宝SF映画史上においてもベスト3に入るであろう名作である。SFXだけは立派になったが、最近の怪獣映画には決定的に欠けている詩情・文明批判マインドが、この映画には確実に存在しているのである。

小林さんのベスト100
 (55)「流れる」
   ('56 監督:成瀬巳喜男)


「真昼の暗黒」(56・今井正監督)が凄い。当時まだ裁判が係争中の八海事件を正面から捉え、被告は無罪である…と訴えた作品。脚本の橋本忍が膨大な資料を検討した結果、無罪を確信したのだそうだ。勇気ある映画である(この映画が支えにもなって、数年後に被告たちは無罪を勝ち取った)。映画というものの力を感じさせる力作である。ラストの「まだ最高裁があるんだ!」という絶叫が忘れ難い。…にも係らず、ベストには入らなかった。これは、その時代だからこそ輝いた作品ではあるが、長い年月を超えてもなお輝きを失わないタイプの作品ではないからである(入れるか入れまいか、最後まで悩んだ事を付記しておく)。

*小林正樹監督「あなた買います」(56)もなかなか見応えがあった。珍しいプロ野球のスカウト合戦の話。ちょっと産業スパイもののような社会派サスペンスの味わいがある。佐田啓二、伊藤雄之助が好演。

「夜の河」(56・吉村公三郎監督)も力作。吉村監督初めてのカラー作品。大胆な色調が見事。ただ残念ながら、ビデオのみで劇場で見ていないのである。いつか是非劇場で(カラーの褪色していないニュープリントで)観る事を念願している。

*溝口健二の遺作「赤線地帯」(56)も印象的な作品だった。
34

 喜びも悲しみも幾年月」 ('57) 松竹/監督:木下 恵介

これも、リアルタイムで観ている(多分、学校から団体観賞で観に行ったのではないか)。灯台守夫婦の戦前から戦後にかけての年代記。木下恵介が得意とするジャンルである。佐田啓二、高峰秀子の夫婦がいい。日本各地をロケした、いろんな実物の灯台の建物内部を見られるのも勉強になった。若山彰が歌う主題歌(♪おいら岬の 灯台守は…)も大ヒットした。夫婦とは、親子とは、地道な仕事とは…子供心にも、いろんな事を考えさせてくれた、忘れられない名作である。

*黒澤明「蜘蛛巣城」(57)も見事な秀作だが、惜しくも洩れた。ラストの、三船敏郎の城主に向かって無数の矢が飛ぶシーンは凄い迫力。ワンカットで首に矢が刺さるシーンには度肝を抜かれた(実はカットを巧妙に繋いでいる事を知ったのはずっと後である)。

*増村保造監督のデビュー作「くちづけ」(57)も忘れ難い。その新鮮で躍動感溢れる演出は大映ヌーベルバーグとも言えるだろう。野添ひとみが可愛らしい。
35

 幕末太陽傳」   ('57) 日活/監督:川島 雄三

古典落語をアレンジしたドラマとしては、最も成功した作品である。主演のフランキー堺の軽妙洒脱な軽々とした演技も、よく見れば相当凄いことをサラリとこなしているのである(羽織を宙に投げて両袖をスルリと通す技は、練習しても簡単には出来ない!)。そして全体を通して、動乱の幕末期に生きた青春群像を軽やかに描き、その間をすり抜け、ふてぶてしく生き残る居残り佐平次の人間像描写も見事である。川島雄三の最高傑作であると同時に、日本コメディ映画史上にも永遠に残り続ける不朽の名作であろう。小林旭、石原裕次郎、二谷英明ら日活現代劇俳優も(慣れないカツラが似合っていないのはご愛嬌)、いい味を出している。何度見ても楽しくなる素敵な秀作である。

双葉さんのベスト100
 (52)「幕末太陽傳」
   
(左参照)


小林さんのベスト100
 (56)「幕末太陽傳」
   
(左参照)


*年末に登場した、石原裕次郎主演「嵐を呼ぶ男」(57・井上梅次監督)のカッコよさにシビれた。突然マイクを掴んで歌い出すシーンのなんとカッコのいいこと♪。内容的にはどうって事はないが、そのカッコよさだけで映画史に残る作品となった。なお「幕末太陽傳」のお返しか、フランキー堺がカメオ出演しているシーンには笑った。
36

 隠し砦の三悪人」 ('58) 東宝/監督:黒澤 明

黒澤明作品中でも、エンタティンメント度はナンバーワンであろう。美しい姫と軍用金の黄金を守って敵中突破…という、まさに典型的な冒険大活劇である。千秋実と藤原釜足の凸凹コンビや、馬を駆っての森の中の大チェイス…はジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」にそのまま採り入れたほど、娯楽映画のお手本になっている。次から次と襲って来る危難をその都度クリアするストーリー展開の巧妙さ(黒澤・橋本忍・菊島隆三・小国英雄という、いずれ劣らぬトップクラスの脚本家グループが叡智を結集したのだから面白くならないわけがない)、アクションのダイナミックさ、…どれをとっても抜群である。「七人の侍」は芸術的映画として完璧だが、肩の凝らない純粋娯楽映画としてはこちらが日本最高ではないかと思う。今日の日本アクション映画はこの作品の足元にも及んでいない。ルーカスやスピルバーグはこの作品や「七人の侍」を何度も見て(100回見たものもあるそうだ)参考にしたと聞く。アクション映画を撮る若い監督や脚本家は、その半分でもいい、これら黒澤映画を何度も繰り返し観て面白い映画の作り方を学び取って欲しいものである。

双葉さんのベスト100
 (53)「楢山節考」
   ('58 監督:木下 恵介)


*木下恵介「楢山節考」も実験的な秀作である。スタジオにでっかいセットをいくつも組み、歌舞伎の手法を採り入れ、意識的に舞台劇を見ているような感じを与える作りとなっている。捨てられる老婆を演じた田中絹代が凄い。しかし今ではなぜか印象が希薄になっている。

*小津安二郎「彼岸花」(58)もいい。小津の初めてのカラー作品。ドイツのアグファカラーを使い、以後の小津作品はすべてアグファカラーである。色の使い方が面白い(例えば赤いヤカン)。勝手に結婚相手を決めた娘に腹を立て、拗ねる佐分利信の演技が楽しい。大映の山本富士子がゲスト出演。これもベストに入れたかったが…。
37

 炎 上」    ('58) 大映/監督:市川 崑

三島由紀夫原作「金閣寺」の映画化。市川崑の端正な演出、宮川一夫の素晴らしいカメラ、市川雷蔵や中村鴈治郎、中村玉緒、仲代達矢ら俳優たちの演技…どれを取っても文句の付けようがない名作である。それだけでなく、これまで二枚目のチャンバラ映画俳優だった市川雷蔵が、ここでは吃音で暗い陰を持つ青年僧を見事に演じた事も特筆すべきである。ヘタをすれば人気ガタ落ちになるリスクを背負う可能性がある。会社は当然猛反対したが、雷蔵は1年もかけて会社首脳を説得した。そして見事に成功した(雷蔵はこの作品でブルーリボン、キネマ旬報の主演男優賞を受賞)。それも凄いことだが、もっと唸らされるのは、その後も彼はコミカルな明朗時代劇やチャンバラ活劇に出演し続ける一方、文芸現代劇にも出演し、スター俳優と性格俳優をちゃんと両立させて行った事である。中村錦之助が初の現代劇「海の若人」(55)に出演して、作品的にも興行的にも大失敗した事を考えれば、雷蔵の作品に対する選球眼の良さにはただ驚くしかない。技術的にも、ラストの炎上する金閣寺(映画では驟閣寺)の上に舞う火の粉の幻想的映像(宮川一夫!)が特に素晴らしい。

双葉さんのベスト100
 (54)「炎上」 (左参照)

小林さんのベスト100
 (57)「炎上」 (左参照)

 (58)「果てしなき欲望」
   ('58 監督:今村 昌平)


「無法松の一生」(58・稲垣浩監督)。
戦前の阪東妻三郎の名作を同じ脚本でリメイクしたもの。監督も同じため、阪妻版と全く同じセリフ、同じカメラアングルの部分もある。こちらはカラー・シネスコ版。稲垣浩監督は、検閲でカットされた戦前版の名シーンを復活させ、無念をはらした。三船敏郎も快演。しかしやはり阪妻版の方が出来は上であった。

*松本清張原作を橋本忍が脚色した「張り込み」(58・野村芳太郎監督)も面白かった。その他では鈴木清順監督初期の佳作
「踏みはずした春」(58)も忘れ難い。
38

 人間の條件」(第1部〜6部) ('59〜61) 松竹/監督:小林 正樹

'70年代以降、この映画の1部〜6部オールナイト一挙上映がロードショー館で実施され、かなりの観客を動員した。私もそれで見た。しかし全6作を通しで上映したら10時間!(休憩含む)にもなる。それにもかかわらず、見終わっても感動と興奮で充実した気分になり、少しもシンドイとは思わなかった。その後もこの一挙上映は毎年続き、その都度コンスタントな興行成績を挙げていたと思うが、最近は見かけないようだ。
とにかく、日本映画としてはまれに見るスケールである。北海道の原野でロケされた戦闘シーンも凄い迫力である。そして一貫して流れるのは、愛を、人間性を奪って行く戦争のむごさである。小林正樹監督の演出は重厚で、確かな目で人間そのものを見据えている。その圧倒的な迫力には声も出ない。宮島義勇のカメラも凄い。これが大手映画会社でなく、“にんじんくらぶ”という独立プロが作ったのだからなお凄い。是非また一挙上映を行って欲しい。…もっともそろそろ体力的にはシンドくなって来たが(苦笑)…。

双葉さんのベスト100
 (55)「独立愚連隊」
   ('59 監督:岡本 喜八)

 (56)「人間の條件」
   
(左参照)


小林さんのベスト100
 (59)
「独立愚連隊」

 (60)「人間の條件」
   
(左参照)


東映動画(当時はアニメとは言わない)第1作「白蛇伝」(58・演出・藪下泰司)が登場。この頃の東映動画は技術的にも素晴らしく、ほとんど全作品を夢中になって追いかけていた。今見ても、その動きの滑らかさ(ディズニーと同じフルアニメ)に驚く。宮崎駿はここでアニメ作りを学んだのである。
39

 東海道四谷怪談」    ('59) 新東宝/監督:中川 信夫

崩壊末期の新東宝に、忽然と誕生したわが国怪談映画の最高傑作。コワいシーンもたくさんあり、単なる怪談映画として観ても十分面白いが、その色彩表現の多様さ、奔放さにも注目すべし。また直助(江見俊太郎)が伊右衛門(天知茂)に斬られた瞬間、畳が沼に変わり、水しぶきを上げて倒れ込む幻想シーンなど、シュールでめくるめく映像美はほとんど芸術と言っていい。これらの色彩とイメージ表現は恐らく後の鈴木清順監督作品にも大きな影響を与えていると思われる。予算も十分でない、厳しい製作条件の中でこれだけの秀作が作られた事は奇跡的である。天知茂もハマリ役。なお、カメラマンは後に香港に渡り、カンヌ映画祭技術特別賞を受賞した「楊貴妃」をはじめ、後年にはブルース・リーの「ドラゴンへの道」も担当し、香港カラー映画の父と呼ばれた、西本正である。

小林さんのベスト100
 (61)「東海道四谷怪談」

   
(左参照)


「キクとイサム」(59・今井正監督)。黒人の混血児姉弟が、差別を受けながらも明るくたくましく生きる姿をドキュメンタリー風に描いた秀作。素人の混血児たちの演技が自然。北林谷栄のお婆ちゃん演技も相変わらずうまい。

「にあんちゃん」(59)。今村昌平監督の最初の傑作。これも貧乏な炭鉱夫一家の生活を描いたドキュメンタリー的な作品。当時見た時は感動したが、“貧乏”が死語となった今の時代、素直に感動できるだろうか。これは上掲の今井作品も同様である。
40

 薄桜記」  ('59) 大映/監督:森 一生

五味康祐の同名小説を伊藤大輔が映画的に見事にシナリオ化。これを大映のベテラン森一生が格調高く演出し、市川雷蔵作品中でも屈指の傑作となった。一種の忠臣蔵外伝…とも言うべき内容で、最愛の妻・千春(真城千都世)を犯され、自らは誤解から片腕をなくし、それでも妻の仇たちを追い続ける悲劇の侍・丹下典膳(雷蔵)の物語を、高田の馬場での仇討ちを経て赤穂浪士となった堀部安兵衛(勝新太郎)との男の友情を交差させながら描く。妻への変わらぬ愛を保ちながらも、武士としての誇りと意地を貫き通し、美しく死んで行く典膳の生きざまが心を打つ。紙折り雛を二人の愛の証しとしてうまく使ったアイデアが秀逸。密かに千春を愛しながらも、ラストで死に際、固く手を繋げた典膳と千春の姿に声もなく立ち尽くす安兵衛…。悲劇的ながらも美しい愛を描いた、素晴らしい名作である。なお、キネマ旬報ベストテンでは、当然(?)のように誰も投票していない。大映時代劇は映画史の上において不当に黙殺されてはいないだろうか。

双葉さんのベスト100
 (57)「キクとイサム」
   ('59 監督:今井 正)

小林さんのベスト100
 (62)「薄桜記」 
 (左参照)


「独立愚連隊」(岡本喜八監督)。それまでの陰々滅々とした日本製戦争映画の概念をぶっ壊し、明るくハチャメチャな西部劇風アクションに仕立てた点で映画史に残るであろう快作。姉妹編「独立愚連隊西へ」(60)も楽しい。

「野獣死すべし」(59)。大藪春彦原作を、白坂依志夫脚本・須川栄三監督のコンビが映画化した、多分わが国最初の本格ハードボイルド映画。前掲作も含め、日本のアクション映画は確かに変わりつつある事を感じさせた。

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