PART 3 (No.41〜60)

PART 4 (No.61〜80)へ

No ベ ス ト 作 品 ご 参 考
41

 「愛と希望の街」 ('59) 松竹/監督:大島 渚

大島渚の監督デビュー作である。これは当時、松竹がトリの作品の併映用にという事で、主に新人監督に作らせたSP(ショート・ピクチャーの略か)と呼ばれる1時間程度の中篇のうちの1編である(ちなみに、山田洋次監督のデビュー作もやはりSP、「二階の他人」)。
大島渚のオリジナル脚本の映画化で、ストーリーは、街角でハトを売る貧しい少年と、彼に興味を持ったブルジョア家庭(これも死語になりましたね)の少女との交流を描いたもの(元の題名も「鳩を売る少年」)。実は、空に逃げると主人の元に帰るというハトの習性を利用して、同じハトを何度も売っていた事が分かる。少女は密かに少年に好意を抱くが、周囲の大人たちは少年の詐欺的行為を理由に二人を引き離そうとし、やがて物語は悲しい結末を迎える。ラストの、ハトを射殺するシーンには衝撃を受けた。
根底にあるテーマは“金持ちと貧乏人は決して和解し得ない”…という、いかにも大島渚らしいものである。しかしそこまで深読みしなくても、社会的弱者(少年)に向ける、大島渚の限りなくやさしい視線には素直に感動してしまった。後の秀作「少年」にも通ずる、ナイーブな感動を呼ぶ、これは私にとって最も好きな大島渚作品である。

小林さんのベスト100
 (63)「愛と希望の街」
   
(左参照)



'59年の作品で楽しませてもらったのが、何と言っても東映時代劇と日活無国籍アクション。
沢島忠監督は、前年に錦之助主演の「一心太助」シリーズを2本撮り、これがスピーディかつ威勢のいい演出で目をみはった。この年では「殿
さま弥次喜多・捕物道中」が楽しい。シリーズ2本目だが、これがシリーズ中一番面白い。ラストで、船をどんどん壊して遂に板だけになるという、マルクス兄弟ばり(「二挺拳銃」からのいただきか)のシュールなギャグには大笑いした。
*加藤泰監督の「紅顔の密使」(59)は、加藤作品には珍しい洋画の戦争もしくは西部劇アクションを思わせる大スケールのアクション時代劇。我が国では珍しい壮大なスペクタクル・アクションものとして評価したい。
42

 「おとうと」 ('60) 大映/監督:市川 崑

幸田露伴の娘、文の自伝的名作文学を、名脚本家、水木洋子が脚色し、当時脂の乗っていた市川崑がメガホンを取った。そしてカメラは市川崑とのコンビが多い名手宮川一夫。作家で家庭の事にどことなく無頓着な父(森雅之)、リューマチで手足が不自由な母(田中絹代)、勝気で芯の強い姉・げん(岸恵子)、そして不良仲間と悪さばかりするおとうと・碧郎(川口浩)…こうした環境における家族の喜怒哀楽と波乱を淡々と描く市川崑の演出が見事。4人の俳優の演技もそれぞれみんなうまい。いさかいが絶えなかった家族が、碧郎の結核という病いを経て、次第に一つに結束して行くエピソードの積み重ねが絶妙。死が迫る碧郎の願いを聞き、姉が高島田の髪にしたり、夜起こしてもらう為に姉弟がリボンで手を結ぶシーンなどは近親相姦的な描写だという批評があるが、私は、深く心が通い合った家族愛、人間愛とはそういうものなのだと思う。見終わった後も、いつまでも心に残る珠玉の名編である。宮川一夫が苦心して開発した銀残し現像処理による、カラーとモノクロの中間のような映像が印象的。

双葉さんのベスト100
 (58)「悪い奴ほどよく眠る」
   ('60 監督:黒澤 明)

 (59)「おとうと」 (左参照)


小林さんのベスト100
 (64)
「青春残酷物語」
   ('60 監督:大島 渚)

 (65)「東京の暴れん坊」
   ('60 監督:斉藤 武市)




*'59年、日活では「南国土佐を後にして」によって渡り鳥シリーズがスタート。次の「ギターを持った渡り鳥」(いずれも斎藤武市監督)は宍戸錠との対決も見どころで、このシリーズは楽しませてもらった。
*赤木圭一郎主演のSPもの「素っ裸の年令」(59・鈴木清順監督)は青春映画の佳作。後の清順タッチの片鱗が垣間見える点で清順ファンには見逃せない。
43

 「黒い画集・あるサラリーマンの証言」 ('60) 東宝/監督:堀川 弘通

松本清張の連作短編のうちの1編を元に、橋本忍が後半部分を大幅に追加創作した脚本を堀川弘通が完璧に映画化。ごく平凡なサラリーマン(小林桂樹)が浮気をした帰り道、近所に住む男とバッタリ出会う。ところがその男が殺人犯人と疑われ、アリバイとして小林と出会った事を供述する。しかし小林は浮気がバレるのを恐れて、その時間は別の場所にいた…と嘘の証言する。そうした、ほんの軽い気持ちでついた嘘が、やがて本人自身にとんでもない災厄をもたらすこととなるという、実にシニカルな寓意に満ちた力作である。ラストの、涙ながらにアリバイを供述する小林の姿にはつい笑ってしまうが、もしかしたら映画を見ている我々観客自身にもそんな災難が降りかからない保証はないのである(これを見たのは丁度私がサラリーマンになった頃なので、余計身近に感じられた事もあるだろう)。見ている間は笑え、見終わってから(特に、浮気の経験のある人(笑)ほど)ゾッとしてしまう、これは平凡な日常に潜む落とし穴の恐怖を描いた、サスペンス・ドラマの秀作である。松本清張原作の映画化作品の中では、私はこれが一番好きである。

双葉さんのベスト100
 (60)「裸の島」
   ('60 監督:新藤 兼人)




*'60年は大島渚が快調。「青春残酷物語」は大島初めての一般封切作品。川津祐介と桑野みゆきが好演。傷つけながらも、何かを求めてもがく青春の痛ましさを鮮烈に描いた秀作。好きな作品である。次の「太陽の墓場」は一転、大阪釜ケ崎を舞台にした社会の底辺に渦巻く不穏なムードを切り取ったエネルギッシュな問題作。そして「日本の夜と霧」は難解だけど当時の政治状況と世相を知るには絶好の作品。リアルタイムでは観ていないが、学生時代にこれら時代を先鋭に見つめる作品群を見て感動した記憶がある。
44

 「ガス人間第1号」  ('60) 東宝/監督:本多 猪四郎

またまた出ました、隠し玉(笑)。…多分余程のSF映画ファンでもなければ、これを見ている人は少ないだろう。しかし、これはまぎれもなく、日本SF映画史上の傑作である。見ておいて損はない。
ストーリーは、連続する銀行ギャング事件を追う刑事(三橋達也)の視点で進行する。犯人は、唯一の鍵を持った被害者を密室に残したまま、煙のように消えていた。…と、なんだか本格推理サスペンス風に展開するのがまず面白い。しかしこれは推理ドラマではないし、タイトルからも推察出来るので、ここでバラしてしまうが、犯人は自分の体を気化できる、ガス人間であった。つまり、文字通り“煙”になって脱出したのである(笑)。…と茶化してはいけない。これは、意外にも、切なくも悲しいラブストーリーなのである。
ガス人間(土屋嘉男)は、科学者による人体実験のいわゆる犠牲者で、精神統一により自分の体を自由にガス状に変える事ができる。つまり絶対に捕まえられないし、殺すことも出来ない。彼がその超能力を何に使ったかというと、彼が愛した、解散寸前の美しい能の家元・春日藤千代(八千草薫)の復興資金の為の銀行強盗であった。彼女の為なら、彼は殺人・強盗、何でもやってのけようとする。ガス人間は、科学が生んだモンスターになってしまったのである。
遂に警察が最後の手段として選んだ作戦は、能の発表会会場に無臭のガスを充満させ、ガス人間をその爆発エネルギーで吹き飛ばそうというのである。だがガス人間は先手を打って起爆装置を使えなくしていた。しかも藤千代は警察の説得も聞かず、たった一人、ガス人間だけが見守る前で舞い続ける…。これから後はとても悲しい結末が待っている。八千草薫がハッとするほど美しい(最初に三橋が藤千代の姿を見つけるシーンは、この世の者と思えないほど幽玄でゾッとするほどである)。これは中学時代、リアルタイムで見ているが、能を舞うシーンが結構長く、ちょっと退屈したが、それでもラストシーンには泣いてしまった。最近ビデオで見直したが、ラストの能舞には藤千代の哀しみと決意が込められていると思いながら見るとなかなか感動的でもあった。
これは決して単なるSFXを売り物にするSFではない。“滅びようとする芸術”に手を差し伸べようとしない俗世間への怒り、超能力者の孤独な哀しみ、そして周囲が認めまいが決して引き離せない究極の愛…などの要素が巧妙に散りばめられた、大人のドラマである。…忘れる所であったが、藤千代に影のように寄り添う老下僕を演じた左卜全の名演技も素晴らしい。私はこれは卜全の最良の演技ではないかと思う。どこかで見る機会があるなら、是非見て欲しい、これは隠れた秀作である。


*小津安二郎の「秋日和」(60)も、いつもながらの小津タッチが堪能できる。原節子が「晩春」の笠智衆のような役柄で、娘(司葉子)をなんとか嫁に出そうとする母親を演じている。…時の流れを感じざるを得ない。毎度おなじみ佐分利信、北竜二、中村伸郎ら亡父の友人たちの会話が実に楽しい。これも本当はベストに入れたいのだが…。

*黒澤明監督「悪い奴ほどよく眠る」(60)は、政治と大企業の腐敗に怒りをぶつけた問題作。最後に悪はヌクヌクと生き延びる…というのも黒澤作品としては珍しい。退屈はしないが、大好きな作品とは言い難い。

*勝新太郎が極悪非道の悪人を怪演した「不知火検校」(60・森一生監督)が面白かった。これほど、やりたい放題の悪人が主役の映画も珍しい。ある意味で、逆にスカッとするくらいである。日本では珍しいピカレスク・ロマンの成功作であり、勝新の出世作としても記憶に残る佳作である。

*新藤兼人監督「裸の島」(モスクワ映画祭グランプリ)も忘れ難い作品。セリフが一切ないのも、ドキュメンタリー映画を見ているようで良かった。ただ、何度も観たくなる作品ではない(笑)。
*今村昌平監督「豚と軍艦」も、昔見ているが、あまり記憶にない。もう一度ゆっくり見てみたい作品ではある。

*中川信夫監督「地獄」(60)も面白かった。企画としてはキワ物だが、さすが「東海道四谷怪談」の名匠、地獄に堕ちる人間どもの愚かさを丁寧に描いている。地獄の特撮も予算が厳しい割には頑張っている。閻魔大王役で嵐寛寿郎が特別出演。

*その他の印象に残った60年度作品。「狂熱の季節」(蔵原惟繕)「ぼんち」(市川崑)「切られ与三郎」(伊藤大輔)「大菩薩峠」(三隅研次)。
45

 「用心棒」  ('61) 東宝=黒澤プロ/監督:黒澤 明

これは説明の必要はないだろう。黒澤エンタティンメント活劇の代表作として文句のつけようのない傑作である。理屈抜きの娯楽映画なのに、その年のキネ旬ベストテン2位にランクされた事からも、そのクォリティの高さが分かるだろう。ユーモア、カリカチュア、サスペンス、ダイナミックなアクション…いずれも超一級である。娯楽映画はこう作るべきというお手本のような作品。宮川一夫のカメラ、佐藤勝の音楽、いずれも申し分なし。よく練り上げられたストーリーの面白さも抜群だが、主人公・三十郎のキャラクター造形も、無精ヒゲに薄汚い着物、相手が悪人とはいえ、騙したり、腕を叩き落したり、殺される所を平然と見ていたり、それまでのチャンバラ・ヒーロー像のイメージを打ち破る、革命的なものであった。またこの映画はその後、マカロニ・ウエスタン「荒野の用心棒」にまるごとパクられ、やがて残酷イタリア製西部劇の世界的ブームの火付け役ともなったし、日本映画においては、おそらくはこれも薄汚いヒーロー「座頭市」(1作目では悪人を平気で騙す)の誕生にも少なからず影響を与え、さらには東映明朗チャンバラ映画にもショックを与え、やがてはダイナミックで殺伐とした集団時代劇路線を生み出す契機となるなど、映画史の上に残した功績と影響は計り知れない。いろんな意味で、記憶に残り続ける時代劇のモニュメントであろう。

双葉さんのベスト100
 (61)「用心棒」  (左参照)


小林さんのベスト100
 (66)「紅の拳銃」
   ('61 監督:牛原 陽一)
 (67)「ろくでなし稼業」
   ('61 監督:斉藤 武市)

 (68)「用心棒」  (左参照)



*羽仁進監督「不良少年」(61)が登場。この年のキネ旬ベストワン。まるでドキュメンタリー映像を見ているかのような、ザラザラ、手持ちカメラの映像が新鮮。…ところが今では忘れられたのか、文春文庫「日本映画ベスト150」にも入っていない。この落差は何なのだろうか…。

*増村保造監督「好色一代男」(61)も、増村流のスピーディな演出で、西鶴の世界を現代にも通じるパワフルなカリカチュア・コメディとして成功させている。雷蔵の軽い色男ぶりが絶妙。白坂依志夫のシナリオの功績も忘れてはならない。
46

 「宮本武蔵」(5部作)  ('61〜65) 東映/監督:内田 吐夢

名匠内田吐夢監督が、1年1作づつ、5年かかって描いた、吉川英治原作の完璧な映画化作品。主役の武蔵を演じた中村錦之助も全力投球、見応えのある作品となった。この原作の映画化作品は、他に片岡千恵蔵、三船敏郎主演のものがあり、いずれも佳作だが、私はこの錦之助版が一番好きである。関ヶ原の戦いで敗走し、故郷で村人たちから石もて追われ、ヤケクソで暴走する若き武蔵の姿に、現代にも通ずる鬱屈する青春像を見ることが出来る。こうした要素は多分、千恵蔵、三船版にはやや希薄だったと思う。錦之助という、未熟な若者を演じてもサマになる役者と、内田吐夢という演出家とのコラボレーションによって初めて成立した、これは武蔵映画の決定版と言う事が出来るだろう。
5作とも、いずれも秀作だが、特に4作目「一乗寺の決闘」が出色の出来(小林信彦さんはこれを単独でベスト100に挙げている)。ラストのクライマックス、一乗寺の決闘シーンでは画面がモノクロに変わり、凄惨でリアルな立ち回りが展開する。まるで記録映画を見ているかのようなその迫力は、映画史に残ると言ってもいいだろう。演技者も、三国連太郎(沢庵)、木村功(又八)等、いずれも名演だが、おばばを演じた浪花千栄子が特に素晴らしい。

双葉さんのベスト100
 (62)「宮本武蔵」(5部作)
         
(左参照)



*勝新太郎が新境地を開拓した「悪名」(61・田中徳三監督)が登場。素晴らしいのは2作目「続・悪名」のラスト。俯瞰とアオリ・ショットでモートルの貞(田宮二郎)が刺殺されるシーンを捉えた宮川一夫のカメラの素晴らしさは何度見ても圧巻である。

*石井輝男の東映第1作「花と嵐とギャング」(61)が、シャープでモダンな演出で面白かった。石井演出は、東映東撮の若手監督(特に深作欣二)にも影響を与えていると見る。

*日活アクションでは、小林信彦さんもベストに挙げている「紅の拳銃」(牛原陽一監督。赤木圭一郎の遺作)が、殺し屋を育成するプロセスを丹念に描き、なかなか面白かった。
47

 「名もなく貧しく美しく」 ('61) 東宝/監督:松山 善三

これもリアルタイムで見た。木下恵介の助監督を長くやって来て、脚本家として「人間の條件」などの秀作で名をあげた松山善三の初監督作品。選んだ題材が、“耳と口が不自由な聾唖夫婦の年代記”。いかにも木下恵介門下生らしい題材である。互いに耳が聞こえない高峰秀子と小林桂樹がめぐり会い(言葉が喋れない為、聾唖者同士の会話はすべて手話に字幕が入る)、苦難を乗り越え結婚し、貧しいながらも子供を設けるが、次々と不幸や災難が襲う(出来の悪い弟に生活手段であるミシンを売り払われたり、やっと生まれた子供を、耳が聞こえない為に死なせてしまったり…)。それでも二人は力を合わせ、生きて行く…という話で、私はこんなのに弱い。もうずっと泣きっぱなし。特に感動的なのが、あまりの悲しみに絶望し、死のうと書置きを残し家を出た高峰を、小林が追いかけ、電車の窓越しに「二人で助け合い、生きて行きましょう」と説得するシーン。ここは、連結器で結ばれた二つの車両のガラス窓を隔てて、手話だけの会話に字幕が入る。健常者なら逆に会話が不可能な状況だけに、うまい描き方である。また、生まれて来た子供がひょっとして耳が聞こえないのではないかと心配し、子供の耳元でラッパを吹いたりするユーモラスなシーンもあり、松山演出は緩急取り混ぜ、見応えがある。
やっと子供を育て上げ、生活も楽になった頃、ラストにまたも不幸が襲う。このラストはあまりにも悲しすぎて、人目もはばからず映画館でボロボロ泣いた記憶がある。見るのがツラい映画だが、こういう悲しい運命を背負っている人も現実にいるかも知れないし、それでも夫婦で力を合わせ、懸命に生きる事の尊さ…を感じさせてくれた、私の映画人生において、これは忘れられない感動作である。

小林さんのベスト100
 (69)「妻は告白する」
   ('61 監督:増村 保造)
48

 「椿三十郎」 ('62) 東宝=黒澤プロ/監督:黒澤 明

「用心棒」のヒットに気を良くした東宝が、同じ主人公でもう1本…という事で作られた、黒澤にとっては珍しいシリーズもの。原作が、黒澤明にとって初めての山本周五郎である点にも注目。もともとは弟子の堀川弘通監督の為に黒澤がシナリオ化したものが、諸事情で製作延期になっていたものを、黒澤が返してもらって三十郎ものに仕立て直した…という経緯がある。その割には、見事にテンポいい時代活劇の快作になっている。とにかく、三船の豪快な殺陣が素晴らしい。そして頼りない十人の若侍たち(加山雄三、田中邦衛、江原達怡ら“若大将”シリーズのメンバーが集まっているのがなんとも楽しい)とか、捕虜になった侍(小林桂樹)がいつの間にか味方と一緒に喜んでいたりと、さりげないユーモアがちりばめられているのもいい。黒澤にとっては、息抜きで作った小品(上映時間も1時間半程度)と思われるが、それが却って出来のいいプログラム・ピクチャーにも似た、肩が凝らずに安心して見ていられる作品となっている。こういう黒澤作品をもっと見たいという気がしきりである。ラストの決闘の凄さにはただ驚く。黒澤はいつも革命的な映画手法を編み出し、映画史をリードして行く天才であり、映画の神様である。


*市川崑「私は二歳」(62)がこの年のキネ旬ベストワン。しかしこれは昔テレビでチラッと見た程度で、何とも言えない。機会があればちゃんと見たいと思っている。

*同じく市川崑「破戒」(62)。宮川一夫のカメラが素晴らしい。雷蔵も好演。残念ながら劇場では見ていない。

*小津安二郎の遺作「秋刀魚の味」(62)。いつもながらの小津タッチは健在。これはリアルタイムで見ているが、どこが面白いのかは当時はさっぱり分からなかった(まだ中学生でしたからね(笑))。

*深作欣二「誇り高き挑戦」(62)CIAの陰謀がテーマで、ラストに国会議事堂が登場するなど、日本の黒い霧を描いた東映アクションとしては異色作。深作欣二の最初の秀作だと思う。
49

 「キューポラのある街」 ('62) 日活/監督:浦山 桐郎

浦山桐郎の鮮烈なデビュー作。昔見た時には、人気急騰中の吉永小百合を主演にした単なるアイドル映画と思っていたのだが、後に見直したら、組合運動や朝鮮人労働者問題など、社会派的な視点も多く散りばめられた力作であった。父親の勤める工場が大企業に買収され、失業するという困難な状況の中でも、いつも明るさを失わない主人公ジュン(吉永)の真っ直ぐな生き方が爽やかで感動を呼ぶ。小さな街で懸命に生きる人たちを、温かく励ますかのように見つめた演出が素晴らしい。忘れられない珠玉の名作である。

小林さんのベスト100
 (70)「キューポラのある街」
   
(左参照)


*蔵原惟繕監督「憎いあンちくしょう」(62)は好きな作品である。山田信夫のシナリオがいい。売れっ子でスケジュールに追われる人気タレントが、自己を見つめ直す為に九州までジープを搬送する。現代的なテーマに切り込んだ蔵原・山田コンビの秀作。
50

 「切 腹」 ('62) 松竹/監督:小林 正樹

小林正樹監督の、初めての時代劇だが、橋本忍の一分のスキもない緻密な脚本のおかげもあって、見応えのある傑作となった。原作は滝口康彦の「異聞浪人記」。滝口康彦はこの後、やはり橋本忍脚本・小林正樹監督で映画化された「上意討ち」の原作も書いている。両作に共通するのは、封建社会の理不尽さであり、そうした体制に反逆する個人の怒りと無念である。
回想形式で、次第に謎の侍(仲代達矢)の正体、切腹したいという動機が明らかになって行く語り口が絶妙。風が吹きすさぶ草原での、仲代と丹波哲郎の決闘…という映画的見せ場も用意されている(ここらは、黒澤映画からの影響も見てとれる)。重厚な演出で、見終わって上等の料理を腹一杯食ったという満足感がある。小林正樹監督作品の中では、一番好きな作品である。

双葉さんのベスト100
 (63)「切 腹」  (左参照)
 (64)「秋津温泉」
   ('61 監督:吉田 喜重)




*植木等の出世作「ニッポン無責任時代」(62・古沢憲吾監督)が登場。まさに時代の風潮を鋭くカリカチュアした切り口が痛快。管理社会に息が詰まっていたサラリーマンの一服の清涼剤として大ヒットし、以後しばらくは植木等喜劇の全盛時代が続くことになる。これをはじめ、クレージーキャッツものはほとんどリアルタイムで見ていた。
51

 「座頭市物語」 ('62) 大映/監督:三隅 研次

子母沢寛の随筆に書かれたごく短い記述(わずか2〜3行だそうだ)からアイデアを得て、大ベテラン脚本家・犬塚稔(100歳を超えて今も健在!)がほぼオリジナルに近いストーリーを考案し脚色、三隅研次監督が見事に映画化した。これまで白塗りの美男役を演じては今ひとつ芽が出なかった勝新太郎が、前々年の佳作「不知火検校」に続いて、それまでのキャラクターをかなぐり捨て、ダーティなヒーロー像を好演して大ヒットとなり、最大の当り役とした。これによって勝新太郎が大スターの地位を獲得したという点においても忘れられない作品である。
勝新は、「不知火検校」では盲学校に通って盲人の仕草を研究したそうだが、そうした苦労がこの作品にも生きている。橋を渡る時に、怖くて這ってしまう出だしがユーモラス。サイコロを使った博打で、目明き連中を騙すあたりのトボけた演出も愉快。そして秀逸なのは、結核を患った凄腕の浪人・平手造酒とのふれあいと友情、そしてラストの対決である。この対決は胸に迫る哀しみに溢れていて、何度見ても泣ける。演じる天知茂が素晴らしい。彼の最良の演技ではないだろうか。ヤクザである領分をわきまえ、勝って喜ぶ飯岡の親分に、「何が目出てえんだ!」と座頭市が怒るラストもいい。シリーズ中最高の出来であり、三隅研次監督作中でも、次の「斬る」と並ぶ傑作であろう。

双葉さんのベスト100
 (65)「座頭市(シリーズ)」 
   
(左参照)
 (66)「秋刀魚の味」
   ('62 監督:小津安二郎)


小林さんのベスト100
 (71)「座頭市物語」(左参照)
 (72)「ニッポン無責任時代」
   ('62 監督:古沢 憲吾)



*加藤泰監督「瞼の母」(62)も大好きな作品。中村錦之助は長谷川伸の股旅世界によく似合う。素晴らしいのは、途中に登場する3人の、母のイメージを持つ女たちの描き方である。相棒の半次郎(松方弘樹)の母(夏川静江)に筆書きに手を添えてもらった時、母のぬくもりを感じ、江戸での橋のたもとで三味線を弾く老婆(浪花千栄子)や、老夜鷹(沢村貞子)を母ではないかと思い、それぞれにいたわりの言葉をかける。こうしたプロセスがある故、ようやく母に会えた時の思いの深さに心打たれるのである。…わずか15日間の撮影日数にもかかわらず、しみじみとした佳作となっているのは見事である。
52

 「斬 る」 ('62) 大映/監督:三隅 研次

「座頭市物語」に続いて、三隅研次監督がまたも傑作を放った。この年の三隅研次の活躍はすごい。
冒頭の白と黒のコントラストを強調したスローモーション撮影にまず唸らされる。続いて、処刑場におけるシュールなカットの連続(刀を伝う水を仰角で撮ったショット!等)にも目を奪われる。その他、焼け焦げたような木が立っている原野の荒涼たる風景、女の素肌を伝う真っ赤な血のイメージショット…など、全編こうしたシュールな映像美に溢れている(美術は三隅研次とのコンビが多い内藤昭)。それらを見るだけでも値打ちがある。
無論ストーリーも、柴田錬三郎の原作を元に、数奇な出生の秘密を背負う主人公(市川雷蔵)の、虚無感漂う生きざまと、華麗な剣の勝負、…そしてその死までを名シナリオ・ライター新藤兼人が絶妙に脚色。三隅演出も前述のシュールな映像美とダイナミックな殺陣が絶妙に組み合わされて完璧な出来。おそらく三隅研次の最高作であろう。雷蔵の端正な立ち居振舞いも惚れ惚れするような見事さ…。時代劇史上に残る傑作である。…にもかかわらず、キネマ旬報ベストテンでは誰も1点も!入れていない。何をやってたのだ!評論家諸氏よ!

 
53

 「天国と地獄」 ('63) 東宝=黒澤プロ/監督:黒澤 明

この作品は、私がリアルタイムで見た、初めての黒澤明作品である。黒澤の名前はよく目にしていたが、なんとなく高尚な芸術作家というようなイメージがあって敬遠していたのだ(と言うより、白状すれば当時は東映チャンバラ映画と東宝SF映画ばかり見ていたのである)。たまたま、併映のクレージーキャッツ映画か何かを見に行って、それでついでに見たわけなのである。
で、この初の黒澤作品を見て、ガガーンと衝撃を受けてしまった。なんというダイナミックな映像、迫力、サスペンス、がっしりと組み立てられたドラマの見事さ…。“こんな凄い映画があったのか”…。見終わってもしばらくは席を立てなかった。まさに目からウロコである。映画における監督の存在のスゴさを、遅まきながら初めて知った。映画を本腰入れて見ようと思ったのはこの時なのである。
作品については何も言うことがない。ともかく我が国犯罪映画の最高傑作である。劇場でも、テレビでも何度見たか数え切れない。見る度に、そのドラマ作りのうまさ、セリフ一言々々の絶妙さ、登場人物一人一人の心理描写の巧みさにうならされるばかり。本来まったくの傍系人物であるはずの木村功扮する刑事にさえも、「ホシの言い草じゃないが、ここから見るとあの屋敷は腹が立つな」と言わせ、刑事もまた感情のある人間であると納得させる(同時に犯人の心理も巧みに説明している)脚本の素晴らしさにはウットリさせられる。そして関係書物を読んで、黒澤が撮影の邪魔になる1軒の家の2階を取っ払わせた(映画をよく見ると、鉄橋の手前の家に確かにシートが被せられている(笑))というエピソードを知って、その完全主義(と言うより、映画を面白くする為の最大限の努力)ぶりにはただ圧倒されるばかりであった。生涯見た映画のベストワンを選べ…と言われたら、「七人の侍」かこれか、絶対に迷って悩むだろう。それほどまでにこの作品は、私にとって最も愛着のある大傑作なのである。

双葉さんのベスト100
 (67)「天国と地獄」(左参照)
 (68)「古 都」
   ('63 監督:中村 登)


小林さんのベスト100
 (73)「天国と地獄」(左参照)
 (74)「拝啓天皇陛下様」
   ('63 監督:野村芳太郎)



*山田洋次監督の2作目「下町の太陽」(63)。下町に生きる庶民の生活と哀感を丁寧に描いていてとても気持ちが良かった。倍賞千恵子との初コンビ作品。こういうのを見るとなんだかホッとするのである。好きな作品。

*岡本喜八監督の「江分利満氏の優雅な生活」(63)は、まさに喜八タッチ。独特のカッティングにアニメまで取り入れ、モダニズム溢れる快作であった。しかも戦中派としての心情描写も抜かりなく、岡本喜八という監督を知る上でファンなら絶対見逃せない作品である。小林桂樹もまさにハマり役。彼の代表作でもあろう。

*今井正監督「武士道残酷物語」(63)は、企画としては残酷ブーム(というのがあった)の時流に乗ったものだが、さすが名匠今井正、常に権力者や主君の為に自己を犠牲にして来た日本人の精神構造そのものをズバリ批判した力作になっている。中村錦之助が7役を凝ったメーキャップで演じ分けているのが見もの。名優森雅之が男色趣味の殿様を熱演しているのがファンにはつらい所か?
54

  チンタオ
「青島要塞爆撃命令」 
('63) 東宝/監督:古沢 憲吾

これも隠し玉…になるだろう(笑)。第一次大戦の敵ドイツ軍の戦略拠点・青島(チンタオ)要塞を攻める日本軍の奮闘を描く…という、まあ日本版「ナバロンの要塞」とでも言うべき作品。出演者が加山雄三・佐藤允・夏木陽介…と、いわゆる“独立愚連隊”チームである事からも分かる通り、これは痛快な戦争活劇エンタティンメントの快作である(敵がドイツである所も、日本映画と言うよりアメリカ戦争映画を見ている感じである)。そして監督が、「ニッポン無責任時代」という喜劇の傑作を撮ったばかりの古沢憲吾である所もミソ。意外に思うだろうが、この人は「今日もわれ大空にあり」「蝦夷館の決闘」など、スペクタクルも得意なのである。そしてコメディ・センスも抜群。偵察飛行の途中で故障から敵陣に近寄りすぎて、それを爆撃と間違えたドイツ軍のアタフタ・シーンは大爆笑である(重さを減らす為に落としたレンガを焼夷弾と間違え、水をかけるシーンにはアゴがはずれるほど笑った)。
そしてラストの敵要塞の爆撃シーン。ここは円谷英二担当の特撮が最良の出来。トンネルに逃げ込もうとする爆弾を満載した列車との追いつ追われつのサスペンスが展開し、クライマックスの大爆発シーンの迫力は本家「ナバロンの要塞」にも劣らないほど。敵陣攻略戦争映画としては、我が国最高作である…と私は密かに思っている。第一次大戦ものは、おおらかだし、何より日本が勝った戦争なので陰惨さがない。もっと作られてもいいのではないだろうか。

双葉さんのベスト100
 (69)「五番町夕霧楼」
   ('63 監督:田坂 具隆)

 (70)「にっぽん昆虫記」
   ('63 監督:今村 昌平)



*福田善之の戯曲を映画化した「真田風雲録」(63・加藤泰監督)も楽しい快作。最初は沢島忠が撮る予定だったという。隕石の放射能で超能力を得た猿飛佐助(中村錦之助)が活躍するという出だしからして荒唐無稽、時代考証無視のハチャメチャ・ミュージカルである。しかし実は60年安保闘争の巧みな戯画化でもある。加藤泰作品としては珍しい、楽しんで作ったような作品。こういうもの大好きですね。

*あまり知られていない佳作として挙げておきたいのが、渡辺祐介監督「恐喝」(63)である。ヤクザの幹部である高倉健が、ふと魔がさして組から預かった手形を持ち逃げする。怒った組の連中に追われ、次第に追い詰められ、最後はボロ布のように死んで行くプロセスが丁寧に描かれている。
高倉健がいい味を出している。渡辺祐介は風俗ものやドリフターズ・コメディくらいでしか知られていないが、こんな力作だって作れるのである。
55

 「関の弥太ッペ」 ('63) 東映/監督:山下 耕作

東映…のみならず、股旅任侠映画史上の大傑作である。長谷川伸原作の股旅時代劇は、戦前のサイレント時代から片岡千恵蔵や大河内伝次郎、戦後は長谷川一夫、市川雷蔵等の主演により何度も映画化されているが、その中でもこれは最高作である。中村錦之助は他にも「瞼の母」「沓掛時次郎・遊侠一匹」(いずれも加藤泰監督)など、長谷川伸ものに主演しているが、やはり本作が最良の出来。これを見て泣かない人とは話をしたくない(てのは大げさか(笑))。
この映画がそれまでの同作品の映画化に比べ、出色である点は、弥太郎が小さい時にはぐれた妹をずっと探しているというエピソードを加えた点である(本作のみのオリジナル)。これによって、川で溺れかけた少女・小夜に妹の面影を重ねた弥太郎が、彼女を護り通そうとする理由がはっきりするのである。やっと尋ね当てた妹が死んでいた事を女将(岩崎加根子)から聞かされる長回しシーンがとてもいい(蛇足だが、炬燵を挟んでの長回し…は「沓掛時次郎・遊侠一匹」でもハイライトとなっているのが面白い)。
そして凄いのは、10年後のシーンで初めて登場する時の弥太郎のメーキャップである。頬に傷、ドス黒く、荒んだ顔…ヤクザ稼業にドップリ浸かってしまった男の哀しみをワンカットで表現する名シーンであった。成長したお小夜が、恩人に会いたがっていると聞かされても、荒みきった自分の姿を見せたくない弥太郎はストイックに拒否する。だが彼を兄いと呼ぶ箱田の森介は、ひと目でお小夜に惚れ、恩人に成りすまして本能のままにお小夜に迫る。…森介の行動は、実は弥太郎の鏡の裏面でもあるのだ。それ故、遂に森介を斬る弥太郎は、実は己れの影をも斬った事になるのである(だから、ここで彼は死ぬ覚悟を決めた…という事なのである)。ムクゲの花の垣根を挟んでの、お小夜との会話シーンは映画史に残る名セリフの連発。「あなたさまはこれから?」「妹のところへ行くかも知れません」…さりげないセリフに、お小夜への思いが伝わる。そして「お小夜さん…この娑婆にやぁ悲しい事、つれえ事、たくさんある。だけど忘れるこった。忘れて日が暮れりやぁ明日になる」…これは10年前にもつぶやいた言葉。やっと弥太郎が恩人である事を悟ったお小夜が、弥太郎を「旅人さぁん」と追いかけるラストまで、見る度に何度泣いたことか。ヤクザ映画を超えて、これは人間の生きて行く事のつらさ、人への思いの大切さを訴えかけた永遠の名作と言っても過言ではない。山下耕作の最高傑作。お小夜を演じた十朱幸代がとても可愛い。木下忠司の音楽も素晴らしい(お小夜が歌うわらべ歌は彼の作曲によるもの)。なお、脚本改訂、ロケハン等に全面的に協力し、山下演出を陰で支えたチーフ助監督の鈴木則文、セカンドの中島貞夫らの功績も見逃せない。


*この年、鈴木清順が突然狂い咲き(?)する。「野獣の青春」(63)は大藪春彦のハードボイルドが原作だが、マカ不思議な色彩感覚、シュールなイメージショット、奇妙な趣味嗜好のヘンな悪人たち・・・と、まったく不思議なイメージが炸裂するとんでもない作品。小林信彦さんがまっさきに評価した事でも知られる。清順の最初の傑作として記憶に残る。
*続く「悪太郎」(63)は一転、爽やかなバンカラ青春映画の佳作。今東光の原作の映画化で、喧嘩にあけくれながら、幼馴染の少女(和泉雅子)をほのかに愛するという、後の傑作「けんかえれじい」の原点とも言うべき作品。ラストはとてもせつない。なお、この作品から清順映画になくてはならない美術監督、木村威夫氏が初参加しているという点でも、忘れてはならない作品である。
*さらに続いて「関東無宿」(63)を撮る。小林旭主演の任侠映画だが、クライマックスでアキラが敵の三下を叩き斬った途端、フスマがバタバタ倒れ、真っ赤な世界が現れるシーンは語り草になっている。オールナイト上映では、ここで大拍手が湧いていた。イカサマ賭博師を演じた伊藤雄之助も忘れ難い印象を残す。


*浦山桐郎の「非行少女」(63)も好きな作品である。悲惨な環境で、非行に走る少女と、彼女に好意を寄せる少年との交流が瑞々しい演出で語られる。和泉雅子が好演。浜田光夫もいい。

*市川崑監督「太平洋ひとりぼっち」(63)もよかった。裕次郎がヨットで一人太平洋を渡った堀江謙一青年を好演。

*今村昌平監督の「にっぽん昆虫記」(63)は、戦後をしたたかに生き抜いた女の年代記で、キネマ旬報ベストワンに輝いた。ただ、粘っこい今村演出は私にはどうも苦手で、力作なのは分かるがあまり好きになれない作品である。
56

 「十三人の刺客」 ('63) 東映/監督:工藤 栄一

もはやカルト的人気を誇る(?)、東映集団時代劇の最高傑作。公開当時はパッとしなかったが、その後名画座を中心に人気が沸騰、文藝春秋社刊の「洋・邦名画ベスト150・中・上級編」では邦画のベストワンに輝いた。脚本は今では時代劇ベストセラー作家・池宮彰一郎でもある池上金男。とにかく脚本がすごくいい。
将軍の弟君であるバカ藩主・松平斉韶(菅貫太郎)の横暴に手を焼いた老中が、主君暗殺を目付役・島田新左衛門(片岡千恵蔵)に命令する…というストーリーがまず秀逸。暗殺部隊のメンバーを、一人また一人と集めて行くプロセスは黒澤の「七人の侍」思い起こさせるが、題名といい、黒澤映画に触発されている事は明白。主君の行動に反感を覚えながらも忠実に彼を護ろうとする切れ者側用人・鬼頭半兵衛(内田良平)のキャラクターも、役名からして「椿三十郎」の室戸半兵衛にインスパイアされているようだ(ついでに、主人公の名前も「七人の侍」の島田勘兵衛からいただいたか)。つまり、黒澤時代劇の面白さを再現しようとしたのが企画の発端であろう。しかし自主的な意思で、誇りを持って闘った「七人の侍」と違って、この十三人の侍たちは、政治抗争に利用される捨て駒でしかない所に新味があるのである。新左衛門が「貴様たちの命、この新左が使い捨てる!」と宣言するあたりに、この作品のテーマが見事に現れている。さまざまな策略で、主君一行を中仙道の宿場町に追い込む展開と、ラスト30分にも及ぶ大戦闘シーンは凄い迫力で圧倒される。工藤栄一監督の最高傑作である。伊福部昭の音楽もいい。前作「十七人の忍者」と この作品で集団時代劇の仕掛人となったプロデューサーの天尾完次氏の名前も忘れてはならないだろう。

小林さんのベスト100
 (75)「十三人の刺客」
   
(左参照)

 (76)「宮本武蔵・一条寺の
    決闘」 
(No.46参照)



*この年は、東映で“集団抗争時代劇”というジャンルが誕生した年でもある。その先陣を切ったのが「十七人の忍者」(63・長谷川安人監督)。池上金男のオリジナル・シナリオによるもので、城の奥深く隠された密書を奪い取る為に、忍者軍団が城に忍び込み、敵の根来忍者の頭領との間に壮絶な死闘が展開する。目的の為に、名もなく死んで行く忍者たちの悲しい末路があわれ。この主題は続く「十三人の刺客」へとつながって行く。知られざる傑作である。




**** なお、この年以降の隠れた秀作については、別掲の「おちこぼれベストテン」も参考にしていただくとよい。ここに挙げた私の大好きな作品が、批評家にどのくらい冷遇(笑)されていたかがよく分かるようになっている。

57

 「車夫遊侠伝・喧嘩辰」 ('64) 東映/監督:加藤 泰

これは、加藤泰監督作品の中ではいま一つ話題になる事が少ないが、私にとってはかなり好きな作品である。内田良平が一本気でキップのいい車夫を好演。東京で喧嘩し、大阪にやって来た主人公・辰五郎が、こちらでも客となった芸妓・喜美奴(桜町弘子)と大喧嘩し、川に叩き込んだ事がきっかけで彼女に一目惚れし、やがて些細な行き違いから結婚式を挙げてはまた喧嘩…と、おかしくも哀しいドラマが展開する。加藤泰と鈴木則文(助監督も)が共作した脚本がまず秀逸。一本気な辰五郎のキップに惚れ込む親分を演じる曾我廼家明蝶がうまい。喜美奴を愛しながらも、無骨で意固地な気質からやさしい言葉をかけられない辰五郎、そんな辰五郎に、“女より喧嘩が大事か”と啖呵を切る喜美奴の思いがせつない。いかにも大正ロマンチスト加藤泰らしい、爽やかな味わいを持つラブストーリーの快作である。刑務所を出所した明蝶と、出迎えた義兄(近衛十四郎)とが歌いながら歩くシーンなど、何気ないシーンにも気配りが行き届いた丁寧な演出がいい。見終わったら、なんだかいとおしくなるような、素敵な作品である。

小林さんのベスト100
 (77)「赤い殺意」
   ('64 監督:今村 昌平)
 (78)「帝銀事件・死刑囚」
   ('64 監督:熊井 啓)



*この年のキネ旬ベストワンは、勅使河原宏監督の「砂の女」(64)。安部公房原作。岸田今日子の体当たりの熱演、岡田英次の抑えた演技、いずれも素晴らしい。カフカ的不条理世界を日本映画で成功させた力作。言わずもがなだが、成人映画である為、当然リアルタイムでは見られなかった(笑)。

*小林正樹監督「怪談」(64)も見応えがあった。これはリアルタイムで見ている。「耳なし芳一」のエピソードが特に怖かった。
58

 「狼と豚と人間」 ('64) 東映/監督:深作 欣二

深作欣二監督が、自分の思いの丈をぶち込んだ初期の傑作。自身のアイデアを元に深作と佐藤純弥が共同で脚本を書いた。スラム街で育った3兄弟のうち、長兄(三国連太郎)は真っ先に街を飛び出してヤクザの幹部となり、次男(高倉健)もやがて街を出て一匹狼となる。残された三男(北大路欣也)は母の最期を看取り、やがて閉塞状態からの脱出を目指し、仲間たちと組んで次男も巻き込み、長男の組が扱う麻薬を横取りする。しかし次男と三男も仲間割れを起こし、ヤクザに追われて立て篭もったバラックの中で凄まじい戦いを繰り広げて行く。絶対に服従しない−という意思を表す為、北大路が自分の手をコンクリ・ブロックで叩き潰すシーンが目を剥く。…焼跡を思わせるスラム街、凄惨なバイオレンス描写、組織に屈せず自滅して行く若者群像…と、ここには後の「人斬り与太」シリーズ、「仁義なき戦い」シリーズにも通ずる、深作欣二映画のあらゆる要素が詰まっており、深作映画の原点として、ファンなら絶対に見逃せない傑作である。ラストの北大路の死にざまは後の「仁義なき戦い・広島死闘編」のラストにも繋がっているようだ。弟たちに「こっちへ来いよ」と呼びかけられながらもなすすべも無く、ただ一人生き残った三国(つまり彼が豚である)が去って行く後ろ姿にスラムの住民たちが石を投げつけるラストが印象的である。一部ファンや評論家から注目されたにもかかわらず、興行的にはワースト記録を打ち立てたそうである。


*今村昌平監督「赤い殺意」(64) 相変わらずねちっこい描写だが、サスペンス・タッチの藤原審爾の原作の良さもあって、前作よりはこちらの方が好きである。姫田真佐久の撮影が凄い。列車を追跡するカメラ、猛吹雪の逃避行など、カメラの力が大きく貢献している。

*熊井啓のデビュー作「帝銀事件・死刑囚」(64)も力作。平沢被告を演じた信欣三が熱演。骨太の社会派ドラマの佳作である。

*岡本喜八監督「ああ爆弾」(64)も大好きな作品。スラップスティック・ミュージカル・コメディとでも言うべき、岡本タッチ炸裂の快作。カルト・ムービーと言ってもいいだろう。伊藤雄之助怪(?)演。砂塚秀夫もムチャクチャ面白い。ただ、あまりに悪フザケが過ぎる…と会社からは睨まれたそうな。

*日活では、裕次郎主演のムードアクションが多く作られたが、その中でも代表的な秀作が「赤いハンカチ」(64・舛田利雄監督)。誤って恋人の父でもある犯人を殺してしまった男が、さすらいの果てに真相を知るというミステリー。裕次郎歌う主題歌が効果的に使われている。浅丘ルリ子も素敵。
59

 「馬鹿まるだし」 ('64) 松竹/監督:山田 洋次

藤原審爾原作の「庭にひと本白木蓮」を、山田洋次と加藤泰が共同で脚色した、山田洋次監督の最初の傑作喜劇(喜劇を監督したのもこれが最初)。クレージー・キャッツのリーダーであったハナ肇を、本格的役者として起用した冒険が大成功。山田と加藤が共に敬愛してやまない「無法松」のキャラクターも巧みに取り入れ(映画の中で主人公が芝居の「無法松の一生」を見て感動するシーンもある)、粗野で無学で一本気で、しかし高嶺の花のご新造さん(桑野みゆき)にほのかにあこがれる暴れ者のおかしくも哀しい一生が、笑いと涙で描かれ、感動してしまった。喜劇でありながら、ラストでは村の者に利用され、失明してしまう主人公の姿は、むしろ悲劇的ですらある。ご新造さんに無法松の名セリフを借りて心情を打ち明けるシーンは、笑いつつも涙を誘う。これほど心にジンと来て泣けるコメディは初めてであり、私は一辺でファンになってしまった。喜劇の形を借りて、人間の哀しみと生きるせつなさを描く山田洋次喜劇はここからスタートしたのである。この作品も好きだが、これのヒットによって作られた“馬鹿シリーズ”2作目「いいかげん馬鹿」(64)も私は大好きで、むしろこちらをランクインさせたいほどである。主人公は気が良くて、村の発展を願ってうさんくさい人物やグループを連れ帰ってはトラブルを起こし、いたたまれなくなって逃げ出しては又村に帰ってくる。そのうち最後はついに二度と故郷に帰れなくなってしまう。…そうした、故郷をこよなく愛しながらも、善意がいつもアダになり、ついには故郷を失ってしまう主人公もまたアイロニーに満ちた哀しい存在である。この、1作目の“高嶺の花の美女にかなわぬ恋をするヤクザな男”と、2作目の“トラブルを起こし、故郷を飛び出しながらも何度も故郷に帰って来る男”のキャラクターが、後の「男はつらいよ」の原型となったのは間違いがない。そういう意味でも、私にとってはこれらは「男はつらいよ」よりも好きで愛着のある作品なのである。


*東映集団時代劇がこの年も絶好調。
工藤栄一監督「大殺陣」は「十三人の刺客」と同じ池上金男脚本。ただストーリー、チャンバラシーン、いずれも前作には及ばない。まあ、あちらの方が奇跡的な大傑作ではあるのだが。
山内鉄也監督のデビュー作「忍者狩り」は傑作。外様大名に雇われた近衛十四郎、佐藤慶ら4人の浪人と、襲い来る幕府方忍者との死闘を描く。敵の首領・天津敏がものすごく強くてコワい。ラストの暗闇の中での対決は手に汗握る面白さ。高田宏治の脚本が秀逸。おススメ。
倉田準二監督の「十兵衛暗殺剣」も傑作。近衛十四郎の柳生十兵衛と、九鬼水軍の流れを汲む宿敵幕屋大休(大友柳太朗)との延々と続く息詰まる対決は見もの。あの十兵衛が刀を求めてころがり回るリアルな殺陣はチャンバラ映画史に残ると言っていいだろう。これも脚本は高田宏治。この頃の高田宏治は抜群に面白かったのだ。

*加藤泰監督の「幕末残酷物語」(64)も力作。新撰組という組織の矛盾、非人間性を容赦なく描き、その中で組織に反逆し、死んで行く若者を大川橋蔵が好演。沖田総司を演じる河原崎長一郎も印象的。藤純子もいい。いわゆる残酷ものだが、集団時代劇の要素も持つ。
60

 「飢餓海峡」 ('64) 東映/監督:内田 吐夢

水上勉の推理小説を名ライター鈴木尚之が脚色、内田吐夢が斬新な撮影手法(16mmフィルム使用や、二重露出等。ワイド106方式と呼ばれた。106とは、トムを数字にしただけである(笑))を駆使して骨太に描いたサスペンスの大作。有名な洞爺丸沈没と、岩内の大火という2つの実際に起きた事件と、連続殺人事件とを結びつけたプロットが秀逸。サスペンスものとして見てもスリリングで面白いが、過去を隠して事業家として名をなした男(三国連太郎)が、当時を知る女(左幸子)の出現に動揺し、思い余って殺してしまい(この辺りは松本清張「砂の器」と似ている)、彼をずっと追い続けて来た老刑事(伴淳三郎)との息詰まる対決に至るという展開に、それぞれの人間が背負った業、宿命の悲しさを見ることができる。左幸子が絶妙の名演技を見せる(男が残した爪を体に当て、恍惚となるあたりは圧巻)。伴淳三郎も、コメディアンとは思えないリアルな演技が見事。3時間にも及ぶ長編だが、内田吐夢の渾身の演出の力強さには時間も忘れるほどである。何度見ても圧倒される、素晴らしい秀作である。

双葉さんのベスト100
 (71)「飢餓海峡」 (左参照)


小林さんのベスト100
 (79)「飢餓海峡」 (左参照)



*'64年
の作品であと楽しめるのが、石井輝男の2本。「御金蔵破り」は時代犯罪サスペンス、「いれずみ突撃隊」は北支戦線を舞台にした戦争もの。洋画ファンの石井らしく、前者は「地下室のメロディ」、後者は「駅馬車」のいただきと言うかオマージュが登場して楽しめた。


・・・59年から64年までの5年間を紹介したが、この頃はプログラム・ピクチャーの佳作が多くなっている。名匠の作品が減ってきたこともあるが、映画の楽しさを知った時代でもあったのである。

      No.2 (21〜40)に戻る           No.4 (61〜80)へ

    Top Page       このページのTop