ファイヤーウォール   (ワーナー:リチャード・ロンクレイン 監督)

 ハリソン・フォード久々の主演作。 

 役柄は、銀行のセキュリティ担当者。彼は、業界でももっとも効果的な盗難防止システムを設計し、堅固なファイヤーウォールを構築した・・・という設定である。

 この映画のキャッチコピーは、「コンピュータ・セキュリティ… 最大の弱点は、それを作った人間」

 なるほど、確かにその通り。このことは以前からも言われて来た事で、目新しいものではない。 

 しかし、それをテーマにして、サスペンス映画を作る・・・という着眼点がいい。 

 例えば、この映画のように、コンピュータ設計者を脅迫し、システムのセキュリティ・ホールをついて電子マネーを盗み出す・・・という犯罪が実際に起きる可能性は否定出来ない。起きたって不思議ではない。実際に起きれば、その被害額は単なる銀行強盗の比ではない。この映画のように、1億ドル…どころか、もっと多額の被害だって起きる。しかも、銃器を用意して銀行員をホールドアップする必要もない。ジュラルミンのトランクをいくつも用意する必要も、汗だくで運ぶ必要もない。誰も気が付かないうちに犯罪を済ませてしまうことだって可能なのである。考えたら、ゾッとする話ではないか。 

 そういう現実があるからこそ、この映画には観ている方も絵空事とは思えないリアリティが感じられ、緊迫感が増すのである。 

 もう一つ、さらに観客に、他人事とは思わせない不安を煽る要素がある。 

 それは、ある日自宅にならず者が侵入し、家族を人質にとられたらいったいどうなるか・・・という問題である。これだって、現実に起きないなんて、誰も断言できない。いや、ファイヤーウォール侵入より起きる可能性は高かも知れない。 

 あなたなら、そんな時、どうやって家族を守るのか。― そういうテーマでいろいろ議論してみても面白いかも知れない。 

 この映画のユニークさは、そうした2つの、身近で現実味のある不安要素を巧みに拠り合わせてストーリーを構築している点にある。観客は、主人公の身にふりかかった災難を自分の身に置き換えて、自分ならどう判断し、どう行動するかをシュミレートしてみてもいいかも知れない。 

 次に、この映画の脚本だが、これもよく出来ている。何よりも、伏線が巧みに張られている。 

 よく練られた脚本には、伏線がいくつも張られていて、それが後半に生きてくる。ミステリー好きのファンなら、何でもないようなシーンでさえ、「これは伏線かな?」と頭にインプットしておき、後段でやっぱり伏線だったことが判明したりすると、してやったり…とほくそ笑んだりするのである。 

 この映画では、出だしで、フォード扮するジャック一家の、朝の日常風景が丹念に描かれる。何でもないようだが、ここに既にいくつかの伏線が見える。 やんちゃな息子が、ラジコン自動車で遊んでいるが、ラジコンの電波でテレビの画像が乱れ、姉が文句を言っている。一家の愛犬がチョロチョロ走り回る
 
これらが、後段になって重要な役割を演じることとなる。これが伏線である。ぼんやり見逃さないように。
 ついでだが、ジャックという主人公の名前も意味深である。なにしろ彼の家庭が、悪い一味によってハイジャック(ハウスジャックか)されるのだから(笑)。 

 さらに銀行では、有能で、ジャックを尊敬してるらしい女秘書のジャネット、そしてジャネットに色目を使う若いシステム・エンジニアなどが要領よく紹介されて行くが、ここで手短に描かれたそれぞれの人物像や性格が、やはり後半部で重要な役割を果たすこととなる。さらに、合併問題が発生して、ジャックでさえも簡単にはシステムにアクセスできない状況も起きている。 

 こうした伏線が、後半に至ってすべて生きて来るのである。よく出来た脚本である。 

 最近は、ハリウッド映画ですらこうした基本が守られていない酷い脚本が目に付く。
 
例を挙げれば、昨年の「フォーガットン」。後半の、トンでもない展開を予想させるべき伏線がどこにも張られていないから、単なる思いつきの行き当たりばったり的展開にしか見えない。こんな脚本が採用されてしまうほど、ハリウッドにおける脚本家の人材不足は深刻なようである。 

 もう一つの見どころは、犯罪グループのリーダーを演じたポール・ベタニーの悪役ぶりである。冷静沈着、恐ろしく頭が切れて、体力もありそう。ミスした部下を平然と射殺する冷血漢でもある。顔もコワそう。悪役はこうでなくては。 Photo

 さて、“平和な家庭に悪人が侵入し、家族が危険な目に会う”というパターンの映画は、実は古くからあり、代表的な名作としては、ウィリアム・ワイラー監督の「必死の逃亡者」(56)がある。家族を人質に取られたまま、一家の主人が会社に行くという展開も共通しており、本作はこの「必死の逃亡者」をかなり参考にしているフシが覗える。 

 もう1本、「暗くなるまで待って」(67・テレンス・ヤング監督)という傑作があり、こちらは盲目の人妻(オードリー・ヘップバーン)が一人いる家に悪人たちが侵入し、オードリーをジワジワ恐怖に陥れる。悪役のリーダーがまた冷酷で頭も切れ、仲間も平気で殺す…という具合に、本作のポール・ベタニーのキャラクターとも通じるものがある。
 この冷酷な悪役のリーダーを演じたのがアラン・アーキン。役柄の幅の広い人で、なんとあの「ピンク・パンサー」でおなじみのクルーゾー警部に扮したこともある(映画の題名はズバリ「クルーゾー警部」)。 

 で、そのアラン・アーキン、実は本作に出演しているのである。ジャックが勤める銀行のCEO役。白髪でいかにもかつては切れ者だったというイメージ。彼の起用は、「暗くなるまで待って」からいろいろ参考にした―というプロデューサーのお遊びではないか…と私は密かに思っているのだが。 

 ・・・・といった具合に、この映画はいろんな角度からお楽しみを見つけることが出来る。 

 おヒマがあれば、サスペンスの秀作「必死の逃亡者」 「暗くなるまで待って」も是非ご覧になる事をお奨めする。今観ても、少しも古くないと思いますよ。     (