キル・ビル    (ミラマックス:クエンティン・タランティーノ 監督)

 わっはっはー。面白い!笑った、笑った。もぉー最高。日本映画オタクのタランティーノの本領発揮。任侠映画、チャンバラ映画、マカロニウェスタン、カンフー映画などの、B級映画を愛するすべての人に贈る快作です(反面、こうしたB級映画に関心のない人にはあまり楽しめないかも知れませんが)。

 話そのものは、ものすごく単純。結婚式当日に家族を皆殺しにされ、お腹の子供まで失ったヒロインが復讐する…という、ただそれだけ。あと何もない(笑)。で、全編のほとんどが敵との決闘シーン。そのアクション・シーンに、彼がこれまで観て来た無数のB級アクション映画からの引用が散りばめられている。だから、それらの映画を知ってて観れば、面白さは倍化するはずである。無論、知らなくても十分面白いが、知ればもっとおトク…という事なのである。
 映画そのものは、観終わればスカッとした気分になって、あとに何も残らないくらいバカバカしい作品である。だから、ここではタランティーノ(以下“タラ”と略す)が引用した部分を検証してみるだけにする。この映画の楽しみ方は、そうした引用をいくつ見つけられるか…それに尽きるのではないかと思うからである(なお、これから映画を観ようと思っている方は、出来れば観終わってから読むことをお勧めします)。

 

 冒頭、まずいきなり香港・ショー・ブラザーズの巻頭ロゴマーク。別に本編がショー・ブラザーズとの提携作という事でもない。しかし至る所にかつての香港アクションの引用がある…というサインであろう(個人的には、むしろ東映の三角マークを出してくれれば最高なのですが(笑))。続いて、メインタイトルとクレジットのバックに流れるのが、ナンシー・シナトラの懐かしい「バン・バン」(シェールの歌でも大ヒットした)。"Bang Bang, My Baby Shot Me Down"という歌詞が、主人公ブライド(ユマ・サーマン)の境遇をも示しているわけである。この後にも、使われている曲にニンマリすること請け合いである。

 この後、復讐の相手の一人との決闘があるが、ここも引用があるのだろうがちょっと思いつかないので省略。続いてブライドは、沖縄に向かい、元・刀作りの名人の寿司屋を訪ねる。この店主が千葉真一ふんする“服部半蔵”。これはテレビの「服部半蔵・影の軍団」のパロディで、千葉チャンが寿司職人の時はややコミカル、刀を見せるシーンではキリッとしている…という落差もテレビドラマを踏襲している。飛行機のシーンが何度か出て来るが、これ、明らかに模型飛行機を吊るしているのがみえみえ(ピアノ線も見える(笑))。無論これはワザとやっているので、資料によると、夕闇に飛ぶ飛行機のシーンは松竹「吸血鬼ゴケミドロ」の引用だそうである。地上の東京の夜景もミニチュアであるのが分かるが、これも“東宝の怪獣映画っぽく作ってくれ”というタラからの依頼なのだそうである。さすがー(笑)。

 敵の一人、オーレン・石井(ルーシー・リュー。この名前はタラが敬愛する石井輝男、石井聰亙から取った)の過去をアニメで見せる場面がある。このパートはタラがわざわざ、「攻殻機動隊」「BLOOD The Last Vampire」等のプロダクションI.Gに出向いて依頼したとの事で、この部分は昔の貸本劇画の流血場面(平田弘史あたり?)を意識しているようにも感じた。なお、「BLOOD…」はセーラー服の少女が日本刀でバンパイア狩りを行う−という奇想天外な快作で、血糊の噴出もあり、多分タラはこれを観てI.Gに依頼したのでは…と私は想像している(「BLOOD…」の批評も参照のこと)。

 宿敵、オーレン・石井は何故か東京でヤクザの組長(笑)。組のメンバーが集まるシーンで、國村隼演じる配下の組長が石井にからむシーンは明らかに「仁義なき戦い」へのオマージュ。そう言えば映画の冒頭にタラが敬愛する深作欣二監督への謝辞がクレジットされていた。

 さて、いよいよ後半、ブライドが石井一味と闘うクライマックス。舞台となる日本料理店、青葉屋のセットは北京の撮影所で組まれたそうで、ゴーゴーを踊る大広間が地下1階にあるという不思議な空間設計が面白い。石井登場シーンでは、布袋寅泰作曲の「新・仁義なき戦い。」のテーマが流れます。石井の部下はみんな「グリーン・ホーネット」でブルース・リー扮するカトー(発音は“ケイトー”)が付けていた黒マスクをしている。対するブライドは、「死亡遊戯」のブルース・リーの黄色のトラック・スーツ。そして決闘シーン。出てくる出てくる、オマージュのてんこ盛り。「子連れ狼・三途の川の乳母車」(手や足が斬られて飛ぶ。エンド・クレジットには勝新太郎への謝辞もあった)、鈴木清順「刺青一代」(ガラスの床越しのカメラアングル)「東京流れ者」(背景がブルーの障子)、盛大な血糊ぶち撒けシーンは「ブレインデッド」(ピーター・ジャクソン、出世しましたね)、「ママの所へ帰っちまいな」と部下の一人を逃がしてやるシーンは黒澤「用心棒」かな。雪の庭での石井との対決シーンは梶芽衣子の「修羅雪姫」。ご丁寧に決闘の後、その主題歌、梶芽衣子歌う「修羅の花」が延々と流れます。タラは梶芽衣子の大ファンだそうで、エンド・クレジットにも梶の「さそり」シリーズ主題歌「怨み節」が使われている。そう言えばこの2本とも、女の復讐ドラマでしたな。

 ざっとこんな感じで、多分まだまだ引用があるかも知れないが、気付いただけでも以上の通り。これは2部作の前編で、後編は来年2月公開だとか。予告編には、Vol.1には登場しない白髭のカンフー達人(ジャッキーの「酔拳」の老師によく似ている)が出ているので、後編も楽しみである。なお、日本に対する勘違い描写が多いとの批判をたまに見受けるが、タランティーノは何度も日本に来ているし、どんな日本の映画ファンより多くの日本映画を見まくっているくらいで、あれはワザとそういう描き方をしているのである。批判する人こそ、“勘違い”していると思う。

 それにしても…である。アメリカ人でも、これだけB級日本映画を愛してくれているのに、肝心の日本の映画人の中に、かつての日本のプログラム・ピクチャーにオマージュを捧げる人がほとんどいないのは、とても残念である。もっとも、そういった作品が作られても興行的な成功はとても望めないだろうけれども…。でも、そうした映画への熱い愛をフィルムに焼き付けようとする意欲は、きっと映画ファンに伝わると思うのだが。―ともあれ、久々にプログラム・ピクチャーが全盛だった頃を思い出させてくれたタランティーノに敬意を表して、採点は