カルテット (久石 譲 監督)
宮崎駿、北野武、大林宣彦、澤井信一郎などの、日本を代表する超一流監督作品に素敵な音楽を提供して来た作曲家の久石さんが、映画監督に挑戦した作品。やや自伝的な要素も入っていると聞いていたから、見る前は堅苦しい、芸術家が悩む姿を描いた映画かと思っていた(原案・脚本も久石譲)。
ところがこれが、作品傾向から言うと、私が“正しい娯楽映画”と名付けた、「あるチームが最初に失敗して、メゲて、再結集して猛練習して、最後に成功する…」というパターンそのままの爽やかな青春娯楽映画に仕上がっていたのである。演出もなかなかテンポよくリズミカルで、さすが宮崎・大林などの良質エンタティンメント作家とコラボレーションを経て来ただけのことはある。意外と言っては失礼かも知れないが、これは素敵な佳作である。
ある音楽大学の同期生たちが、弦楽四重奏を組み、コンクールに出るが大失敗。それから3年−彼らはバラバラに仕事を持ったりしていたが、リストラなどで職を求めたオーディション会場で再会し、3年前の雪辱を期して再びチームを結成し、音楽コンクールに向けて猛練習を開始する…。こう書くだけで、「シコふんじゃった。」「青春デンデケデケデケ」などの“正しい娯楽映画”パターンそのままであるのが分かるだろう(4人の若者が音楽チームを結成するというお話からして「青春デンデケ−」とソックリである。そう言えばこの作品も久石譲音楽だった)。4人の性格や家庭環境なども絵に描いたようにキッチリ分けられているし(リーダーの明夫は音楽家の父の血を引き自我が強く、第2バイオリンの智子は寿司屋の娘らしくチャキチャキし、チェロの愛は良家の娘でおっとり型、ビオラの大介は臨月の妻を持つ気のいい男)、途中で仲たがいしながらも最後に結束する展開や、次々訪れるアクシデントもお約束パターン、練習を兼ねて演奏旅行するあたりはロードムービーの趣向もある(この旅先で演奏する音楽が「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「キッズ・リターン」「HANA−BI」と宮崎・北野作品のおなじみの久石メロディであるのがなんとも楽しい。ここらは聞いててウキウキして来る)。久石演出は実に丁寧でオーソドックス、それでいて説明的なセリフは省略してカットが移るからテンポが良く気持ちいい。また4人の俳優たちが猛特訓で見事な指さばきを見せるあたりもお見事。細かい事だが、冒頭で失敗したのと同じトラブルがラストの演奏でもそのまま発生するあたりのユーモアとサスペンスは、洋画ならともかく日本映画では珍しい。ここらあたりもお見逃しなく…。
あまりにいろんな映画で見たようなパターン通りであるので(特にコンクール当日が明夫の交響楽団採用日と重なり、友情を取るか将来を取るかで悩むあたり、そして会場に明夫がやって来るかどうかのサスペンスなど)、類型的で新味がない…等の批判もある。しかし私はこれで良かったと思う。最近ともすると、話をヘンな方向にズラしたりする映画が多いが、それが観客にソッポを向かれる原因だと思う。良質な娯楽映画は、まさに先が読める、ツボとでも言うべきパターンをどう丁寧にキッチリ撮るかが勝負であり、観客は、分かっているお話だからこそ安心して見れるのである。まさに娯楽映画はこうあるべき・・・というセオリーに愚直なまでにこの作品は忠実である。それこそが、観客が求めるものなのである。私が“正しい娯楽映画”とイチ押しする「ウォーターボーイズ」の成功は、そのセオリーに一直線に進んだからこそなのである。
本来は、日本を代表する優れた音楽家でありながら、本職の映画監督がなかなかやろうとしない正しい仕事をやってのけた・・・。その事だけでも私はこの映画を積極的に評価したい。私のおススメの正しい娯楽映画(「ウォーターボーイズ」評参照)が好きな人には是非見て欲しい、感動的な青春映画の力作である。なお、製作に「はつ恋」「ekiden」「ココニイルコト」など、ウェルメイドな佳作を連発しているエンジンネットワーク+デスティニーが加わっている点も見逃せない。
蛇足…ラストで智子が「終わったのね」とつぶやくと明夫が「まだ終わっちゃいないよ」と返すセリフは北野作品「キッズ・リターン」へのオマージュですね(笑)。 ()