ウォーターボーイズ  (アルタミラ・ピクチャーズ:矢口 史靖 監督)

 面白い!楽しい!娯楽映画としては、(宮崎アニメを除いて)これは本年度日本映画の中で最高に楽しいエンタティンメントの快作である。冗談でなく、私はこれを本年度ベストワンに推奨したい。
 何故かと言うと、この作品は、最近の日本映画批判の文章でいつも出てくる“暗い”“陰気”“ダサい”という決まり文句を完全に覆す、陽気であっけらかんとしておシャレで、そしてラストで最高のハッピーエンドと感動が用意されている、“正しい娯楽映画”の王道を行っているからである。
 私は以前に「メッセンジャー」評で、「
“正しい娯楽映画”とは、簡単に言えば『弱い人間たちが力を合わせて強い敵に逆転勝ちする』という縦糸(ストーリー)に、笑い、涙、仲間同士の友情や周囲の人たちの暖かい支援などといった感動させる要素、クライマックスの対決におけるハラハラドキドキのサスペンス、最後は逆転勝利で(ついでに主人公のカップル同士の愛も成立する場合もあり)万事めでたしのハッピーエンド・・・・という横糸(ストーリーに肉付けする諸要素)を絶妙により合わせた作品のことである」と書いた。その作品は'99年度の私のベストワンである。本作も、“強い敵が存在しない”点だけを除いては、まさにそのパターンを踏襲している。しかしこの映画は、“高校生最後の文化祭で成功する”ことが目的であるからそんな敵は必要ないのである。その点では大林宣彦監督作品「青春デンデケデケデケ」と同じパターンであり、これもまた青春映画の大傑作であった(ちなみにこちらは'92年度の私のベストワン!)。
 そして「メッセンジャー」評では、こうも書いた。「
傑作『がんばっていきまっしょい』(磯村一路監督)とか、『Shall We ダンス?』(周防正行監督)のように、主人公がある特定の競技の魅力にとりつかれ、苦しいトレーニングを乗り越えて晴れの舞台に挑むというパターンの作品群があり(略)いずれも、名誉欲も打算もなく、楽して金儲けといったズルさとも無縁の、無私でひたむきにささやかな夢を追い求める姿に、息が詰まりそうな現代社会でストレスを溜めている観客は、一服の清涼剤を得た思いで気持ちよく映画館を後にできるのである」 
 
ちなみに
「がんばっていきまっしょい」は'98年度の私のベストワン!
 そんなわけだから、こうした作品群をずっと支持してきた私としては、これは当然のベストワンなのである。

 前置きはそのくらいにして、作品評に移る。

 ストーリーとしては、廃部寸前の水泳部(これも同パターンの傑作「シコふんじゃった。」と同じ設定)に美人の先生が顧問としてやって来るが、教えるのがシンクロナイズドスイミングと聞いて部員が5人しか残らず、この5人が力を合わせて文化祭でシンクロを大成功させる…というもの。これに主人公と女子高の少女とのラブロマンス、次々に襲ってくる難問(顧問先生が出産でいなくなる、プールは他部のイベントに使われる、文化祭前日にプールが使えなくなる…等々)、そして日本映画では極めて珍しい!スマートなコメディ・タッチ・・・が随所に盛り込まれ、物語は緩急自在、あっという間にラストのクライマックスを迎える。そしてこのラストのシンクロナイズドスイミングが素晴らしい。男のシンクロなんて気持ち悪い・・・なんて思っていた人はここで完全に既成概念がぶち壊される。実に躍動的で健康的で、ダイナミックで、そして感動的なのである。私はここで(年甲斐もなく!)ボロボロ泣いてしまった。それは単なる感動だけではない、人生で一番輝いている青春時代に、何の見返りもない、他人が聞いたらバカバカしいようなことにまっしぐらに突き進み、そのひたむきで無私の行動によって最後にその夢を実現させてしまう…それは不況、リストラが長びき、暗い事件が続き、夢を失っているかのような現代人に対して、「元気を取り戻そうよ、夢を追いかけようよ」と問いかけているようにも思える…そのことにまで思いを馳せたからに他ならないからである。
 笑いのセンスもシャレている。「赤影」のように、鴨居にゴツン、とかのベタなギャグで笑わせようとはしていない。例えば、美人先生の前に生徒達がドッと殺到し、シンクロをやる…と聞いた途端に、次のカットで5人だけが取り残され、絶妙の間で教室の後ろのドアがバッタンと倒れる…こういうセンスがいいのである。本当の笑いは、登場人物のマヌケな行動なんかではなく、本人たちが一生懸命やればやるほどズレて行く…そのおかしさなのである。
 主人公たち5人のキャラクターもうまく個性的に分けられている。ホモの少年が混じっているのも面白い。それが不健康になっていないのも演出のセンスである。ラストのシンクロも特訓によって実際にやっているのだから凄い。俯瞰で撮ったシンクロ演技は、バスビー・バークレイ演出やエスター・ウィリアムス主演のアメリカ・ミュージカルを連想させるダイナミックさである(と言えば誉めすぎか?)。
 無論欠点も多少ある。オカマ・バーのホステスたちとか、主人公に思いを寄せる少女などの描き方は多少類型的ではある。しかしそんな欠点を補って余る、“正しい娯楽映画”ぶりはとても素敵である。
 スタッフにも触れておく。プロデューサーは「ファンシィ・ダンス」以来、「シコふんじゃった。」「
Shall We ダンス?とずっと周防正行とコンビを組み、周防と共同で設立した“アルタミラ・ピクチャーズ”代表として「がんばっていきまっしょい」もプロデュースした桝井省志氏。作品歴を見ても分かる通り、まさに前述の“正しい娯楽映画”ばかりを作って来た人である。この流れの中から本作が登場したのも、ごく当然なのである。脚本・監督は「裸足のピクニック」「ひみつの花園」「アドレナリン・ドライブ」と、ややドタバタめいたコメディを作って来た矢口史靖。本作では笑いのセンスに磨きがかかっている。矢口監督はこれで我が国一流の映画作家としてブレイクしたのではないだろうか。必見!