メッセンジャー (東宝:馬場康夫監督)

 面白い!むちゃくちゃ面白い!…最近の日本映画でこれほど笑って、ホロッと泣けて、興奮して、さわやかな気持ちで映画館を後にした作品は、「シコふんじゃった。」(周防正行監督)以来ではないだろうか。いや、クライマックス場面の躍動感とエンド・タイトルバックの楽しさはあの作品すら上回り、ここ十数年間の作品の中でも最高に楽しい娯楽映画であった。無論私だけでなく、観客の多くがこの映画に感動し、満足した様子は「メッセンジャー」公式ホームページ(http://messengers.nifty.ne.jp)に寄せられる感想文からも十分伺える。(ほとんどの人が2回以上この映画を見ており、中には既に13回も見た人さえいる!)
 この映画のどういった所が我々観客をそれほど魅了するのか。それにはさまざまな要因があるが、一番の要因、それはこの映画が“正しい娯楽映画”の王道を歩んでいるからに他ならない。“正しい娯楽映画”とは、簡単に言えば「弱い人間たちが力を合わせて強い敵に逆転勝ちする」という縦糸(ストーリー)に、笑い、涙、仲間同士の友情や周囲の人たちの暖かい支援などといった感動させる要素、クライマックスの対決におけるハラハラドキドキのサスペンス、最後は逆転勝利で(ついでに主人公のカップル同士の愛も成立する場合もあり)万事めでたしのハッピーエンド・・・・という横糸(ストーリーに肉付けする諸要素)を絶妙により合わせた作品のことである。前述の「シコふんじゃった。」がまさにそれであり、外国作品では「メジャー・リーグ」がその典型である。どれも実に楽しい娯楽映画であった。過去の作品をたどれば、黒澤明の傑作「七人の侍」も実はこのパターンに当てはまる。そしてあの
「スター・ウォーズ」の第1作(エピソードWの方)もよく考えればこのパターンであり、だからシリーズ中一番面白かったのであり、今回の「エピソードT」が面白くなかったのはこの“正しい娯楽映画”のルールを満たしていなかったからなのである。逆に言えば、この“正しい娯楽映画のルール”を忠実に守った作品は必ず面白く、かつ観客の心に残り続ける作品となり得るのである。
 
もはや言うまでもないだろう。「メッセンジャー」にはこれらの要素がほとんどすべて(前述のどの作品よりも多く)盛り込まれている。面白くないはずがないのである。それだけではただ面白かったで終わるのだが、この作品にはさらに隠し味が含まれている。いわゆる、爽やかな感動を呼ぶ作品と言えるジャンルに、例えば昨年の傑作「がんばっていきまっしょい」(磯村一路監督)とか、これも周防正行監督の傑作「Shall We ダンス?」のように、主人公がある特定の競技の魅力にとりつかれ、苦しいトレーニングを乗り越えて晴れの舞台に挑む(大抵は惜しくも優勝は逃す)というパターンの作品群がある(アメリカ映画「クール・ランニング」や大林宣彦監督作品「青春デンデケデケデケ」などもここに入れてもよい)。いずれも、名誉欲も打算もなく、楽して金儲けといったズルさとも無縁の、無私でひたむきにささやかな夢を追い求める姿に、息が詰まりそうな現代社会でストレスを溜めている観客は、一服の清涼剤を得た思いで気持ちよく映画館を後にできるのである。これらの作品もまた素晴らしい娯楽映画の典型なのである。「メッセンジャー」には、よく思い起こせばこちらのパターンもうまくブレンドされている。「どこへでも行けそうな気がした」子供の頃からの夢であった自転車で起業を思い立ったけれど、バイク便に圧されて挫折寸前になりながらも、尚実たち仲間の参加で少しづつ盛り返し、晴れの舞台(バイク便とのマッチレース)に挑む・・・・というストーリーはこちらのジャンルにもちゃんと当てはまる。多くの人たちがこの映画を心から楽しみ、かつ感動する理由はここにあるのである。
 他にも、日本映画らしからぬ場面転換の心地よさ(病院での示談シーンで、横田に代りにメッセンジャーの仕事をやって欲しいと頼まれ、ワッハッハと笑い合った次のカットで尚実がプリプリ怒っていたり、警察官の島野に「俺ンちへ泊まるか」と言われ、ニコッとした次には留置場にいるシーンに変わるといった具合)、シャレた小道具の使い方(携帯電話、1本の鉛筆、シャンペンとバドワイザー、タクシー無線等)などもこの作品の魅力であるし、登場人物にしても、本当に悪いヤツがいないのも清々しい(岡野も大田も最後は尚実にエールを送るという粋さだし、唯一の悪役、細川も自分の仕事に対する熱心さゆえだし、最後はちょっぴりカワイソー・・)。
 とにかくこの映画はどこをとっても素敵である。周到に計算された脚本(
戸田山雅司。彼の作品では「シャ乱Qの演歌の花道」も楽しかった!)、「古畑任三郎」でおなじみ、本間勇輔の音楽、久保田利伸の主題歌、どれも最高。出演者もみんないいけど、特に飯島直子が素晴らしい。最初は自分勝手でイヤな女に見えていたのが、さまざまな苦難を乗り越えて行くうちにどんどんいい女に変身して行き、終わってみれば誰にも愛される素敵なヒロインになっている(スカートをビリッと破るところ、思わず拍手したくなるくらいカッコよかったですよ)。そして、馬場康夫監督の演出も最高!。尚実が鈴木(草g剛)に「どうして戻って来たんだ」と聞かれて、「あなたが好きだから」と言うシーンでサイレントになる所や、エンディングで鈴木にキスをする直前でストップ・モーションになる所など、洋画ファンだという馬場監督のセンスの良さが光っている。今年のベストワンは決定である。   (