「シネマ自由区」の誕生まで

「シネマ自由区オールナイト上映会」は、昭和49年(1974年)から同51年(1976年)にかけて、大阪在住の(当時)若い映画好きの連中が集まって、自分たちの見たい映画を、自分たちで番組を組み、資金を出し合い、宣伝から運営まですべて手作りで行った、オールナイト上映会です。

当時は、東京の池袋文芸坐、京都の京一会館など、映画ファンに人気の名画座が特集を組んだオールナイト上映会が全国あちこちで行われていました。それらは結構評判となり、番組によっては満員札止めとなるケースもありました。
当時は、映画館も、映画ファンも、熱気に溢れていた時期でもありました。

神戸では、その後映画監督となった大森一樹が中心となって、「グループ無国籍」という自主上映グループを旗揚げし、神戸福原にある福原国際東映劇場を根城に、鈴木清順監督特集、渡哲也“無頼”シリーズ等の上映会を企画し、それなりに成果を挙げていました。

大阪でもそれらとは別に、映画ファン有志が集まった「日本映画をみる会」によるホール上映会や、同会メンバーを中心とした「グループ・デラシネ」オールナイト上映会(場所:吹田映劇)等が開催されていましたが、場所が吹田であるせいもあってか、知名度は今ひとつ、集客も伸びず、収支は赤字状態が続いていました。

そこで、それら上映会に集まっていた映画ファンの数人が結集し、毎月一回、定期的にオールナイト上映会を行い、文芸坐やグループ無国籍にも負けない、大阪独自のユニークな、映画ファンのお祭りにして行こうとして結成されたのが、「シネマ自由区」です。

メンバーは、「日本映画をみる会」から3人(職業は映写技師、銀行員)、新聞記者、健サンの熱狂ファンの映画会社宣伝マン、私も含めた普通のサラリーマン3人、の計8人。いずれ劣らぬ熱血映画マニアばかりです。当時は全員20歳代、若くて向こう見ずでした。

「シネマ自由区」オールナイト上映会の歴史

上映作品の選定は、毎月1回、メンバー全員が喫茶店等に集まり、定例会議を開催して行われました。

まず最初にテーマを選び、次に上映作品の選定を行います。上映本数は5本(時に6本)と決まっていますから、候補作品の中から何を選び、何を落すかで議論百出、会議は長時間に及ぶ場合もありました。

せっかく作品を決めても、今度は映画会社にフィルム貸出の依頼をしないといけません。フィルムがない場合や、映画会社が貸出を許可しない場合、また1本しかないフィルムが同時期に他の劇場に貸し出されている、等で、泣く泣く他の作品に差し替えられる場合もありました。

作品が決まると、劇場確保、ポスター作成、チケットの印刷、当日配布のプログラム作り、情報誌や新聞社への掲載依頼、前売り券のプレイガイド等への委託販売、ポスター貼り、チラシ配り、他の上映会や劇場にもチラシ置きの協力依頼、等、仕事を抱えながらの上映準備活動は目の回る忙しさでした。

上映日当日は、当日券販売窓口、モギリ、案内、終れば後片付け、売上集計と、映写以外はすべてメンバーの仕事です。これら雑用に追われて、結局見たかった上映作品を見逃す事もしばしばです(泣)。

2回目からは、劇場が大阪市城東区鴫野にある、シギノ大劇に固定、支配人の理解もあり、上映会は徐々に軌道に乗って行きます。
しかし、利益を生むまでにはなかなか至りませんでした。大半は赤字でした。

2年目に入った頃から、メンバーのうちの1人の単独企画・開催による番外編もスタート、さらにマニアックな内容になります。個人の思い通りの番組になりますが、リスクも一人で背負う事になります。他のメンバーも無論手伝いました。

やがて昭和51年春先、シギノ大劇が閉館される事になり、シネマ自由区は拠点を失う事となります。

定例開催が20回、番外編が9回の、併せて29回の上映が行われました。

その後、シギノ大劇の親会社経営の、京橋にある京バシ東映に拠点を移し、51年7月に3週連続の上映企画を行いましたが、東映系列という事で東映作品しか上映出来ず、制約が多過ぎる事もあって、実質的なシネマ自由区オールナイトは、この上映をもって終りを迎えました。
メンバーそれぞれが、会社の中堅社員になったり、結婚したりで自由な時間を持てなくなった事も、活動終了の理由の一つでありましょう。

その後の「シネマ自由区」

上映会は無くなりましたが、メンバーの一人(松村)が起業した映画ポスター・ショップ「シネマ自由区」にその名は引き継がれています。

メンバーの一人であった私も、その後ミニコミ誌を発刊したり、1999年にはこのホームページを立上げ、定年退職した今も映画を見続け、映画批評を小まめにブログにアップする活動を続けています。

そして上映グループ「シネマ自由区」の残党(?)たちは、その後も親交を続け、これもメンバーの一人(庄内)が脱サラでオープンしたブックカフェ「ワイルドバンチ」に集まり、定期的な親睦会を現在も続けています。
新しいメンバーも増え、映画談義は毎回花盛りです。

本コーナーを立ち上げた理由

メンバーと映画の話をする中で、あの頃はプログラム・ピクチャーの中に、隠れた名作・傑作が多く、今見直しても面白い、という話題がよく出ます。

逆に、今の映画は1本立て、見た目の大作は多くても、映画ファンの心をときめかす、プログラム・ピクチャーの傑作にはなかなかお目にかかれません。

あの頃のプログラム・ピクチャーは何故面白かったのか、映画の根源的な面白さは何処にあるのか…当時のシネマ自由区オールナイトの番組を振り返る事で、その答を求めて行こう、というのがこの企画の私なりの狙いです。

そして当時の上映会に参加した方々にも、当時を思い出し、感慨に耽っていただく事も狙いとしております。

一度にアップするのは、作る私も、見る方も大変(主には前者の理由(笑))ですから、月1回のペースで、徐々にアップして行くつもりです。

感想や気の付いた事などあれば、ご遠慮なく掲示板に書き込みいただくなり、メールしていただいても結構です。

どうぞ、気長にお付き合いください。よろしくお願いいたします。

(文責:元シネマ自由区メンバー・土田)

第1回上映会「五社監督列伝」