第11回 「東映一家渡世十年」 Part1

 
開催日: 1975年7月19日(土)

場所: シギノ大劇

上映開始: PM 10:40

テーマ: 早いもので、前年9月からスタートしたシネマ自由区オールナイト上映会も、次回で12回目、丸1周年となる。そこで1周年記念として、今回と次回の2回に分けて、約十年続いた東映任侠映画の大特集を行う事となった。上映作品選定に当っては、いずれ劣らぬ任侠映画ファンのメンバーによる侃々諤々のディスカッションが行われ、結果として、これぞ任侠映画の代表的傑作とお墨付きを得た10本の作品が並んだ。もっとも、中にはオールスター総出演のお祭り的な作品も混じってはいるが、オールナイト上映会自体がファンのお祭りみたいなもんだから、固い事は抜きで気楽に楽しんでいただければと思う。

当日プログラム(PDF)  ※ご覧になるには Adobe.Readerのインストールが必要です。

(注)プログラムはすべてB4サイズです。印刷したい場合はB4が印刷出来るプリンターなら問題ありませんが、A4プリンターであれば、B4→A4への縮小プリントを行ってください。

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(作品紹介)

 人生劇場・飛車角

 製作:東映(東京撮影所) 
 封切日:1963.03.16 上映時間:95分  カラー/東映スコープ
 企画:岡田茂、亀田耕司、吉田達 
 監督:沢島 忠 
 原作:尾崎士郎 
 脚色:直居欽哉 
 撮影:藤井 静 
 音楽:佐藤 勝   
 出演者:鶴田浩二、佐久間良子、高倉健、月形龍之介、梅宮辰夫、村田英雄

トップバッターは、これは誰も文句なし。記念すべき東映任侠映画第1弾として広く認められているこの作品で幕を開ける。戦前から何度も映画化されており、村田英雄も歌っている同名の歌でも知られているだけに、知名度は抜群。映画は原作後半の“残侠篇”に絞って、東映お得意のチャンバラ劇的要素もうまくミックスし、ミュージカル・コメディ時代劇の秀作を量産して来た沢島忠監督がコメディを封印し(?)、堅実な演出で見応えある作品に仕上げた。興行的にも大ヒットし、折しも得意のチャンバラ映画に客が入らなくなって打開策を模索していた東映にとっては、まさに新たな鉱脈の発見であった。鶴田浩二はこれで押しも押されもせぬ東映のエースの地位を確立する事となる。なお、東映任侠映画の簡単な歴史は、PDFでアップしている当日プログラムの裏面に書いてあるので参照いただきたい。

 

 日本侠客伝

 製作:東映(京都撮影所) 
 封切日:1964.08.13 上映時間:98分  カラー/東映スコープ
 企画:俊藤浩滋、日下部五朗 
 監督:マキノ雅弘 
 脚本:笠原和夫、村尾 昭、野上竜雄 
 撮影:三木滋人 
 音楽:斎藤一郎 
 助監督:折田 至
 出演者:中村錦之助、高倉健、松方弘樹、津川雅彦、長門裕之、田村高広、三田佳子、藤純子、南田洋子

ポスターをよく見ると、中村錦之助がトップになっている。映画を観れば分かる通り、主役は健サンで、錦之助は途中で殺され消えてしまう、言わばゲスト扱い。なのにどうしてこうなったかというと、最初は錦之助が主演する予定だったのが、錦之助主演の前作「鮫」(田坂具隆監督)の撮影が長引き、後には歌舞伎座公演も控えている事もあって、錦之助が参加出来る日数がわずか4日程度という事になってしまった。そこで急遽脚本を書き直し、主役には錦之助の推薦もあって高倉健を使い、錦之助は助演にまわることになった、しかしポスターは作り替える時間がなかったか、あるいは錦之助を前面に出した方が客を呼べると思ったか、そのままになった…という事らしい。
まあそんなわけで、結果としてこれが健サン主演の任侠映画としては初のシリーズものとなり、映画も大ヒットして健サンは鶴田と並ぶ東映のエースの地位を確保することとなった、これは記念碑的な作品という事が言える。
ただ、まだ一人で看板を張るには心許ない、と会社が思ったのだろう、2作目以降もしばらくは鶴田浩二との共演が続き、シリーズが健サンの1枚看板となるのは5作目「雷門の決闘」(66年)からである。
しかし、歴史にイフはつきものだが、もし錦之助のスケジュールに余裕があって、これを錦之助主演で完成していたならどうなっていたか。もしかしたら錦之助が、以降も任侠映画の看板スターとして活躍し続け、高倉健の人気が沸騰するのはずっと遅れたかも知れない。健サンファンは、田坂具隆監督の粘りの演出に感謝すべきだろう(笑)。

 

 明治侠客伝・三代目襲名

 製作:東映(京都撮影所) 
 封切日:1965.09.18 上映時間:90分  カラー/東映スコープ
 企画:俊藤浩滋、橋本慶一 
 監督:加藤 泰 
 原案:紙屋五平 
 脚本:村尾昭、鈴木則文 
 撮影:わし尾元也 
 音楽:菊池俊輔
 助監督:鳥居元宏、清水彰、志村正浩、皆川隆之 
 出演者:鶴田浩二、藤純子、嵐寛寿郎、藤山寛美、津川雅彦、安部徹、大木実、丹波哲郎

この作品も逸話に事欠かない。最初は小沢茂弘監督でクランクインする予定だったのが、前の撮影が終わった後に繰り出した温泉で、小沢監督と俊藤浩滋プロデューサーとが芸者を寄越せ寄越さぬで大喧嘩になり、結局小沢が俊藤プロデューサーから干されてしまう事となり降板。それで遊んでる監督は誰だ、という事で空いていた加藤泰が監督する事になったという(小沢茂弘著「困った奴ちゃ」より)。しかし封切日が迫っていて撮影日数は2週間強しかない。そこで倉田準二監督に2班監督(クレジットなし)を依頼してロケシーン等を撮ってもらい、結局撮影日数18日という強行日程でなんとか間に合わせたという。しかしこれが後に、キネ旬発行の増刊号「任侠映画傑作選」ではベストワンに選ばれる等、任侠映画の最高傑作とまで称される不朽の名作になったのだから何が幸いするか分からない。
物語は、悪辣な敵の嫌がらせに善玉の組が耐えに耐え、組長も敵の刺客に刺された深手が元で亡くなり、やっと心を入れ替えて正業に励む事となった跡継ぎの息子(津川雅彦)までも重傷を負わされ、かばった気のいい流れ者(藤山寛美、好演)も殺され、ついに堪忍袋の緒を切った鶴田が敵陣に殴り込む、という典型的任侠映画。しかしこの作品が素晴らしいのは、渡世の掟に縛られる鶴田と、薄幸な娼婦・藤純子とのせつなくも悲しい愛のドラマが丁寧にしっとりと描かれているからである。中ノ島の河岸で藤純子が、田舎から持って来た桃を鶴田に渡すシーンが印象的。以後加藤泰作品では女が男に果物を渡すシーンが何度も登場する事となる。
冒頭の殺し屋に扮した汐路章が不気味で強烈な印象を残す。汐路章はそれまでは斬られ役専門の目立たない役者であったが、前年の「風の武士」で加藤泰と意気投合、この作品で一大抜擢され、以後加藤作品に欠かせぬ常連俳優となって行く。

 

 博奕打ち・総長賭博

 製作:東映(京都撮影所) 
 封切日:1968.01.14 上映時間:95分  カラー/東映スコープ
 企画:俊藤浩滋、橋本慶一 
 監督:山下耕作 
 脚本:笠原和夫 
 撮影:山岸長樹 
 音楽:津島利章 
 助監督:本田達男、大西卓夫、志村正浩 
 出演者:鶴田浩二、藤純子、桜町弘子、若山富三郎、金子信雄、名和宏、三上真一郎、原健策

「博奕打ち」シリーズの第四作目。しかし、ありきたりの任侠映画に飽いて来た山下耕作監督と脚本の笠原和夫が相談の上、ある組の跡目相続をめぐる内輪揉め、という内容で笠原がオリジナル脚本を書き上げ、山下が監督を担当した。従って、任侠映画になくてはならないはずの“敵対する悪玉の組”がまったく登場しない不思議な任侠映画が出来上がった。
公開されると、観客が戸惑ったのかどうか、興行的には不入りとなり、山下監督と笠原和夫は岡田茂京都撮影所長に呼び出され「おまえら、ゲージツ映画を作りやがって!」と叱られたという。しかし一部の目の肥えた映画ファンからは注目され、さらに翌年には三島由紀夫が「映画芸術」誌に「ギリシア悲劇を思わせる傑作」と絶賛の批評文を載せた事で急激に評価が高まり、やがては任侠映画史に残る傑作、という評価が定着するに至った。
ラストで、金子信雄に「てめえの任侠道はそんなものだったのか」と言われて鶴田が「任侠道?そんなものは俺にはねえ。俺はただのケチな人殺しだ」と返すセリフは映画史に残る名セリフである。だが皮肉なことに、“任侠”を否定するこの結末によって、この映画は任侠映画の存在理念をもぶち壊してしまったのである。組織内の仁義なき抗争劇とも言える本作の脚本を書いた笠原和夫は、本作からちょうど5年後に、まさにそのテーマを前面に出した「仁義なき戦い」を書き上げる事となる(ちなみに封切日は73年1月13日。「総長賭博」の封切日、1月14日と1日違いだったのも不思議な偶然である)。

 

 昭和残侠伝・唐獅子仁義

 製作:東映(東京撮影所) 
 封切日:1969.03.06 上映時間:89分  カラー/東映スコープ
 企画:俊藤浩滋、吉田 達 
 監督:マキノ雅弘 
 脚本:山本英明、松本 功 
 撮影:坪井 誠 
 音楽:菊池俊輔 
 出演者:高倉健、藤純子、池部良、待田京介、志村喬、河津清三郎

1965年に始まり、72年まで9本作られ、健サンの人気を決定づけた代表シリーズの5作目に当る。
このシリーズの魅力は、何と言っても当初は敵側、そして最後は健サン=花田秀次郎と肩を並べて殴り込みに同道する池部良=風間重吉、の存在だろう。
本作では、開巻早々に健サンと池部良との火花散る(本当に刀がぶつかると火花が飛んでいる)決闘シーンがあり、池部は決闘に敗れ、片腕を失う。その後月日は流れ、健サンはまたも敵の組にいる池部と再会する。なんと藤純子を妻にしているのだが、その藤が敵の弾に当って死に、最後はお約束の、健サンと池部の道行きとなる。
二枚目役者として売り、中年になってからは渋い貫禄を見せる池部良あってのシリーズだろう。東映専属俳優ではないからこそ出せる味とでも言うべきか。主題歌の「唐獅子牡丹」も大ヒットした。若い観客の反応が一番顕著だったのもこのシリーズで、公開当時のオールナイト上映では「健サン、待ってました」の声が飛び、場内には異様なほどの熱気が充満していたのを昨日のように思い出す。

 
(回想記)

任侠映画と一口に言っても、中村錦之助主演の「関の彌太ッペ」「沓掛時次郎・遊侠一匹」といった股旅時代劇(いずれも前述の「任侠映画傑作選」のベストテンにランクイン)から、深作欣二、佐藤純彌らが監督した現代暴力団もの(「日本暴力団」シリーズ等)に至るまで、幅広く多種多様な作品群がある。しかし我々コアな映画ファンがこだわる“任侠映画”とは、
明治・大正から昭和初期までの時代を舞台とした、“古き物がすたれ行く時代の波に抗い、義理と人情と侠(おとこ)気の世界に殉じゆく男たち(もしくは男まさりの女)を描いた作品群”なのである。上映作品を見れば一目瞭然、すべてこの条件に当てはまっている。監督も沢島忠、マキノ雅弘、加藤泰、山下耕作…と、時代劇の秀作を作って来た人たちばかりなのは偶然ではない。まさに最強のラインナップである。観客もその辺をよく分かっている人たちばかりと見え、観客と我々主催者側とが一体となった、幸福な時間を共有していたように思う。観客数もまずまず。我々が望む、自主上映の型がようやく見えて来た一夜であった。この盛り上がりは、PartUとなる来月にも持続して行く事となるのであった。

 
 DVD/ビデオソフト紹介

 

   

※次回プログラム 第12回 「東映一家渡世十年・PartU」