PART 1 (No.1〜20)

PART 2 (No.21〜40)へ 

 お待たせしました。「日本映画編」に引き続いて、「私の選んだ20世紀ベスト100・外国映画編」をお届けします。
 基準は日本映画とほぼ同じ、私にとっての、生涯忘れられない傑作映画を厳選し、製作年代順に並べてみました。・・・ただ、日本映画と異なり、外国映画の場合は製作されてからわが国に輸入され、公開されるまでにタイムラグがあり、初めて日本で公開され、リアルタイムで観た…としても作品によっては製作から数年(あるいは数十年)を経過している場合があります。キネマ旬報ベストテンなどでも、それらはその作品が初公開された年のベストテンにランクされており、年代順というなら、わが国公開年順とした方が、その年の映画状況がより正確になるのではないか…とも考えました(例えば、「チャップリンの独裁者」は「太陽がいっぱい」と同じ、昭和35年に公開され、その年のベストワンになっております)。しかし、最終的に、やはり、特にその作家の足跡を追う場合の妥当性を考え、製作年度順に並べることとしました。その代わり、参考記録として、わが国初公開年度を文末に付記することとしました。
 その他の条件として、日本映画の場合と同じく、極力ビデオでなく劇場で観た作品を中心に据え(従ってビデオのみ公開作品は除外)、そして時間が経っても風化せず、今観ても面白い作品であることを主眼に置きました。
 なお、日本映画編と同様、右側参考欄に、ベスト100から漏れたが、私の好きな作品名、それと小林信彦さん、双葉十三郎さんのベスト100を掲載しましたので、何かの参考にしてくだされば幸いです。
 それでは、ごゆっくりお楽しみください。

  

No ベ ス ト 作 品 ご 参 考

 「キッド」 ('21) 米/監督:チャールズ・チャップリン

1本目は何にしようか、いろいろ考えた。双葉さんのように、メリエスの「月世界旅行」も候補に挙げたが(結構楽しくて私は好き)、何分にも10分ほどの短編であるので除外。で、やっぱりチャップリンということに…。チャップリンはいわゆるドタバタ・コメディからスタートし、次第にペーソスや社会批判を盛り込んだ、優れたな映画を作るようになる。この作品は初めての長編であり、コメディでありながら泣かされ、感動させられた。これは学生時代、無声映画鑑賞会で、弁士のナマの活弁付きで観ている。
貧乏から、子供を捨てた親。捨てられた子をいきがかりから育てるハメになった浮浪者(チャップリン)。しかし育てるうちに、血の繋がりのない二人は本当の親子以上の強い愛で結ばれて行く…。笑いとギャグは健在だが、貧困の淵にあっても他人へのやさしさと思いやりを忘れない主人公の人間性に心打たれる。そしてキッドを演じたジャッキー・クーガン坊やの演技のうまさと可愛らしさも絶品。この物語のパターンは後のバンツマ主演「狐のくれた赤ん坊」や小津安二郎の「長屋紳士録」など、多くの作品にも影響を与えており、いわゆる“人情喜劇”の原典とも言えるのではないだろうか。そのパターンを早くもこんな時代に完成の域に達していたチャップリンは、まさに天才である。隣近所の人情味や他人への思いやりの心が薄れてしまった現代こそ、この映画に込められたメッセージをじっくり味わうべきである。なお、この作品の3年前に作られた30分の中篇「犬の生活」(18)も、浮浪者と可哀相な犬との心の交流を笑いとペーソスを織り交ぜて描いた、「キッド」の原型とも言える作品で、これもお薦め。(日本公開'21年)

双葉さんのベスト100
 (1)「月世界旅行」
   
('02 監督:ジョルジュ・
            メリエス)
 (2)「大列車強盗」
   
('03 監督:エドウィン・S・
            ポーター)
 (3)「國民の創生」
  
('15 監督:D・W・グリフィス)
 (4)「カリガリ博士」
  
('19 監督:ロベルト・ヴィーネ)
 (5)「キッド」 (左参照)


*サイレント映画も結構観ているが、この頃のはチャップリンやキートン、ローレル・ハーディなどのいわゆるスラップスティック(ドタバタ)コメディをたくさん観ている。その中の傑作をいくつか挙げておく。
ハロルド・ロイド主演「要心無用」(23)はクライマックスの時計塔のぶら下がりアクションが凄い。これはジャッキー・チェンが「プロジェクトA」でオマージュを捧げている。
バスター・キートンも凄い。体を張ったアクロバティックなギャグには驚かされた。「荒武者キートン」(23)「海底王キートン」(24)「セブン・チャンス」(25)などがお薦め。「キートンの探偵学入門」(24)では、なんとキートンが映画館のスクリーンの中に飛び込んでしまうのである。走る列車の直前を自動車で横切るという無謀なスタントもある。無論すべて本人が演じている。ジャッキー・チェンはこの人も尊敬しているようである。

 チャップリンの黄金狂時代」 ('25) 米/監督:チャールズ・チャップリン

そしてまたチャップリン。これを最初に観たのはまだ中学生の頃。劇場でリバイバル・ロードショーされた時に観ている。その時に活弁タッチのナレーションを担当したのがなんと!渥美清であった。これを観ている人は少ないのではないか(自慢(笑))。
最初に観た時には、とにかく楽しくてゲラゲラ笑ったが、大人になって観直したら、リアルな飢えの恐怖、人間の欲望の醜さが鋭く描かれている事に気が付き、ゾッとした。ひもじさのあまり、靴を茹でて食べるところ等、パントマイム芸のうまさに笑ってしまうが、後になって考えると笑いが引きつってしまう。これは、本当の飢えを知っている人間でなければ考えつかないギャグではないだろうか。ロールパンのダンスも楽しい。ラストの断崖の山小屋における笑いとスリルも凄い。何度見直しても楽しく、大笑いし、そしていろいろ考えさせてくれる、映画史上の大傑作である。(日本公開'25年)

双葉さんのベスト100
 (6)ドクトル・マブゼ
   ('22 監督:フリッツ・ラング
 (7)幌馬車
   
('23 監督:ジェームズ・
            クルーズ

 (8)結婚哲学
   ('24 監督:エルンスト・
            ルビッチ

 (9)「アイアン・ホース」
   ('24 監督:ジョン・フォード)

 (10)チャップリンの黄金狂時代」
   
(左参照)

小林さんのベスト100
  (1)チャップリンの黄金狂時代」
   
(左参照)


「ジークフリート」(24)。フリッツ・ラング監督。本来は「クリームヒルトの復讐」との2部作であるが、ビデオで観ることが出来たのは前篇に当る本作だけ。ドイツ表現主義的なシュールな美術が見どころ。

 「戦艦ポチョムキン」 ('25) ソ連/監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン

これはわが国では戦後もずっと公開されず、ようやく'67年になってATG(アート・シアター)で正式公開され、私は今は無きATG北野シネマで観ている。エイゼンシュテイン監督のいわゆる“モンタージュ理論”が開花した作品として知られるが、私は単にスリリングなスペクタクル・アクションのお手本として楽しめた。凄いのは有名な“オデッサの階段”のシークェンスで、銃を乱射する兵士達と逃げ惑う群衆とをカットバックで繋ぎ、そしてイメージショットや階段を落ちて行く乳母車等の映像を巧みにインサートした編集(モンタージュ)のうまさで、今ならさして特異でもないこうした編集テクニックをこの時代に最初に編み出したというのが凄い。そして今見てもこのシークェンスのスリルとダイナミズムは決して古臭くない。そして無名の素人役者ばかりを使った、ドキュメンタリー的なタッチも新鮮である。まだ古い洋画をそれほど観ていない時期に観た…というのも幸いしているのだろうが、とにかく私にとっては強烈な印象を残している、歴史的名作である。なお乳母車が階段を落ちるシーンはブライアン・デ・パルマが「アンタッチャブル」でまるごと再現し、これもニヤリとさせられた。…それにしても、もっと古い作品だと思っていたのだが、こうやって並べて見ると、チャップリンの「黄金狂時代」やバンツマの「雄呂血」と同じ年の作品だったのですね。(日本公開'67年)

双葉さんのベスト100
 (11)「ビッグ・パレード」
   ('25 監督:キング・ヴィダー
 (12)
戦艦ポチョムキン
       
(左参照)


*ヒッチコックはサイレント時代からサスペンス映画を手掛けている。「下宿人」(26)は最初のサスペンスの秀作。音が出ない為、怪しい人物が下宿の2階の部屋をウロウロ歩くのを階下の人たちが聞いている…というシーンを、床をガラス張りにし、下から仰角で撮るという方法で表現している。おなじみ本人のワンカット出演も既にやっている。ヒッチ・ファンなら必見である。

「メトロポリス」(27)。フリッツ・ラング監督のSF映画の古典。サイレント。金色のロボット・マリアは「スター・ウォーズ」のC−3POの原型か。後年、ジョルジョ・モローダーが音楽をつけたサウンド版が製作されたが、余計なお世話の気がする。音のないオリジナル版でも十分面白い。

 「キートン将軍」 ('26) 米/監督:バスター・キートン/クライド・ブルックマン

バスター・キートンも私の好きな俳優である。体を張ったアクションとシュールなギャグ(浮き輪が沈んで錨が浮く…という「蒸気船」の不思議なギャグもキートンなら納得(笑))には大笑いさせられた。この作品以外にも好きな作品はいっぱいあるが(1.「キッド」の欄外参照)、キリがないのでこの作品に代表させていただく。南北戦争を舞台とした、スケール大きな作品で、次々とつるべ撃ちに飛び出すギャグとスペクタクル・アクションの洪水に理屈抜きに楽しませてもらった(本物の列車が川に転落するアクションにはびっくりさせられる)。チャップリンと違って、“泣かせ”も“人情味”もない為評価は意外に低いが、キートンの乾いた笑いとシュールで不条理なギャグ、そして体力の限界に挑戦するかの如きスタント・アクションは、多分誰もマネできない独特の味である。ジャッキー・チェンがいろいろな作品でオマージュを捧げているのも分かる気がする。なおビデオでは「キートンの列車大追跡」「キートンの大列車強盗」など、いろんな題名で出ているので気をつけられたし。(日本公開'26年)

双葉さんのベスト100
 (13)「アッシャー家の末裔」
   ('28 監督:ジャン・エプスタン)
 (14)「ラヴ・パレイド」 ('29
    監督:エルンスト・ルビッチ


小林さんのベスト100

  (2)「キートン将軍」 (左参照)

「キートンの蒸気船」(28)ギャグの炸裂度ではキートン作品中最高ではないか。特に後半の暴風雨シーンではほとんどシュールなまでのギャグのオンパレード。壁がキートンの上に倒れるが窓の部分にいたので助かる…というギャグはこれもジャッキー・チェンが「プロジェクトA2」で拝借している。

*ルイス・ブニュエル監督の「アンダルシアの犬」(28)は悪夢のようなシーンだけが続く、いわゆるアバンギャルド作品。女の目玉をカミソリで裂くシーンはショック。しかし捨て難い味がある。

 「会議は踊る」 ('31) 独/監督:エリック・シャレル

ここから後はトーキー作品。ドイツ映画と言えば何となく硬いようなイメージがあるうえ、ストーリーだけ聞けば“ナポレオン失脚後の欧州の情勢に対処する1814年のウィーン会議”という史実がテーマであるというので、難しい作品では…と思ってしまうが、観たら誰もびっくり。なんとまあ楽しいシネ・オペレッタの快作である。ウィーン会議にやって来たロシア皇帝アレクサンダー1世(ヴィリー・フリッチュ)と、地元の手袋屋の娘(リリアン・ハーヴェイ)との恋模様を中心に、なんとかアレクサンダーを出席させまいと企む宰相メッテルニヒと、それを出し抜き替え玉(フリッチュ二役)を使って翻弄するアレクサンダーとの駆け引きが実に楽しいし、随所にトボけたコミカルな味わいがあってほのぼのとさせられる。そして極めつけは、アレクサンダーに招かれ、彼の別邸に馬車で向かう途中にリリアン・ハーヴェイが嬉しさのあまり「ただ一度だけ」を歌い出だすシークェンスで、ここはシネ・オペレッタとしての楽しさが爆発する映画史に名高い名シーン。ほとんどワンカットで馬車が進む間に、町行く人、兵士、そして動物たちまでが祝福しているかのようでとてもハッピーな気分にさせられる。本当に涙が出て来るくらい素敵なシーンで、ハーヴェイならずともいつまでも続いていて欲しいと願いたくなる。気分が落ち込んでいる時にも、このシーンを観れば絶対元気になれる、そんな素敵な作品である。(日本公開'34年)

双葉さんのベスト100: 
 (15)「西部戦線異状なし」
   ('30 監督:ルイス・
           マイルストン)
 (16)「モロッコ」
   
('30 監督:ジョセフ・V・
          スタンバーグ) 

 (17)「巴里の屋根の下」
   ('30 監督:ルネ・クレール)

 (18)「会議は踊る」
   
(左参照)

小林さんのベスト100
  (3)「ル・ミリオン」
   ('31 監督:ルネ・クレール)
  (4)
「会議は踊る」
   
(左参照)


「西部戦線異状なし」はトーキー最初の反戦映画の傑作。ラストシーンが忘れ難い。

「巴里の屋根の下」(30)、「巴里祭」(32)はいずれもルネ・クレール監督の秀作。ただ今から見るとちょっと古めかしい。「巴里の屋根の下」のラストの歌声が延々と流れるシーンは好きなのですがね。

 「街の灯」 ('31)  米/監督:チャールズ・チャップリン

またまたチャップリン。既にトーキー時代になっているにも係らず、チャップリンはこの後もしばらくはサイレント(実はサウンド版)にこだわり続ける。物語は、例によって浮浪者のチャップリンが、街角で花を売っている盲目の貧しい娘(ヴァージニア・チェリル)に恋をし、彼女の目を治す為に、金を稼ごうと奮闘する…というもので、自分も貧しいのに、可哀相な娘の為に献身的な愛情を注ぐ、「キッド」から後の「ライムライト」にまで繋がる“無垢の人間愛”に心が打たれる。効果音と音楽のみで、セリフをまったく喋らない(サイレント映画そのままに字幕がインサートされる)が、これはパントマイムから出発したチャップリンらしい反骨精神の表れでもあるのだろう。彼の努力で娘は手術を受けられることになるが、チャップリンは誤解から警察に捕まり、刑務所に入れられてしまう。そして月日が経ち、二人が再会するラストは、何度見ても泣けてしまう。素晴らしい愛の傑作である。
ラストシーンは最初、娘が若い青年と結ばれ、チャップリンがそれを遠くから見守り去って行く…というものが用意されていたらしい。ちょっと悲しすぎるが物語としてはこちらの方が収まりがいい。それが変わったのは、淀川長治さんによるとこのラストが先に作られていた「ステラ・ダラス」とそっくりだった事が分かったからだそうである。どっちがいいかというのは好みの問題になるだろうが、どちらのラストであっても、この作品が傑作になったのは間違いないだろう。(日本公開'34年)

双葉さんのベスト100
 (19)「街の灯」
   
(左参照)

 (20)「自由を我等に」
  ('31 監督:ルネ・クレール)

 (21)「暗黒街の顔役」
  ('32 監督:ハワード・ホークス)

 (22)「巴里祭」
  ('32 監督:ルネ・クレール)

 (23)「仮面の米国」
  ('32 監督:マーヴィン・ルロイ)
 (24)「グランド・ホテル」
  
('32 監督:エドムンド・
         グールディング)

小林さんのベスト100
  (5)「自由を我等に」
  (6)「今晩は愛して頂戴ナ」
  ('32 監督:ルーベン・
         マムリアン)

  (7)「巴里祭」
  (8)「御冗談でショ」
  ('32 監督:ノーマン・Z・
        マクロード)

  (9)「我輩はカモである」
  ('32 監督:レオ・マッケリー)

*チャップリンはあと、「サーカス」(28)もいい。ギャグ満載だがラストはちょっぴり哀愁味がある。

 「キング・コング」 ('33) 米/監督:メリアン・C・クーパー/アーネスト・B・シュドサック

いわゆる怪獣映画の古典。南方の島で発見した巨大猿を興行師(ロバート・アームストロング)がニューヨークに持ち帰り、見世物にするが、美女(フェイ・レイ)に見とれたコングが鎖を引きちぎり、美女をさらってエンパイア・ステート・ビルによじ登る…という物語で、当時としては画期的な特殊効果を駆使して大成功を収めた。私はこれを小学生の頃劇場で観ているが、コングが恐竜と壮絶な格闘を繰り広げたり、高い柵を怪力でぶち破って現れたりするシーンは後に見直しても鮮明に覚えていたくらいである(と言うより、当時は小便チビリそうなくらい怖かったのである(笑))。わが「ゴジラ」と並んで、子供心に強烈なインパクトを与えてくれた点で忘れられない作品である。ラストは飛行機からの機関銃に撃たれ、美女をそっと降ろしてビルから落下して行くコングの姿が悲壮感たっぷりに描かれ、大人になって見直してみれば、これは美女を愛した野獣の哀しいラブ・ストーリーにもなっていた事に気付いた。
とにかく特殊効果が凄い。人形を少しづつ動かし、1コマづつ撮影するという、いわゆる人形アニメーションの技術を使っているのだが、人間との合成が巧みで、今から見ればギクシャクした動きでも、当時の観客はいったいどうやって撮影したのかと驚いた事だろう。この特殊効果を担当したのは、ウィリス・オブライエンという特殊効果の名手。後世の特殊効果マンに与えた影響は計り知れない(後に「アルゴ探検隊の大冒険」はじめコマ撮りアニメ特撮のヒット作を連発したレイ・ハリーハウゼンはオブライエンの直弟子)。スピルバーグの「ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク」はこの作品にオマージュを捧げているのである。(日本公開'33年)

双葉さんのベスト100  
 (25)「四十二番街」
 
('33 監督:ロイド・ベーコン)
 (26)「或る夜の出来事」
 ('34 監督:フランク・キャプラ)

 (27)「商戦テナシチー」
 ('34 監督:ジュリアン・
        デュヴィヴィエ)
 (28)「たそがれの維納
(ウィーン)
 
('34 監督:ヴィリ・フォルスト)
 (29)「三十九夜」
 
('35 監督:アルフレッド・
         ヒッチコック)

 (30)「オペラ・ハット」
 ('36 監督:フランク・キャプラ)

小林さんのベスト100
 (10)「影なき男」 ('34 
 監督:W・S・ヴァン・ダイク)
 (11)「メリー・ウィドウ」
 
('34 監督:エルンスト・
          ルビッチ) 
 (12)「ターザンの復讐」
 ('34 監督:セドリック・
          ギボンズ)

 (13)「特急二十世紀」
 ('34 監督:ハワード・ホークス)
 (14)たそがれの維
(ウィーン)
  

*「キング・コング」の続編「コングの復讐」(33)はコングの息子が登場。同じスタッフなのに小粒な出来で、特撮はまあまあだが作品としては前作に遠く及ばない。

 「モダン・タイムス」 ('36) 米/監督:チャールズ・チャップリン

「街の灯」から5年後の作品。にもかかわらずチャップリンは未だにサイレント映画にこだわっていた。相変わらずの字幕入りサウンド版スタイル(ただし巨大テレビ・スクリーンで監視する資本家はちゃんと喋っている)。前半で特に凄いのは、通勤ラッシュで電車から吐き出されるサラリーマン群を羊の群れとダブらせたり、ベルトコンベアに乗せられた部品のネジを締め続けているうちに、頭がおかしくなって丸いものを見るとレンチで締めてしまう…というギャグ。最初は笑っていても、やがて背筋が寒くなって来る。これは後の高度成長時代、ストレスから神経症になる人間が増えているという、管理社会の弊害をズバリ予言しているわけで、日本で言えば昭和11年…この時代にすでにこんな映画を作っていた事に驚愕する。資本家がテレビ・モニターで監視しているシーンも、今見れば何という事もないが、当時はまだテレビもなかった頃。しかもそれを監視モニターとして利用するという発想をこの時代、既に思いついていたというのが凄い。チャップリンは本当に信じられない天才である。
ただこの後、精神病院を退院した後は、大した文明批判もなく、昔ながらのドタバタ・ギャグの連続になってしまうのがやや残念ではある(それでも夜中のデパートでのスケート・シーンは楽しいが)。ラストのカフェでチャップリンは初めてスクリーンで声を出して「ティティナ」を歌うが、この歌詞もまったくのデタラメ。よく見ると歌っている時の仕草がパントマイムになっているのが、いかにもチャップリンらしい。この作品を最後にチャップリンはサイレント映画スタイルを(同時に山高帽ドタ靴の放浪紳士スタイルも)捨てることとなる。これはそんなわけで、やがて消え行くサイレント映画への挽歌にもなっているのである。 (日本公開'38年)

双葉さんのベスト100
 (31)「我等の仲間」
 ('36 監督:ジュリアン・
         デュヴィヴィエ)

 (32)「孔雀夫人」 ('36 
  監督:ウィリアム・ワイラー)


小林さんのベスト100
 (15)「人生は四十二から」
 ('35 監督:レオ・マッケリー)
 (16)「トップ・ハット」 ('35 
  監督:マーク・サンドリッチ)
 (17)「女だけの都」 ('35 
  監督:ジャック・フェデール)


*フランク・キャプラ私の大好きな監督。「一日だけの淑女」(33)は貧しい母が娘に、金持ちと結婚していると嘘の手紙を出し、婚約者を連れてやって来た娘一行に、周囲の善意で一日だけ淑女に化ける話。賭博師のボスも含め善意の人間ばかり登場する人情コメディ。「或る夜の出来事」は長距離バスに乗り合わせたクラーク・ゲーブルとクローデット・コルベールの二人が喧嘩しながらもいつしか愛し合うまでを軽妙なタッチで描く。
「オペラ・ハットも大好きな作品。大金持ちの親類の遺産を相続する事になった、お人好しで金にもまったく執着しないディーズ(ゲーリー・クーパー)が最後に勝利するまでを描く。
映画だからこそ、現実にはあり得ない理想を貫いてもいいじゃないか…というキャプラの理想主義には賛否両論あるが、私は賛成したいですね。

 「望郷」  ('37) 仏/監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ

今さら言うまでもない、ジャン・ギャバン主演の名作中の名作。アルジェリア・カスバに潜伏しているペペ・ル・モコ(ジャン・ギャバン。これが原題)の、故国パリに対する望郷の念。そしてパリからやって来た美しい女ギャビー(ミレーユ・バラン)に惚れ、船に乗って帰るギャビーを見送る為、危険を冒してカスバを出てしまうペペの切ない想い。犯罪映画でありながらメロドラマの傑作にもなっている所が見事。迷路のようなカスバのエキゾチックな情景も印象的。ジュリアン・デュヴィヴィエ作品の中では一番好きである。ラスト、警察に捕まり、警部のお情けで見送りは許されたのに、「ギャビー!」と叫んだ声が汽笛にかき消されるシーンは伝説的に有名。演技、演出、カメラワークいずれも申し分なし。日本人好みのこの映画は、後に「カサブランカ」と並んで多くの日本映画に翻案・リスペクトされる事となる。舛田利雄監督は余程この作品が気に入っているようで、「赤い波止場」「紅の流れ星」「さらば掟」と自身で3度も翻案映画化。他にラストシーンだけなら東映の降旗康男監督「地獄の掟に明日はない」にも巧妙に取り入れられている。(日本公開'39年)

双葉さんのベスト100
 (33)「舞踏会の手帖」
 ('37 監督:ジュリアン・
         デュヴィヴィエ)

 (34)「望郷」   (左参照)

小林さんのベスト100
 (18)「新婚道中記」
 ('37 監督:レオ・マッケリー)

 (19)「明日は来らず」
 ('37 監督:レオ・マッケリー)
 (20)
「舞踏会の手帖」

 
*ヒッチコックの「暗殺者の家」(34)は初期の傑作。後の「知りすぎていた男」はこれの自身によるリメイク。同じくヒッチの「第3逃亡者」(37)は濡れ衣を着せられ、追われつつ真犯人を追う…というお得意のパターンによる最初の成功作。建物の外から舞台の奥のドラマーの眼のアップまでをカメラがワンカットで追った移動撮影が見どころ。
10

 「大いなる幻影」 ('37) 仏/監督:ジャン・ルノワール

第一次大戦を舞台にした、反戦映画の傑作。ジャン・ギャバンが主役のようになっているが、貴族の誇りを持つボアルデュ大尉(ピエール・フレネー)、裕福なユダヤ人中尉ローゼンタール(マルセル・ダリオ)、そしてドイツ軍収容所長ラウフェンシュタイン大尉(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)などの多彩な人物が絡む群像劇とでも言うべきである。面白いのは前半の、収容所内で地下に穴を掘って脱走計画を立てるエピソードで、後の第2次大戦のやはり収容所脱走もの「大脱走」(ジョン・スタージェス監督)と脱走方法・プロセスがよく似ている点である。第一次大戦でも既にそんな作戦があったのだとしたら興味深い話である。
そして脱走計画を実行に移す直前、別の収容所に移される事になり、せっかくの苦労が水の泡…になってしまう所がなんともシニカルでフランス映画らしい所。後半になるとドラマはぐっと盛り上がって行く。ここでは、やはり貴族出身である収容所長とボアルデュ大尉との、やがて没落する階級にある者同士の友情の深まりがじっくり描かれ、物語に厚みをもたらしている。多くの戦争ものと比べ、この作品が素晴らしいのは、敵のドイツ側を単なる悪役にしていない点で、こうした、お互いが分かりあえる人間同士でありながら、それでも戦争が起きてしまう人間の愚かしさ、戦いの空しさを描ききっている点にある(このテーマは、収容所を脱走した二人がドイツの人妻に匿われ、ギャバンがこの人妻にほのかな愛情を抱きつつも、やがて別れざるを得ないという展開によってさらに鮮明になる)。こういう、反戦を明確にテーマにした作品が、まだ第2次大戦が勃発していない'37年に既に作られていた事に素直に驚く。ローゼンタールがつぶやく「平和なんて幻影さ」(これが題名の意味)は逆に、“お互いが理解し合えば幻影ではなくなる”と映画は主張しているのかも知れない。わが国ではこの作品、第2次大戦の敗戦後まで公開されなかったというのも、作品内容からすれば当然であった。心に留めておきたい、不朽の名作である。(日本公開'49年)

双葉さんのベスト100
 (35)「大いなる幻影」 (左参照)


小林さんのベスト100
 (21)
「大いなる幻影」 (左参照)


ミュージカル・スター、フレッド・アステアも好きな俳優。戦前の作品にもいくつか面白いものがあるが、ほとんどはでビデオ鑑賞。どこかでちゃんと上映してくれないものか。
「空中レビュー時代」(33)は名コンビ、ジンジャー・ロジャースとの初共演作品。華麗な二人のダンスは惚れ惚れする。ラストの複葉機の上での集団レビューも圧巻。
「トップ・ハット」(35)。物語はどうってことはないけど、アステアとロジャースの踊りが最高!。アーヴィング・バーリンが作曲した「チーク・トゥ・チーク」他の名曲の数々に乗せて踊るシーンは至福の極致。この映画の名シーンはウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」や、最近ではフランク・ダラボン監督の「グリーン・マイル」にも挿入されているので、断片は見られた方も多いだろう。是非全編通しで観てください。
「有頂天時代」(36)。これも傑作。アステアがアル・ジョルスンばりに黒塗りメイクで踊るタップ・ダンスなんてもう最高。監督はなんと後に「シェーン」「ジャイアンツ」を作った名匠ジョージ・スティーヴンス。
「踊らん哉」(37)「気儘時代」(38)はちょっと記憶があいまい。見直す時間がないので題名だけ挙げておきます。ロジャースとのコンビは'39年の「カッスル夫妻」まで続くが、コンビ解消後はお互いパッとせず。アステアの復活はMGMに移り、アーサー・フリード・プロデュースによる戦後'48年の「イースター・パレード」まで待たねばならない。

11

 「白雪姫」 ('37)  米/監督:デヴィッド・ハンド

ウォルト・ディズニーによる初のカラー長編アニメ。この作品は小学生時代に学校鑑賞か何かで観ており、その鮮やかなカラーと七人の小人のキャラクターの楽しさに夢中になった。以後も何度かリバイバルの度に観ており、さらに子供が幼稚園の頃の再映でまた、今度は子供と一緒に鑑賞するなど、私にとっては個人的にも思い入れが深い作品である。これが世界最初のカラー長編アニメとは思えない程、動きは滑らかでギャグも楽しく、さらに「いつか王子様が」「ハイ、ホー」などの主題歌も素晴らしい出来で、何度観ても飽きない。まだこの時代(昭和12年ですよ!)、カラー技術も開発途上にあったはずで、にも係らず見事な色彩設計で、まったく古さを感じさせない。よく見直してみれば、ミュージカル、ファンタジー、ホラー(女王が変身した魔女が凄くコワい)、サスペンス(小人対魔女の追っかけ)、そしてラブ・ストーリー…と、あらゆるエンタティンメントの要素が詰まっているのにも感心する。古典でありながら永遠に新鮮な、アニメ史上に残る傑作である。(日本公開'50年)

*ベストに入れられなかったW・ディズニー作品をいくつか挙げておきます。無論全部カラー!作品。
「ピノキオ」(40)。これは誰でも知っているでしょう。主題歌「星に願いを」はあまりにも有名。もっと新しい時代だと思っていたのだが、なんと「白雪姫」に続く長編アニメの第2作だったのですね。しかしまったく古さを感じさせない、永遠の名作です。
「ダンボ」(41)長編アニメ第4作。大きな耳の小象ダンボが、最後高いポールの上から飛び降り、空を飛べるようになるクライマックスにはゾクゾクした。これも小学校の頃学校の団体鑑賞で観ている。
「バンビ」(42)。映像がとても美しい。手塚治虫はこれを劇場で封切期間中毎日、初回から最終回まで観続けていたという。恐らく手塚の「ジャングル大帝」の原型になったのではないか私も好きな作品です。
12

 「バルカン超特急」 ('38) 英/監督:アルフレッド・ヒッチコック

ヒッチコックも私の大好きな作家で、なにしろサイレント時代の「下宿人」以降のほぼ全作品のビデオを持っているくらいである(ただしまだ観ていないのが10本ほどあるが(笑))。取り上げたいのも多くあるが、1人に集中するのも好ましくないので泣く泣くいくつか割愛した(例えば「下宿人」「暗殺者の家」「第3逃亡者」なども入れたかった)。
本作は、列車を使ったミステリー映画のハシリで、列車の中である貴婦人が突然消え、失踪直前に彼女と親しくなったヒロイン・アイリスが彼女を探すが、乗客の誰も貴婦人を知らないと言うし、彼女が存在した痕跡さえなくなっている。貴婦人はアイリスの幻想だったのか…という謎解きサスペンスが展開する。イギリス映画らしい洒落たユーモアが随所にあり、後半に向かってスリルとアクションが怒涛の如く押し寄せ、息つく間もない。貴婦人が伝えたい暗号も洒落ており、この暗号をめぐってのオチも楽しい。いかにもイギリス的なミステリーの快作である。わが国では何故か戦後もずっと公開されていなかった。(日本公開'76年)

小林さんのベスト100
 (22)「バルカン超特急」
   
(左参照)


「民族の祭典」「美の祭典」(38)。'36年のベルリン・オリンピックの記録映画。レニ・リーフェンシュタール監督が、部分的にヤラセ、別撮りシーンなども取り入れ、さらに望遠レンズや移動撮影などの映像テクニックも駆使して、当時としては画期的な記録映画の傑作を完成させた。今観てもほとんど古さを感じさせない、イマジネーション豊かな映像に感心させられる。
13

 「風と共に去りぬ」 ('39) 米/監督:ヴィクター・フレミング

これも説明は不要だろう。戦後、何度もリバイバル公開され、その都度客を集めている、不朽の名作。私も数回劇場で観ているが、うち一度はなんと!70ミリ・ワイドスクリーン版であった。元はスタンダード・サイズなので、当然上下がカットされ、クラーク・ゲイブルの頭がチョン切れる等、観辛いことこの上ない。まあ迫力は確かにありましたがね。
とにかく、アメリカ映画の凄さがよく分かる、実に贅沢な作り。衣装も、戦闘シーンのエキストラの数もハンパじゃない。その上、(何度も言うが(笑))昭和14年に、もうこんなカラー映画が作られていたとは…。よく言われる話だが、戦前この映画を観たならアメリカと戦争してもとても勝てない―と思えてしまうだろう。しかしそういう点を差し引いても、これは素敵な作品である。マーガレット・ミッチェルの原作も素晴らしいが、これを完璧に映画化したプロデューサー(デヴィッド・O・セルズニック)も凄い。監督がジョージ・キューカーを始め5人も途中交代したそうだが、そんなトラブルを感じさせない程見事に仕上がっている。自我の強いスカーレットのキャラクターは、最初観た時にはあまり好きになれなかったのだが、何度も見直しているうちに、困難にぶち当っても、逆境を乗り越える意思の強さも人間にとっては必要ではないかと思えて来て、かえって“人が生きるとは何なのか”を考えさせてくれる作品となっている。側にいたら私にはとても付き合いきれませんがね(笑)。
まあ、人によってはいろいろ難点を言う人もいるだろうが、私にとっては映画というものの底知れぬパワーを感じさせてくれた、忘れられない名作である。(日本公開'52年)

双葉さんのベスト100
 (36)「風と共に去りぬ」
   
(左参照)


小林さんのベスト100
 (
23)「天国二人道中」
  ('39 監督:A・エドワード・
          サザーランド)

 (24)「大平原」 ('39 
  監督:セシル・B・デミル)

 (25)「ニノチカ」
  ('39 監督:
エルンスト・
           ルビッチ) 



*「風と共に−」のヴィクター・フレミング監督が同じ年に発表した「オズの魔法使い」(39)も好きな作品。ジュディ・ガーランドが可愛い。現実世界がモノクロで、夢の世界に入った途端に鮮やかなカラーになるのがハッとさせられる。とにかく楽しい。落ち込んでいる時元気になれる作品の1本として推奨したい。
14

 「駅馬車」 ('39)  米/監督:ジョン・フォード

これも文句なしの名作。アクション映画としても申し分ない出来で、クライマックスのインディアンの襲撃シーンは、そのカメラワーク、カット割り、スタントの凄さ(名手ヤキマ・カヌットが担当)、どれをとっても芸術の域にまで達している。アクションを芸術にまで昇華させた監督はこのジョン・フォードと黒澤明くらいではないだろうか。
アクション・シーンに目を奪われて見過ごしがちだが、ドラマ部分もよく出来ている。アリゾナからローズバーグへ向かう駅馬車に乗り合わせた8人の人物の、それぞれの人間模様も丹念に描かれ、秀逸。飲んだくれの医師(トーマス・ミッチェル・快演)、賭博師、公金持ち出し銀行家、兵士の夫を訪ねる若妻、町を追い出された商売女ダラス(クレア・トレバー)、そして敵討ちの為脱獄したリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)等の多彩な人物の、それぞれの運命を乗せて進む駅馬車はまた人生の縮図でもある。ダラスとリンゴの大人の恋の描写もうまい。ラストの決闘、どちらが勝ったか一瞬分からない演出も洒落ている。あらゆる面でその後のアクション映画のお手本となった、歴史的傑作である。(日本公開'40年)

双葉さんのベスト100
 (37)「駅馬車」  (左参照)

小林さんのベスト100
 (26)「コンドル」
  ('39 監督:ハワード・ホークス)



「嵐が丘」(39)。ウィリアム・ワイラー監督による、エミリー・ブロンテの名作の映画化。ローレンス・オリヴィエがヒースクリフを演じる。格調高い演出と名手グレッグ・トーランドによる陰影のある撮影が素晴らしい(アカデミー黒白撮影賞受賞)。ブロンテ原作の映画化作品としては最高作。

15

 「スミス都へ行く」 ('39)  米/監督:フランク・キャプラ

フランク・キャプラ監督の代表作。「オペラ・ハット」で既に理想主義をテーマに打ち出していたが、本作はさらにそれを押し進め、“政治家の理想像とはどうあるべきか”という難しい題材に挑戦し、そして見事な傑作に仕上げた。ちなみに「オペラ・ハット」の原題は"Mr. Deeds Goes to Town"であり、「スミス都へ行く」はその姉妹篇である事が題名からも分かるようになっている。
汚職の片棒をかついでいた上院議員が急死し、政界の黒幕たちは空席を埋めるため田舎でボーイスカウトのリーダーを務めていたスミス(ジェームス・スチュアート)を利用しようとする。だが正義感溢れるスミスはやがてダム建設にまつわる汚職問題を知り、これを正そうとするが逆に汚職の罪を着せられ窮地に立たされる。だが彼を愛し始めた秘書サンダース(ジーン・アーサー)に励まされ、民主主義の大義、理想を追い求める事の大切さを延々24時間も演説し続け、遂に彼の熱意に負けた黒幕一味の一人・ペイン議員(クロード・レインズ。「カサブランカ」のあの署長とはまるで別人のメイクで好演)がすべてを告白し、正義が勝つまでを感動的に描く。
悪徳議員がそう簡単に改心するものかとか、彼の周りに善意の人間が多過ぎるとかの批判も聞く。でもキャプラはそれも承知の上で、あくまで非現実的なおとぎ話としてこの映画を作ったのだろう(冒頭に「この物語はフィクションである」とわざわざ断り書きの字幕を入れている事からも明らか)。不正が満ち満ちている時代に、一人くらい理想を信じて戦う人間がいてもいいのではないか…。そうしたキャプラの信念がみなぎった演出の気迫に圧され、あり得ないと分かっていてもラストでは涙が溢れた。またこれは決して楽天的な正義万歳だけの作品でもない。ペイン議員がスミスに「私も30年前は理想主義者だった。しかし妥協しなければこの世界では生きて行けないのだ」と告白するシーンがあったり、黒幕の圧力でマスコミがスミス叩きの記事を書いたり、群衆がスミス退陣要求のデモを行ったりするシーンを挿入し、簡単に体制に順応するマスコミや大衆の怖さもちゃんと描いている。これは現代にもそのまま通じるテーマでもあり、そういう意味でも永遠に古びない傑作ではないだろうか。リンカーンの銅像に刻まれた独立宣言に深く感動するスミスの姿が印象的。(日本公開'41年)

双葉さんのベスト100
 (38)「スミス都へ行く」 
   
(左参照)

小林さんのベスト100
 (27)「スミス都へ行く」 
   
(左参照)

 

*この1939年は、アメリカ映画に映画史に残る傑作が輩出した年として記憶に留めたい。既出の「風と共に去りぬ」「オズの魔法使い」「駅馬車」「嵐が丘」「スミス都へ行く」等の他に、セシル・B・デミル監督の西部劇「大平原」(39)も挙げておきたい。西部まで鉄道を敷設する男たちの苦難を描く。バーバラ・スタンウィックが男勝りだが、女らしい一面も持つヒロインを好演。デミルらしい派手な特撮もあるが今から見るとややチャチ。なお冒頭のクレジット・タイトルが線路に沿って向こうへ流れて行くスタイルは、ジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」に取り入れた事でも有名。

*どうでもいいが、名脇役トーマス・ミッチェルが上記作品のうち「風と共に去りぬ」「駅馬車」「スミス都へ行く」にそれぞれ印象的な役柄で出演しているというのも面白い。'39年はミッチェルの当り年だったわけですね。

16

 「ファンタジア」 ('40)  米/監督:ベン・シャープスティン

ディズニーの実験的アニメの傑作。これも子供の頃観ている。…しかし、これは子供にはちょっと難しい。音楽はクラシックの名曲ばかり、映像もかなり抽象的なものもあったりで、唯一ミッキー・マウスが登場する「魔法使いの弟子」のみ記憶に残っていた。大人になって見直して、はじめて感動した。
ストコフスキー指揮のフィラデルフィア交響楽団が演奏するクラシックの曲に合わせて、曲のイメージにマッチしたアニメーション映像が流れるわけなのだが、これが見事に映像とシンフォニーがシンクロし、その素晴らしい光と音の洪水にしばし酔わされる。今観ても古いどころか、凄く新鮮である。何度も言うが、戦前にこれほど鮮やかなカラーと、豊かなイマジネーションに溢れたアニメーションが作られていた事に素直に感動する。ウォルト・ディズニーという人もやはり天才の一人であるのは間違いない。クラシック音楽好きの方は必見であるが、無論クラシックに興味のない方でも絶対楽しめる。使われている曲とアニメの内容は次の通り。
バッハ「トッカータとフーガ」(抽象模様の乱舞)
チャイコフスキー「くるみ割り人形」(キノコや妖精のダンス)
デュカス 「魔法使いの弟子」(ミッキーの魔法の失敗記)
ストラビンスキー「春の祭典」(恐竜が登場する太古の地球)
ベートーベン「交響曲第6番田園」(ギリシャの神々の踊り)
ポンキエルリ「時の踊り」(優雅なカバ、ゾウなどのバレエ)
ムソルグスキー「禿山の一夜」(魔王と幽霊)
シューベルト「アベ・マリア」(天使たちのコーラス)
(日本公開'55年)

小林さんのベスト100
 (28)「旅路の果て」
  ('39 監督:
ジュリアン・
         デュヴィヴィエ)




「レベッカ」(40)は、ヒッチコックがアメリカに渡って撮った最初の作品。ローレンス・オリビエとジョーン・フォンティン主演。格調高い恋愛映画として見てもよく出来ているが、フォンティンが姿のないレベッカの亡霊におびえる辺りの描写はさすがヒッチコック。コワい家政婦役を演じたジュディス・アンダーソンもうまい。アカデミー作品賞を獲得したがヒッチは監督賞を取れず仕舞。
*同じくヒッチコックの「海外特派員」(40)は、第2次大戦に突入しつつある時代の空気を巧妙に取り入れ、政治サスペンス映画としては一級品。次から次へと息もつかせぬ展開で、ヒッチの本領発揮。風車小屋のサスペンスなど、見どころも多い。もう少しでベスト入り。
17

 チャップリンの独裁者」 ('40) 米/監督:チャールズ・チャップリン

チャップリンはつくづく天才だと思う。1940年といえば、ヨーロッパで戦線が拡大しているとは言え、まだアメリカは参戦しておらず、また戦争の趨勢も定まっていない時。この微妙な時期にヒットラーを徹底的にからかった作品をよく作ったものである。ちなみに日本は同じ時期、日独伊三国同盟を結び、ヒットラーに手を貸していた…。優れた芸術家はまた、優れた預言者であるのかも知れない。
その皮肉り方もハンパではない。独裁者ヒンケルの演説シーンでは、ヒットラーの演説をそっくり真似て(どこの国の言葉でもないが、ドイツ語の特徴を巧妙に取り入れて)、さらにそれをオーバーにカリカチュアライズしてみせる。同盟国の独裁者ナパロニと並んで座った時は、互いに椅子の高さを競い合ってどんどん上昇して行く。ヒンケルが地球儀の風船と戯れるシーンはこの作品の白眉で、まさに“世界を弄ぶ”独裁者の狂気を痛烈に批判している。本来イギリス人であるチャップリンがユダヤ人の床屋に扮し、迫害されるユダヤ人になり切って、独裁者の横暴に泣くユダヤ人たちに“希望を持ちなさい”と訴えかける、その勇気にはつくづく感服させられる。そしてラストの、6分間にも及ぶ大演説。ヒンケルと間違われ、最初は仕方なくボソボソと話していたが、次第に熱を帯び、最後は絶叫するように戦争の愚かしさ、人間が人間らしく生きることの大切さを訴えて行くまでをワンカットで捕らえたシーンには声も出ない。ただただ圧倒される。これは演技ではなく、本気でチャップリンは怒っているのかも知れない。もうこの作品は、傑作を超えた“神が創った映画”の域にまで到達していると言っていいだろう。チャップリンの最高傑作であり、映画史上の最高作の一つでもある。わが国では戦後もずっと公開されず、製作後20年も経った'60年に至ってようやく公開されたが、それにもかかわらずこの作品はキネマ旬報を始めその年のベストテンの1位を総ナメした。いかに素晴らしい作品であったかがよく分かる。私はその初公開の年、多分学校の集団鑑賞で観ているが、子供心にも強烈なインパクトを感じた。どんな授業よりも勉強になる、こんな名作を学校は子供たちにどんどん見せるべきではないだろうか。(日本公開'60年)

小林さんのベスト100
 (29)「フィラデルフィア物語」
  ('40 監督:ジョージ・
         キューカー)
 (30)ヒズ・ガール・フライデー
 ('40 監督:ハワード・ホークス)
 (31)「桃色(ピンク)の店」
 ('40 監督:エルンスト・
          ルビッチ)
 (32)「哀愁」
 ('40 監督:マーヴィン・ルロイ)
 (33)ミュンヘンへの夜行列車」
 ('40 監督:キャロル・リード)

「怒りの葡萄」(40)。スタインベックの同名小説をジョン・フォードが監督。'30年代、凶作にあえぐ農民たちの視点から搾取する資本家側を糾弾するという骨太のテーマの力作。ヘンリー・フォンダが好演。ストのリーダーを殺した男を殴り殺したことからフォンダは逃亡の旅に出る。母(ジェーン・ダーウェル)との別れ際にフォンダが語るモノローグがとても感動的。アカデミー監督賞と助演女優賞(ジェーン・ダーウェル)を受賞。わが国では戦後も永らく公開されず、やっと'63年に初公開。それにしてもこういう作品を大作としてこしらえ、それにアカデミー賞を与えるアメリカという国の懐の広さには感心。
*もう1本ジョン・フォードの力作。「わが谷は緑なりき」(41)。19世紀のウェールズ地方を舞台に、炭鉱で働く貧しい家族に襲いかかる不幸と、それを撥ねのけたくましく生きる人たちをヒューマニズム豊かに描く感動の名作。子役のロディ・マクドウォールが可愛い。モーリン・オハラも美しい。これも監督賞をはじめアカデミー賞6部門を獲得。本当にこの頃のジョン・フォードもアメリカ映画も凄いですね。日本初公開は'51年で、この年のキネ旬ベスト3位。

18

 「市民ケーン」 ('41)  米/監督:オーソン・ウェルズ

いろんな歴代映画ベストテンで、必ず1位か上位に挙げられる、映画史上の傑作。これもわが国では長い間公開されず、なんと初公開後25年目の'66年、ATG系で公開された。私はその時見ている。
オーソン・ウェルズは、13歳で劇団を組織し、俳優兼演出家として活躍していたというから驚く。神童と言えるだろう。23歳の時にラジオ・ドラマ「火星人襲来」を臨時ニュース風に放送してアメリカ中をパニックに陥れた。そして26歳でこの「市民ケーン」を、製作・脚本(ハーマン・J・マンキウィッツと共同)・監督・主演兼任で完成させ、絶賛を浴びた。まったく大したものである。残念ながらこの作品で才能を使い果たしてしまったのか(笑)、以後の監督作に(それなりに見どころはあるが)いま一つインパクトを感じるものはない。
私が最初に観た時は、正直言ってよく分からなかった。「バラのつぼみ」というケーン臨終の言葉の謎を追いつつ、ケーンという人物を多面的に追っている事は分かったが、時間が前後しているせいもあって入り乱れた印象を受けた。「これはつまらないな」と思っていたのだが…。ラストに至って、カメラがあるものにズーッと寄って行き、遂にその正体が分かった時、私は思わず「アーッ」と声を上げていた。そうか、「バラのつぼみ」の正体はこれだったのか…。そう思った途端、これは凄く奥の深い作品である事にやっと気が付き、私はスクリーンが明るくなっても呆然としていたのだった(正体はここでは書きません。未見の方は映画を観て確かめてください)。
これ以降も、何度かこの映画を観たが、観る度に新しい発見がある映画である。「バラのつぼみ」の謎を解くミステリーとして観ても面白いし、ケーンという人物に、いろんな角度から光を当てる事によって、その複雑で謎を秘めた人物の人間像が明らかになって行く、人間探求ドキュメンタリーとしても見れるし、ケーンに対する評価がみんな異なる証言を羅列する事によって、証言する側の人間をも逆照射する「羅生門」的映画でもある。そしてパン・フォーカス技法による凝った画面構成や、カメラが窓を突き抜けてしまう特殊撮影の凄さに目を瞠ってもよい。どれも、あの時代によくそこまで思いついた…と感嘆せざるを得ない凄さである。とりわけ、「バラのつぼみ」の正体を知ってから見直すと、あり余る富と財産を得ても心が満たされる事なく、そして人生の終盤において初めて、富よりももっと大切なものを失っていたことに気付く、その人間の孤独と哀れさに心打たれる、これは優れた人間洞察ドラマの傑作であることが分かる。―そんなわけで、観る度に深みを増して来るこの作品、今では私の生涯のベストワンになっているのである。こんなとてつもない傑作を弱冠26歳で作ったオーソン・ウェルズは、本当に天才だった…と実感せざるを得ないのである。脱帽。(日本公開'66年)

双葉さんのベスト100
 (39)「わが谷は緑なりき」
 ('41 監督:ジョン・フォード)

 (40)「偽りの花園」 ('41 
  監督:ウィリアム・ワイラー)

小林さんのベスト100

 (34)「市民ケーン」 (左参照)
 (35)「レディ・イヴ」
  ('44 監督:プレストン・
         スタージェス)

*ヒッチコックの「断崖」(41)は、夫(ケーリー・グラント)が殺人犯ではないかという妄想に取り付かれた妻(ジョーン・フォンティン)の疑惑(これが原題)を描いた秀作。いかにも怪しい(?)グラントは本当に殺人者なのか…という展開がスリリングで見応えあり。ラストは実は原作とは180度違っている。わが国では戦後に公開され、'47年度のキネマ旬報ベストワンを獲得。
*この時代のヒッチコック作品をあと2本。「逃走迷路」(42)はおなじみ、無実の罪を着せられた主人公が真犯人を追うストーリー。戦争中という事もあり、反ナチ的な色合いが濃い作品だが、主役が馴染がないし展開もモタつき気味で出来はいま一つ。しかしラストの自由の女神像のぶら下がりサスペンスはさすがヒッチコック。戦争中にしては合成特撮はよく出来ている。
「疑惑の影」(42)は、叔父(ジョセフ・コットン)が殺人犯人ではないかと疑う少女(テレサ・ライト)の心理描写が秀逸。サスペンスの盛り上げ方はこの時代一番ではないか。前作と違い、戦争の影はまったくなし。何度見ても面白い。

ハンフリー・ボガート主演のハードボイルドの傑作「マルタの鷹」(41)も面白い。監督はジョン・ヒューストン。これがデビュー作とは思えない引き締まった演出を見せる。

「誰が為に鐘は鳴る」(43)。ヘミングウェイ原作。サム・ウッド監督。スペイン動乱に参加したアメリカ人のゲーリー・クーパーと、そこで会ったゲリラのジプシー娘イングリッド・バーグマンとの短く燃えた恋を描く。カラー作品だがやや色がどぎつい。バーグマンが美しい。ラストの別れは泣けます。

19

 「カサブランカ」 ('42)  米/監督:マイケル・カーティス

これも文句なし。仏領モロッコの首都カサブランカを舞台にした、メロドラマの傑作。パリで突然愛した女に去られ、傷心のままカサブランカに流れ着いてクラブを経営するリック(ハンフリー・ボガート)の前に、その女イルザ(イングリッド・バーグマン)が現れるが、彼女は反ナチ運動のリーダー、ラズロ(ポール・ヘンリード)の妻となっていた…。二人の間に愛が甦るが、リックは彼女の幸せの為にイルザとラズロを国外へ逃がしてやる…。ラストの二人の別れのシーンは本当に映画史上の名シーンである。「僕たちにはパリの思い出があるじゃないか」…「君の瞳に乾杯」…セリフも実に粋である。バーグマンの気品、ボガートの男のダンディズム…何度観てもウットリし、そしてホロリと泣けてしまう。脇役もみんなうまい。ピアノ弾きのサム役、ドゥーリー・ウィルソンもいいし、そして風見鶏のように見えて最後はオイシイ所をさらう警察署長役、クロード・レインズが特にお見事。
こうやって年代順に並べてみると分かるが、これは'42年、日米開戦の翌年に作られている。つまりフランスがドイツに占領されているという設定はまさにリアルタイムなわけである。だからナチス・ドイツに対抗し、ラ・マルセイエーズを高らかに歌うシーンは、当時の観客(特にフランス人)にとっては我々が想像する以上に感動的であったのかも知れない。(日本公開'46年)

双葉さんのベスト100
 (41)「疑惑の影」
 ('42 監督:アルフレッド・
        ヒッチコック)

 (42)「ヘンリイ五世」
 ('44 監督:ローレンス・
        オリヴィエ)

小林さんのベスト100

 (36)「カサブランカ」 (左参照)
 (37)「運命の饗宴」
  ('42 監督:
ジュリアン・
         デュヴィヴィエ)
 (38)「モロッコへの道」
  ('42 監督:
デヴィッド・
          バトラー)


「毒薬と老嬢」(44)。フランク・キャプラ監督としては珍しいブラック・コメディの快作。身寄りのない老人を片っ端から毒殺する事が本人の為と思い込んでいる頭のおかしい老婦人の周りで起きるドタバタ。ケーリー・グラント、ピーター・ローレ、レイモンド・マッセイと役者も揃っている。元は舞台劇だが、脚色を担当したのが「カサブランカ」のジュリアス・J・エプスタインとフィリップ・G・エプスタインのコンビであるというのも面白い。
20

 「天井桟敷の人々」 ('45)  仏/監督:マルセル・カルネ

前後篇二部に別れた、3時間15分もある大作。これがナチス・ドイツの占領時代=1943年から2年間もかけて製作された作品であるというから驚く。しかも戦意高揚的部分もなく、ただ多彩な登場人物たちが織り成す恋愛模様をゆったりとした時間の流れの中で描いているだけである。“占領されていても、これだけ堂々とした芸術を作る余裕も力もあるんだぞ”と主張しているわけで、前項の「カサブランカ」の中で、ドイツ軍兵士達が歌う「ラインの護り」に対抗してフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌いだす、あの心意気に通じるものがある。わが国だったら戦争中にこういう恋愛映画など絶対に作らせなかっただろうと思うと、フランスという国の心の豊かさ、芸術を愛する勇気に敬意を表したいと思う。
映画は、そういう背景を度外視しても素晴らしい出来である。俳優たちがみんないい。絶妙のパントマイム演技で魅せるジャン・ルイ・バロー、落ち着いた風格を見せるギャランス役のアルレッティ、洒脱な味のフレデリック役ピエール・ブラッスール、悪役ながら存在感のあるラスネール役マルセル・エラン…その他の人もみんないい。格調高い舞台劇を見ているようである。そう言えば開巻、一部と二部の繋ぎ、ラストにそれぞれカーテンが上下するのも舞台劇的である。淀川長治さんはこの作品を、「恋愛絵巻の部分が歌舞伎と似ている」と表現している。そう言えば大向こうをうならせる役者たちの演技合戦はいかにも歌舞伎的である。わが国でこれを井上梅次監督が大映で「女と三悪人」の題で翻案映画化した理由もそんなところにあるのかも知れない。とにかくフランス演劇の香りが充満した、見応えたっぷりの傑作である。(日本公開'52年)

双葉さんのベスト100
 (43)「逢びき」
 ('45 監督:デヴィッド・リーン)

 (44)「陽気な幽霊」
 ('45 監督:デヴィッド・リーン)

 (45)「天国と地獄」
 ('45 監督:ブルース

      ハンバーストーン)

 (46)「天井桟敷の人々」
   
(左参照)

小林さんのベスト100
 (39)「乙女の星」
  ('45 監督:クロード・
       オータン・ララ)

*ヒッチコックの「救命艇」(44)は狭いボートの中だけで展開する、一種の密室劇。ヒッチがどこに登場するかは見てのお楽しみ。ただし劇場未公開。
*もう一つヒッチコック作品。「白い恐怖」(45)は、ニューロティック・サスペンスと呼ばれる精神分析や潜在意識がテーマの異色作。縞模様を見ると発作を起す主人公がグレゴリー・ペック。彼を愛するヒロインがイングリッド・バーグマン。サルバドール・ダリが協力した幻想シーンが面白い。

     

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