力道山   (韓国=日本:ソン・ヘソン 監督)


Rikidouzan 力道山と言えば、50歳以上の日本人にとっては未だに忘れられない、当時の国民的ヒーローであった。

 「ALWAYS 三丁目の夕日」にも、この映画にも出て来るが、テレビがようやく普及し始めた頃、テレビのプロレス中継に大多数の日本人は狂喜乱舞、歓喜雀躍したものだった。テレビが爆発的に売れる原因となったのも、プロレスのお陰とも言われている(当時の資料によると、視聴率は50%を超え!力道山が倒れるまで毎年視聴率ランクのトップを独占していた)。

 実は私もこのプロレス中継はリアルタイムで見ている。忘れもしない金曜日の夜8時。日本テレビ系列。提供は三菱電機。何故か、ウォルト・ディズニー本人が進行役を勤める「ディズニーランド劇場」と1週間交代で放映されていた(おかげでディズニー・アニメのファンにもなってしまった(笑))。

 なぜプロレスがそれほど日本人の心を掴んだのか…それは、敗戦で落ち込んでいた時代に、シャープ兄弟など、アメリカから呼んだレスラーを伝家の宝刀、空手チョップでコテンパンにやっつけてくれたからである。

 あの戦争で完膚なきまでに痛めつけられたアメリカをやっつける・・・その事がどれだけ多くの国民を勇気付けたことか。これは敗戦へのリベンジでもあったわけである。

 だから、木村政彦などの日本人対決ではあまり燃えなかった。外国人をやっつける事に究極の意味があったのである。シャープ兄弟の後、鉄人ルー・テーズ、オルテガ、キングコング(というレスラーがいたのです(笑))、ボボ・ブラジル、そして咬み付きブラッシー…ことごとく倒してくれた。もうその燃え具合は尋常ではなかった。今のワールドカップもWBCも遥かに越える、ほとんど神がかり的なほどの人気者・ヒーローだった。

 愛国心云々と言われるが、まさにアメリカを打ちのめす力道山こそは日本人の愛国心を鼓舞し、日本人に“頑張ればアメリカにだって勝てる”という勇気と自尊心とパワーを与え、ある意味では当時の我が国高度経済成長(=世界進出)の心の支えにもなっていたとさえ思えるのである。

 

 ノスタルジーに浸り過ぎたので(笑)映画の話に戻るが、その日本人の心の拠り所であった力道山が朝鮮人だった…という事実は最近までずっと隠されていた。いや、あえて純粋の日本人である・・・と経歴が意図的に捏造されていたのである。当時の資料が手元にあるが、そこにははっきり、「本名百田光浩。長崎県の農業百田巳之助の三男として生まれる」とある。

 そりゃそうだろう。日本人が日本人である事を誇りにした、その心の拠り所が、当時はバカにし、差別していた朝鮮人だと分かったら大変な事になるからである。ヒーロー伝説が根底から揺らいでしまう。せっかく勇気を取り戻した日本人の心がまた萎んでしまうかも知れない。特に、多くの子供たちの夢を壊すことにもなる…これは絶対に封印すべき秘密だったのである。
 当時の子供たちも熟年になり、朝鮮人への差別意識もかなり薄まり、韓国映画が日本映画界を席捲するほどの実力を持つようになった21世紀だからこそ、ようやくその封印が解かれた・・・という事なのだろう(でもやっぱり私にもショックだった)。

 そして映画は、その国民的ヒーローの、裏側の顔も明らかにしている。

 なにせ、すぐブチ切れる(笑)。暴力を振るう。もうほとんど「血と骨」の金俊平(ビートたけし)状態(笑)。無論その背景には、国籍の為差別され、苛められてきた鬱屈があるのだろうが…。

 後半は、後援者だった管野(藤竜也)、や粗暴な振る舞いにもじっと耐えて温かく見守ってきた妻・綾にも反抗するようになり、やがて管野からも妻からも愛想をつかされる。

 それは、次第に国民的ヒーローになって行くに連れ、負ける事が許されない、そのプレッシャー(映画でも、妻に乞われ負けるつもりだったのに、声援する子供の姿を見たらつい敵レスラーをブチのめしてしまうシーンがある)や、さらには国籍を伏せ、日本人である事を演じ続け、自己のアイデンティティを偽り続ける事にたまらない自己嫌悪を感じていたせいなのかも知れない。

 その苦悩は、常人には計り知れないものがあっただろう。それが些細な事でもキれてしまう要因にもなっていたのかも知れない。

 その結果が、ヤクザとのケンカ―刺され、そして結果として彼の命を失う事に繋がったと考えると、実に皮肉である。

 私は当時、なんで力道山がヤクザに刺されたりしたのだろう…と不思議で仕方がなかったのだが、映画を観てその理由が判った。そりゃ、あれだけ誰にでもキれてたらヤクザも本能的に刃物向けるわな(刺した方が被害者だったりする(笑))。

 その意味では、力道山に心酔していた人たちにとっては、この映画で明かされた真実は2重のショックだろう。ああ、神様の尊厳がどんどん失墜して行く(笑)。

 私はと言えば、一時はショックだったが、映画を観終えて、素直に感動した。そこには、神様ではない、苛立ち、苦悩しつつも、不器用に時代と戦い、夢を追い続けた一人の人間の生きざまが見事に描かれていたからである。

 試合のシーンの迫力も凄い。体重を28kgも増やしたソル・ギョングの吹き替えなしのプロレス・シーンには当時を思い出し、胸が熱くなり、涙が溢れた。ヒーローの闘う熱い姿は、国籍など関係ないのである。

 「朝鮮人である限りは、笑いたくても笑えない。成功した時に初めて笑えるのだ」という力道山の言葉も重い。

 それを思うと、あのラストシーンも感慨深い。綾と神社に行き、写真屋に「笑って」と言われ、必死に笑おうとするが笑えない。その顔がストップモーションになった時、又涙が溢れた。

 綾に扮した中谷美紀が素晴らしい。「嫌われ松子−」とは別人の、いつも穏やかな笑みを絶やさず、愛した男をじっと支え続ける女を好演。藤竜也も相変わらずいい。ソル・ギョングの日本語は、一部たどたどしい所もあるがほとんど完璧。見事に役になり切っている。CGも使った時代考証も、日本人から見ても日本映画以上に忠実に再現されている。

 これは、韓国だからこそ作れた、伝説のヒーローの真の人間像を描き切った秀作である。日本人だからこそ、力道山ファンなら尚のこと是非観て欲しいと思う。       (