嫌われ松子の一生   (東宝:中島 哲也 監督)


 この作品、観た人の評価は絶賛不評が合い半ば。確かに、原作からは想像も出来ない、ポップでカラフルな映像にコミカルで、かつミュージカル仕立てになっているのだから。

 あの快作「下妻物語」の中島監督作品であるから、並みの作りではないとは予想しても、ここまでとは誰も思わないだろう。題名からイメージするに、多分「鬼龍院花子の生涯」のような作品と思った人もいた…のじゃないかな(そこまで期待しないって(笑))。

 しかし、私は面白かった。楽しんだ。見事な快作であった。
 何故面白かったか―。作品評とは離れるかも知れないが、その理由を以下に述べることとする。

 この主人公の生涯は悲劇的である。とても悲しい。
 しかし、悲しい話を悲しいまま、ストレートに描いても、それは面白くない。監督もそう考えたのだろう。

 そこで中島監督が考え出した手法―― それは、悲劇の物語に、それとは正反対のテクニック=笑いとポップな味付け…を掛け合わせ、そこから生ずる不思議な効果を映画のエネルギーに転換したのである。…違う種類の薬品を混合することでまったく新しい成分を生み出す“科学反応”のようなものである(特に、父親に愛されたいあまりにクセのようになってしまった、寄り目に口を尖らせる、所謂“ひょっとこ顔”は、普通の監督ならまず思いつかないぶっ飛んだアイデアである。―無論、原作には出て来ない)。

 一つ例を挙げよう。
 山田洋次監督の大ヒット・シリーズ、「男はつらいよ」。これはコメディの傑作であるが、実は悲しい物語なのである。

 中学生の時に親と大喧嘩して家を飛び出し、あてもなく日本中を放浪し、ヤクザな稼業を生業とし、生活は最低レベル、短気で喧嘩っぱやく、周囲にトラブルを撒き散らす嫌われ者、そのうえ顔は不細工、いろんな女性に惚れてはいつもフられて惨めな思いをする。そしてテレビ版のラストでは、南の島でハブに噛まれて野たれ死にしてしまうのである。

 まるで川尻松子の生涯とそっくりである。上のような梗概だけを読んだら、とても悲しく惨めな話と思ってしまうだろう。

 それを山田監督は大笑いするコメディに仕立て、これが多くの人の共感を呼んで国民映画にまでなってしまった。これもまた“科学反応”の成功例である。

 もう一つ、同じ山田洋次監督の、あまり知られていない傑作に「吹けば飛ぶよな男だが」(68)というのがある。

 しがないチンピラ、サブ(なべおさみ)が主人公。カツあげや美人局などでなんとかシノいでいる惨めな人生。家出少女の花子(緑魔子)を売り飛ばそうとするが、いつか惚れてしまう。しかしサブはつまらない喧嘩で刑務所に入り、その間に花子は流産の出血で誰にも看取られずに死んでしまう。出所したサブはそれを知って号泣する…。

 なんとも暗く悲しい話である。しかし山田監督はこれを、脇に有島一郎、ミヤコ蝶々、犬塚弘、佐藤蛾次郎(実質デビュー作)などの達者なコメディアンを配して喜劇に仕立て、なおかつ全体の進行とナレーションをなんと、活動弁士に扮した小沢昭一に語らせる…という大胆な手法を使った。街中をサブを探してあてどなく彷徨う花子の姿に小沢が、「泣け、花子、サブの為に泣け〜っ」と活弁口調で絶叫するのだから、悲しいのに笑いがこみ上げる。ここにも山田流の相反する要素を混ぜ合わせる科学反応を見ることが出来る。

 私はこの作品を観ている間中は笑っていたが、ラストでは号泣していた。山田作品中では最も好きな作品であり、隠れた秀作として山田洋次映画の裏ベストテン(!?)の1位に推したい作品である(ちなみに私の選ぶ山田洋次裏ベスト5は、以下「馬鹿が戦車でやって来る」「運が良けりゃ」「喜劇・一発大必勝」「九ちゃんのでっかい夢」となる。うーん、アマノジャクだなぁ(笑))。

 山田洋次監督は以前、次のようなことを語っていた(記憶が曖昧になっているので多少違っているかも知れない)。

 「哀しい話を悲しく、暗く描く事は簡単である。しかし哀しい話を笑いの中で描くのはとても難しい

 そうした作品をずっと作って来て、評論家からも観客からも絶賛されて来たのだからまったく凄い事である。まさに天才のなせるワザである。

 もう一つの例を挙げよう。
 黒澤明監督の、映画史上に残る傑作「七人の侍」(54)。重厚かつダイナミックな名作だが、この中に一人、場違いなキャラクターがいる。三船敏郎扮する菊千代である。おどけ、フザけ、笑わせるコメディ・リリーフ的な役柄である。…だが、登場人物の中で一番悲惨で哀しい人生を歩んで来たのもこの男なのである。黒澤監督は脚本を練る中で、どうしてもジョーカー役が必要だと考え、本来は久蔵役(宮口精二が演じた凄腕の侍)だった三船を急遽こちらに回したそうだ。

 これもまた、哀しい話を笑わせつつ描いた、“化学反応”の例である。重厚かつダイナミックな時代劇を撮る監督は、稲垣浩、伊藤大輔、内田吐夢、三隅研次…等々数あれど、こういうキャラクターを生み出した監督は黒澤だけである。天才は常人には及びもつかない発想をするのである。

 しかも映画の中盤、村の子供たちの前で講釈を垂れる菊千代は、オマンマが食べられなくなったら…という例として、目を寄せ口を尖らす“ひょっとこ顔”をして見せるのである。

 なんたる偶然か。いや、ひょっとしたら中島監督は松子のキャラクターを創造して行く中で、この菊千代をヒントにしたのかも知れない。その可能性は十分にある。
 脱線ついでにもう一つ、これも若き天才監督、山中貞雄の「丹下左膳餘話・百萬両の壷」において、それまではニヒルで陰惨、グロテスクなキャラクターだった左膳を、なんと世話女房に頭が上がらない、マイホーム教育パパにして作品全体をコメディにしてしまったのである。原作者の林不忘がこの改変にツムジを曲げたので題名に“餘話”を入れることになったということである。これもまた見事な科学反応の例。

 ええい、さらに追加。鈴木清順監督の「東京流れ者」(66)は、本来は日活の単なるB級アクションであったのが、なんとまあ、ポップでカラフルで、なおかつミュージカルという楽しい怪作に仕上がっていた。「嫌われ松子−」で中島監督が目指した方向と一緒ではないか。

 

 長々と書いて来たのは、これらの監督はいずれも天才と呼んでもいい人たちばかりで、しかもどの作品も、哀しい話や虚無的なヒーローの話を、思いっきりはじけた笑いやポップな装いを網羅して、結果的に主人公の悲しみをより強調させつつ、観客を楽しませようとする素敵な作品に仕上げ、しかも多くは映画史に輝く名作となっているのである。

 中島監督による本作が、天才の仕事であり、後世に残る傑作になるかどうか…は定かではない。

 しかし、哀しい話を、凝りに凝った絵作りや、さまざまな化学反応を駆使していかに観客を楽しませつつ描くか…という点においては先人たちと同じ方向を目指しているのは間違いないと思う。

 その方向性に私は共感し感銘を受けた。

 終盤にかけて、誰も信じられなくなった松子が、久しぶりに訪ねてきた友人、沢村めぐみ(黒沢あすか)を最初は追い出し、名刺も捨ててしまうが、やがて夜中に飛び出し、必死の思いで名刺を探すシーンにはジーンと来た。

 人を信じ、もう一度人生をやり直そうと思ったのかも知れない。
 その矢先のあっけない死。

 人間の一生とは、そういうものかも知れない。諸行無常である。

 そして、最後に、彼女をずっと愛し、待ち続けていた妹の所に松子(の魂?)は帰る。

 「ただいま」   「おかえり」  ・・・・・

 心がふっと温かくなる、素敵なエンディングである。

 

松子が、昭和22年生まれ…というのも私のツボである(同世代である)。

さまざまな昭和の想い出、万博、オイルショック、「平成」を掲げるオブチ官房長官。・・・

さりげなく描かれた、そうしたシーンにも是非目を配っていただきたい。傑作である。     (