迷い婚−すべての迷える女性たちへ   (米:ロブ・ライナー 監督)

 

 この映画、ほとんど宣伝もされず、ひっそりと公開されているようだが、
 しかしお立合い、これは古くからの映画ファンであるなら是非観て欲しい、楽しい映画なのである。

 特に次の3本の映画のうち、好きな作品が2本以上ある方なら必見、3本とも大好きな方なら、これは絶対に見逃してはいけない

@「卒業」       (68年/マイク・ニコルズ監督)
A「カサブランカ」  (42年/マイケル・カーティス監督)
B「恋人たちの予感」(89年/ロブ・ライナー監督)

 何よりも、「卒業」が映画の下敷きになっており、これを観ていなければ話にならない。昔観て忘れかけている方はまずビデオで見直しておかれた方がよろしい。

 

 では、本論に入ります。

 物語:恋人のジェフ(マーク・ラファロ)との結婚になんとなく迷っている30歳のヒロイン、サラ(ジェニファー・アニストン)は、妹の結婚式のため故郷パサデナに戻り、そこで祖母のキャサリン(シャーリー・マクレーン)から、亡くなったサラの母が、結婚式の数日前に若い男と駆け落ちした事実を聞かされる。そこからサラは、自分の母と祖母が、あの「卒業」のモデルであるという事を知り、ダスティン・ホフマンが演じたベンのモデル、今はIT事業の成功者となっているボー・バロース(ケヴィン・コスナー)がひょっとしたら自分の父ではないかと疑い、ボーを尋ねる旅に出る…。

 という具合に、これは映画「卒業」完全にベースになっている。そのうえ、「卒業」のワンシーン、ミセス・ロビンソン(アン・バンクロフト)がベンを誘惑する有名な場面も登場するし、途中にはサイモンとガーファンクルの名曲「ミセス・ロビンソン」が流れて来る。
もう、これらのシーンだけでも映画ファンならニヤリとすること請け合いである。

 しかし、あのチンチクリンで顔もハンサムではないベン(映画ではの話だが)の30年後の姿が熟年になってもカッコいいケヴィン・コスナーとはねぇ(笑)。おまけにITの成功者なんて…。
 でも良く考えたら、これは「卒業」の続編ではなく、モデルとなった人たちのその後なのだから映画とは全然体型が違ってても構わないのである。

 で、物語は後半、意外な展開となる。(注:ここからは本作を楽しみたい方の為に伏せ字にしておきます。読みたい方はドラッグして反転させてください)

 ボーに会ったサラは、そのカッコいいおじサマの魅力に参り、なんとまあ寝てしまうのである。・・・ちょっと待て〜。するとボーは祖母と母と娘と3代にわたって関係を持ったことになる。親娘と寝るのを“親子どんぶり”と言うが、こんなのは何と言えばいい?
 まあなんやらかんやらあって、結局サラの父はボーではなかった事が判り(あやうく近親相姦になるとこだった)、ジェフともヨリが戻ってハッピーエンドとなる。
 ラストでヨリを戻したジェフがサラに言うセリフがまた傑作。「一つ条件がある。      僕たちの娘をボーに会わせないこと」
 つまり、4世代にわたってボーと寝るような事がないように(笑)…という事なのだが、いくらなんでもねぇ。
 いや、待てよ、「卒業」で描かれてた頃はボーは22〜3歳、という事は現在のボーは53歳くらいだろう。とすると彼らの娘が年頃になった時はボーは70歳前後という事になる。
 クリント・イーストウッドの例もある。70歳ならまだ行ける(笑)。ジェフの心配もまんざらではないだろう。

 

 で、お楽しみはまだまだある。

 この映画の監督、ロブ・ライナーのヒット作に「恋人たちの予感」があるが、実はこの映画、本作とも密接に繋がっている。

 「恋人たち−」も、“なかなか結婚に踏み切れない恋人たち”という、本作と似たテーマを持っているが、それだけでなく、両作において、映画「カサブランカ」が重要な役割を果たしているのである。

 「恋人たち−」をご覧になった方ならお分かりだろうが、あの作品の中で、二人がそれぞれの部屋でテレビで「カサブランカ」を見て、電話でこの映画についてやり取りするシーンがある。
 何でもないようだが、二人の関係はほとんど友情に近いものがあり、そう考えると、「カサブランカ」のラストでリックが署長に言う名セリフ「これが美しい友情の始まりだな」が実はこの作品のテーマではないかと思い当たるのである(ファンサイトでもそういう意見が多かった)。

 で、「迷い婚」のラストでボーがサラとの別れ際、こう言う。「これが美しい友情の始まりかな」。サラがそれを受けて、「それってあの映画のセリフでしょ?」。

 あの映画とは無論アレである(笑)。ここでニンマリできれば間違いなく映画通。

  「カサブランカ」ネタはまだある。「迷い婚」のパーティのシーンで、バックに流れているのが、「カサブランカ」の有名な主題歌「時のゆくまま」"As Time Goes By" 
 その時、ボーが着ていた真っ白なタキシードは、あの映画でH・ボガート扮するリックが着ていたものとソックリなのである。もう私はニンマリしっぱなし。映画ファン冥利に尽きますね(笑)。

 もっと行こう。これは多分知らない人も多いだろうが、「恋人たち−」の冒頭とラストに、"It Had To Be You" というスタンダードの名曲を使用しているのだが、
 この曲、実は「カサブランカ」で、初めて“リックのカフェ・アメリカン”が登場するシーンで、ピアノ弾きのサムが歌っている曲なのである。「カサブランカ」が大好きな人なら頭に入っている曲である。

 つまりは、どちらのロブ・ライナー作品とも、「カサブランカ」をブリッジにした、言ってみれば姉妹編みたいな位置にあると言えるだろう。映画ファンであるほど楽しめる、ライナーらしい仕掛けである。

 音楽に関しては、マクレーン扮する祖母とボーが数年ぶりに対面するシーン、ここで流れるのがセルジォ・レオーネ監督「続・夕陽のガンマン」のテーマ曲(エンニオ・モリコーネ作曲)。火花散る対決シーンにふさわしい。これも楽しい。

 ちなみに原題は"Rumor Has It..." 「によると…」という意味である。そのうえエンド・クレジットでは「この映画は、噂に基づいたフィクションです」という断り書も出て来る。
 つまりは、作者が仕掛けた盛大なホラ話なのである。

 題名に関してなら、「恋人たち−」の原題は "When Harry Met Sally..." なんと、どちらにも末尾に "..." がついている。 これも両作が姉妹編である符号なのかもしれない。

 そんなわけで、これはお話そのものも楽しめる小品であるが、映画ファンなら、あちこちに仕掛けられた映画ネタにニンマリ出来る、1粒で2度おいしい作品なのである。見逃すなかれ。    (