運命じゃない人   (内田 けんじ 監督)

 

Photo 少し古い作品だが、劇場公開時に見逃していたもので、本日やっとビデオで観た。

 この作品は、新人内田けんじ監督の、メジャーとしては第1回作品となるもので(自主製作作品に、「Weekend Blues」がある)、公開されるや、2005年カンヌ国際映画祭批評家週間フランス作家協会賞をはじめ、4部門を受賞し、国内においても、各種ベストテンに入選したほか、報知映画賞監督賞、キネマ旬報、毎日映画コンクールでそれぞれ脚本賞を受賞するなど、高い評価を得た。

 そんなわけで、以前から観るのを楽しみにしていた作品である。

 観終わって、うまいと思った。5人の主要登場人物が、一晩のうちにいろいろな形で出遭い、物語を構成して行くのだが、それぞれの時間軸、空間軸を微妙にずらした脚本がとても良く出来ている。そして随所に張り巡らされた伏線の巧みさ

 「ファイヤーウォール」評にも書いたが、伏線がうまく生かされるほど、映画は面白くなるのである。
 おそらく、昨年の日本映画の中でも脚本の出来の良さでは随一だろう。脚本賞の受賞も当然である。この脚本をノミネートすらしなかった日本○カデミー賞のいいかげんさには呆れるばかり。

 それぞれのキャラクターも面白い。純朴で人を疑うことを知らないサラリーマンの宮田(中村靖日)、宮田の友人で、反対に社会の裏の汚さも知り尽くしている探偵の神田(山中聡)、ヤクザの組長浅井(山下規介)、婚約者に裏切られ、行く所もない真紀(霧島れいか)、そして、どこか怪しい元宮田の恋人あゆみ(板谷由夏)。

 と、一応人物紹介はしておくが、出来ればこれ以上の情報は仕入れないで、白紙の状態で観ることをおススめする。そして、物語が進むうち、登場人物の行動がどこかヘンだな…と思ったら、そのことを頭に入れておいて欲しい。やがてはその理由が判ってハタと膝を打つことになるだろう。とにかく寸分の隙もない、見事な脚本である。

 この映画は、1回だけに留まらず、是非2回以上観るべきである。そうすれば、1回目で見逃していた伏線の巧みさ、何気ないワンシーンの意味がさらに理解出来、なお映画の面白さが分かってくることだろう。そういう意味では、DVDをレンタルして観る方がより楽しめるという事になる。実際私もDVDで2回観た(笑)。

 *以下ネタバレとなります。映画を観た方だけ、下の部分をドラッグして反転させてください。

 映画は全体を4章に分けて、それぞれ「真紀の章(プロローグ)」「宮田の章」「神田の章」「浅井の章」としてその人物の目線で進行するのだが、章が進むごとに実は時間が逆行して行く。「メメント」を思わせる手法である。ユニークなのは、それぞれの時間軸が重なる都度に、前の物語に隠されていた謎が次第に明らかになって行く。4重奏のフーガみたいなもので、物語が重なり合う都度、よりそれぞれの人物像に深みが増して行く構成の見事さにはうなりたくなる。内田監督は、脚本作りに1年をかけたそうで、それだけの値打ちはあるといえよう。2度目に観て、レストランで2人のヤクザが画面の前を横切っていたり、宮田が真紀の電話番号をゲットして万歳をした時、その脇を浅井の車が通過していたのを発見した。ウーム、実に小憎らしい演出ではないか。お見事!

 隠し味としては、冒頭、宮田に、女との密会場所として部屋を貸せ−と言う上司が出て来るが、映画ファンなら即座にビリー・ワイルダーの傑作都会コメディ「アパートの鍵貸します」を連想するだろう。そう、そのシャレたライトなコメディ感覚、思えばビリー・ワイルダー作品の味わいとも似ているのである。気の弱い宮田のキャラクターも、あの作品のジャック・レモンとそっくり。同じワイルダーの「昼下がりの情事」には私立探偵も登場するし…。内田監督、どうやらビリー・ワイルダーのファンとお見受けした。

 日本映画はダサい、暗い…とよく言われて来た。しかしこの映画を観れば、日本映画にもライトで、ポップで、シャレてる洋画的な感覚の、面白い映画が登場するようになって来たことを実感できるだろう。内田監督の次回作にも期待大である。注目しよう。      (