同じ月を見ている    (東映:深作 健太 監督)

 私と同姓の土田世紀の原作コミック(文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞)を、「バトルロワイアルU」で父・深作欣二の後を継いで監督デビューした深作健太の演出により映画化。これが監督1本立ちとしては最初の作品となる。飛び降り事件を起こした窪塚洋介の復帰第1作としても注目された。脚本を担当したのが、窪塚主演の「LANDORY]を監督した森淳一。「LANDORY」は好きな作品だし、深作健太も将来を期待している監督の一人。当然期待して観に行ったのだが…。
 テーマとしては面白そうである。ピュアな心を持ち、他人の犠牲になる事を厭わないドン(エディソン・チャン)、ドンに屈折した嫉妬心を燃やし、医師を志す鉄矢(窪塚)、そんな二人から愛される、心臓病を患う少女エミ(黒木メイサ)。三人が織り成す愛と友情、憎悪。鉄矢はドンの生きざまにうたれて心のやさしさを取り戻せるのか。エミの心臓病を治す事は出来るのか…。これは感動の秀作になるかも知れないと思った。
 ところが、話はどうも変な方向に転がりだす。ドンの行動がどうにも理解出来ない。主人公である(少なくとも映画では)鉄矢にどうしても感情移入出来ない。ラストも分かり辛い。部分的にはいいシーンもあるのだが、不必要にバイオレンス・シーンが多く、映画全体を見渡すとバランスに欠けているのである。脚本が悪いのかと最初は思ったのだが、後で「シナリオ」誌12月号に掲載された森淳一によるシナリオを読んで驚いた。「LANDORY」に通ずる、優しさに満ちたいいシナリオである。それが、全体的に大幅に書き換えられ、ほとんど原型を留めていない。伏線や状況説明部分もばっさりカットされている。バイオレンス部分も元シナリオには少ない。同誌に載った森氏のコメントを読むと、文章は穏やかだが、ライターの目指した方向とは違うものにされてしまった事にやや不満のようである。当然だろう。元のシナリオより良くなるのであれば、監督がどうシナリオをいじろうと構わないとは思うが、これでは改悪である。バイオレンスが増えたのは、親父のDNAのせいかと冗談ではなく思ってしまう。ラストは無理やり感動シーンを用意しているので、そこだけ観ておれば泣けないこともないが、私は終始違和感を消す事が出来ず、泣けなかった。森淳一が監督したなら、もっとマシになったのではないだろうか。残念な出来である。
 まあ決して駄作ではない。また経験の浅い新人監督がいきなり秀作を作れるケースも稀である。よく健闘した方だろう。しかし深作欣二なき後、健太監督にはもっと大きな期待がかかっている事を肝に銘じて欲しいと思う。敢えて辛い採点にしておくこととする。なお、内容の問題点や、元シナリオとの相違点等についてはネタバレ・コーナーに詳述したので、映画をご覧になった方のみここをクリックしてください(下にスクロールしても可)。 
    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下は映画をご覧になった方のみお読みください。

 映画を観てまず疑問に思ったのは、ドンはなぜ刑務所を脱獄したのかという点。エミからの手紙で鉄矢との結婚を知り、お祝いの絵を届ける為とか言われているが、そんな事で脱獄という犯罪を犯すだろうか。刑務所の中で絵を描いて届けてもらえば済む事ではないのか。そもそも単なる失火で7年以上も服役するものだろうか。指名手配されているはずなのに素顔で街を歩いてて大丈夫なのか。警察は本気で捜してるのだろうか。…と、腑に落ちない点ばかり。―「シナリオ」誌掲載の元シナリオでは、ドンは刑期を終えて農園で働いていることになっている。なるほど、この方がずっといい。脱獄に改変したばかりに話がかなりおかしくなってしまっている。
 ドンがヤクザの金子(山本太郎)と知り合う過程も映画ではちょっと不自然。絵を届ける途中なのに、フラフラ金子の後をついてヤクザ事務所に入り込む余裕なんてないと思う。―これも元シナリオとは全く異なる。二人はボッタクリバーで出会うのである。重傷を負ったドンを金子が整形外科に担ぎ込む理由も、鉄矢がそこにドンがいる事を知った理由も、元シナリオではちゃんと説明されていて納得出来る。
 一番映画で不満だったのは、ドンが心臓を提供する子供を連続放火魔にした点。しかも子供が心臓病である事は火事の現場で初めて知るのだが、それではドンの心臓を提供する同意は誰が行ったのかという事になる。なんでこんな改変を行ったのか。―元シナリオでは、子供の心臓が悪い事をドンが知ったのは早い段階であり、ドンと子供の交流もあり、その後ドナーカードをドンが手にするシーンもシナリオに書かれている。また子供は放火犯ではなく、自宅で遊んでて火事になってしまうわけで、それなら観客もこの子供が助かって欲しいと思うようになるはずである。放火犯のワルガキなど、誰が同情するだろうか。
 結局、物語のテーマであったはずの、エミの心臓病も、鉄矢の外科医になる夢も、ラストではどこかに飛んで行ってしまって(心臓病のはずなのに山火事の中を走り回ってはいけないでしょう)、唐突に登場した放火犯の子供の命を助ける話に入れ替わってしまっては、感動どころの話ではない。そういう意味では、元シナリオもラストが甘いが、映画はさらに悪くなっている。つくづく、膨大な原作を再構成して見事な映画作品に仕立て上げる才人、橋本忍のような名シナリオ・ライターの不在が悔やまれる。