オペレッタ狸御殿  松竹:鈴木 清順 監督)

 狸御殿と言えば、戦前から作られ、映画全盛期頃まで少なからず作られていた娯楽映画の定番である。美男美女スターが主役で、歌あり踊りありのミュージカル・ファンタジー・コメディとでも言えるもので、まさに古き良き時代を象徴するのんびりした娯楽映画であった。しかしあまりのノー天気でバカバカしい作りに、観客動員が激減しだした頃からはバッタリ作られなくなった。今では、大人は無論のこと、子供ですらバカにして観ないジャンルの作品である。それを復活させたのは、映画全盛期の頃から、狸御殿ものを撮りたいと念願していたというカルト映画の鬼才、鈴木清順監督である。確かに、ケバケバしい、舞台劇のような様式的な美術、歌舞伎的な演技・演出と、清順作品とどこか通じる雰囲気は確かにある。清順ファンである私にとっては、観てみたいという反面、今の時代に果たして観客の理解が得られるのか…と、不安が先立っていた。

 まず、美男美女という点では、オダギリ・ジョーとチャン・ツィイーという、まず今の時点ではこれ以外に考えられない美男、美女でこの点はクリアである。そして、狸が人間に化けて人間と恋を語る…という大筋は昔のままだが、ストーリーには大幅な改造が加えられた。主人公雨千代(オダギリ)は、その美貌ゆえに、自分が世界で一番美しいと思っている父親・安土桃山(平幹二郎)に城を追われ、さまよううちに中国から来た狸の姫と出会う…という展開で、これは明らかに「白雪姫」のパロディである。題名通り、全編オペレッタで、それも今風にラップまで!取り入れるあたりはさすがに工夫している。そして演出は、低予算を逆手に取って、書き割り風の舞台装置をバックに、まるで小劇場のミュージカル舞台劇をそのまま撮ったようなチープ感で統一されており、さらには、水墨画の絵の中にCGで人物を合成する等、いかにも清順監督らしいケレンと様式美演出に満ちている。

 では、面白かったかと言うと、うーん、部分部分では面白い映像はあるのだが、トータルとして見ればまとまりに欠けた中途半端さしか感じられない。ラストに登場する、デジタルCGで表現された美空ひばりの映像などは、実験としては面白いが、映画全体が舞台劇風セットの中で進行するので、そこだけ浮いている。いっそ全編CG合成にして、背景もセットもすべてCGにしてしまえばかなり面白かったのではないか。印象に残っているのが、かのCGひばりに、水墨画と人物のCG合成シーンくらいなのだから、なおさらである(もっとも、それでは製作費が足らないだろうが)。

 まあひと言で言えば、お話はごく他愛なく、設定は無邪気、人気の美男美女スターが歌い、踊るシネ・オペレッタ、そして大物スター(ひばり)のゲスト出演…と、映画しか娯楽がなかった昔の映画全盛期には、確かにこんな娯楽映画がいっぱい作られていた。それでも娯楽に飢えていた当時の観客は十分満足していた。だから、あの時代に作られたならそれなりに楽しめただろうが、今の時代には合わない。

 80歳を超えても、なお新作を撮ろうとするチャレンジ精神には敬意を表したいし、清順さんらしいケレン味演出は相変わらず健在なのだが、時代の方が変わってしまった…という事なのである。そういう意味では、時代が変わろうと、昔のままにマイペースで自分の映画を作っている清順監督の存在は、ある意味貴重ですらある。清順映画を愛して来たファンの一人としては、複雑な気分にならざるを得ないのだが…。