樹の海 JYUKAI  (ハピネット・ピクチャーズ他:瀧本 智行 監督)

 最近の日本映画には珍しい、重厚な味わいの人間ドラマの秀作。これがデビュー作となる瀧本監督は、降旗康男や佐々部清監督の下で助監督修行を積んだそうで、近年そういう下積みを経験して昇格する監督がほとんどいなくなったが、出来の方もさすがそうしたキャリアを経ただけの事はあると思わせる落ち着きと風格が、新人と思えぬ程滲み出ている。
 自殺の名所として有名な、富士の裾野の樹海。そこを舞台に、映画はさまざまな人たちの絶望と自死、そして生きる勇気に関する4つのエピソードを描く。公金を使い込んだ挙句暴力団のリンチを受け、樹海に捨てられた男(萩原聖人)が必死に生き延びるさま、自殺しようと樹海に入ったものの怖くなって救いを求める女、自殺の真相を探る探偵(塩見三省)と、その女に係ったサラリーマン(津田寛治)との会話を通して語られる人間模様、自殺に失敗した女(井川遥)の淡々とした日常・・・等。樹海ロケが効果的。うまいと思ったのは、それぞれのエピソードが独立しているのではなく、登場人物たちが互いにすれ違ったり、他のエピソードの途中に割り込んだりと、ドラマとしての緊張感が途切れないようにストーリーを巧みに組み立てている点で、全体として一種のグランド・ホテル形式ドラマになっているのである。脚本が素晴らしい。
 どのエピソードも、人間観察が隅々まで行き届いている。中でも、エピソード2、サラ金の取立屋の男(池内博之)が、借金が返せず自殺しようとした女を追い、携帯電話で会話を続けているうちに、男が次第に女を愛おしく感じるようになって行くプロセスがいい。携帯電話が命を繋ぐ絆となり、ほとんど一人芝居で奮闘する池内が熱演。エピソード3の、探偵とサラリーマンの、居酒屋における会話シークェンスもいい。サラリーマンならグッと来る素敵なシーンである。津田が歌う懐かしのフォーク・ソング「遠い世界に」(五つの赤い風船のヒット曲)にはとりわけジンと来た。映画館を出てつい口ずさんだほどである(笑)。
 考えれば、樹海もまた植物と言う生命が太古より大自然の中で生き続けている世界である。広大な自然の広がりの中で、つまらぬ事で命を捨てようとする人間とはなんと愚かしくも哀しい存在であることか。これは、人間の存在と生命の大切さについて真摯に問いかけ、生きよ…と語りかけてくれる、魂のドラマである。今年の日本映画を代表するかも知れない、重要な1本である。観るべし。   

(参考)劇場公開情報は次のサイトで → http://www.bitters.co.jp/kinoumi/theater/index.html