お父さんのバックドロップ  (シネカノン:李 闘士男 監督)

 軽妙なエッセイや、長編小説「ガダラの豚」で知られる、中島らもの原作小説の映画化。ミニシアターのレイトショーで観たのだが、これは見事な快作である! 楽しくて、微笑ましくて、そして最後に素晴らしい感動が待っている。これぞ、誰が観ても泣けて感動できる、エンタティンメントの王道である。大衆娯楽映画としては、本年屈指の力作である。おススメ。
 主人公は2流プロレス団体に所属する中年プロレスラー、下田牛之助(宇梶剛士)。彼には10歳になる息子・一雄(神木隆之介)がいるが、年中巡業で、妻が死んだ時にも帰ってやれなかった為、一雄からは嫌われている。興行が思わしくない所属団体の危機を救う為、髪を金髪に染め、ヒール(悪役)に転向した父の姿を見て、一雄はプロレスも父もますます嫌いになる。そんな一雄の反抗心を見た牛之助は、息子の信頼を取り戻す為、折から来日した極真カラテのチャンピオン、ロベルト・カーマン(エヴェルトン・テイシェイラ)に無謀な挑戦状を叩きつける。年齢的にも、体力的にも、とても勝ち目のない相手にコテンパンに痛めつけられながらも、それでも牛之助は必死で戦いを挑む。その姿を見た一雄は、初めて父を応援する気になり、会場に向う。そして、映画は感動のクライマックスを迎える…。
 物語としては、昔からよくあるパターンで、「チャンプ」や、「ロッキー」や、ロバート・アルドリッチの快作「カリフォルニア・ドールス」あたりを立ちどころに思い起こすことが出来る。そして何より、“ショボくれたチームが、明らかに劣勢な状況の中で、最後の最後で大逆転勝利する”―という、私の大好きな、正しい娯楽映画の王道パターンをきちんと踏んでいる点がいい。しかもそこに愛らしくけなげな子供を絡ませ、泣かせる要素をうまく取り入れている。これが娯楽映画のツボである。本作はさらに、舞台を関西に持ってきて、松竹新喜劇ばりの、下町の人情噺の味わいも含ませている。私は主人公たちの行きつけの焼肉屋で、母を手伝い甲斐甲斐しく働く、一雄と同い年の少年(阪本順治監督「ぼくんち」でも好演の田中優貴)を見て、はるき悦己のマンガ「じゃりんこチエ」を思い出した(この少年の役名が、テツであるのは偶然か(笑))。
 この映画が泣けるのは、そうした要素をバックに、仕事一筋に打ち込んで家庭を顧みなかった中年男が、勝ち目のない戦いに果敢に挑み、その姿を愛する息子に見せる事によって、父親としての威厳を回復して行く、そのひたむきな姿に心打たれるからである。子供を持つ中年世代にとっては、これはまさに身につまされる話である。打たれても、血みどろになっても、その度に立ち上がって来る牛之助の姿に、リング席の観客の間から“牛之助”コールが巻き起こって来る。これは感動的である。映画の観客である我々も、つい立ち上がり応援したくなるくらい胸打たれ、そして涙が溢れて来るのである。無論私も泣いた。ポロポロ泣けた。パターンだと分かっていても、これは泣ける。そして、我々も、家族のために頑張らなければ…と思うのである。仕事に疲れた人、親子の対話に悩む父親は、是非この映画を観て欲しい。きっと元気になれるはずである。
 牛之助を演じた宇梶剛士が、映画初出演とは思えない快演を見せる。一本気で、人情家で、体力の衰えを隠せない年代になっても、プロレスに一途に打ち込む中年男の哀愁を体で表現している。そして息子を演じた神木隆之介クンが素晴らしい。天才である。これほど観客の心を掴む子役が登場したのは何年ぶりだろう。大事に育って欲しい。これが監督第1作となる新人、
李闘士男、お見事。今後の活躍も期待したい。なお、脚本を書いたのは「血と骨」などの売れっ子、鄭義信。個人的には本年度脚本賞を与えたい。
 原作者の中島らもが、散髪屋の役でカメオ出演している。惜しくも突然の事故で急逝したが、亡くなる前にこの映画を観て、とても感動したとの事であり、何よりである。冥福を祈りたい。
 それにしても残念なのは、これほど感動出来る力作(掲示板でも感動の声が多い)が、何故ミニシアターで、細々と公開されなければならないのか。これは全国規模で、是非多くの人に観せるべきである。こうした作品がヒットし、多くの観客を呼ぶようになってこそ、日本映画は面白くなるはずである。