血と骨  (松竹:崔 洋一 監督)

 梁石日のベストセラーを、同じ原作者の「月はどっちに出ている」の監督・崔洋一、脚本・鄭義信のコンビで映画化した問題作。前作もキネ旬はじめベストワンを総ナメしたが、本作もそれに勝るとも劣らない、本年屈指の力作である。
 原作は膨大で、全部描いたら6時間くらいになってしまうだろう。崔監督と脚本の鄭義信は、それを削りに削り、20回も脚本を書き直してようやく2時間の映画として完成させた。特に前半の、主人公・金俊平の青春時代はバッサリカットされており、映画はいきなり俊平が終戦後、大阪に帰って来る所から始まる。その為、原作を読んでいないとちょっと判りづらい所もあるが、まあこの程度はやむを得ないだろう。できれば、「インファナル・アフェア」のように次回、青春編を映画化して欲しいものである。
 さて、映画の方は、すさまじいばかりの俊平(ビートたけし)の暴れっぷり、強欲ぶり、それを眺めつつも夫婦、親子の絆を断ち切れない妻(鈴木京香)、息子(新井浩文)、娘(田畑智子)、そして愛人(濱田マリ。好演)たちの葛藤、憎悪のほどばしりをダイナミックに描く。俊平の行動はまさに常軌を逸しているとしか言いようがない。妻を強姦まがいに犯す、周囲の人間たちには暴力を振るう、キレると家の家財も壊しまくる、金を返さない者にも暴力で威嚇し、自殺に追いやる…。とんでもない男である。まさに怪物である。しかし反面、脳腫瘍で寝たきりの愛人にはかいがいしく世話をする。なんとも不思議な男でもある。ある意味、自分の思いや欲望をそのまま行動に出してしまう、自分に正直な人間なのかも知れない(そう考えれば、深作欣二監督の傑作「仁義の墓場」の主人公、石川力夫の人間像にもどこか似ているようである。力夫もまた、己に正直なままに生き急ぎ、死に急いだ怪物であった)。
 人間とは何なのか、人間の欲望とは、生きざまとは…、この怪物を生み出したものは何なのか…。さまざまな思いにかられ、映画が終わっても考え込んでしまう。人間―― この不可解な生き物よ。ビートたけし熱演。他の役者もみんないい。惜しむらくは長男(原作者がモデル)の存在感がいま一つであった事。新井浩文は個性的な若手役者だが、やや力量不足だったように思う(脚本の書き込み不足のせいかも知れないが)。彼のキャラクターがもっと膨らんでおれば、更なる傑作になったかも知れない。そこだけマイナスであった。