スチームボーイ   (東宝:大友 克洋 監督)

 「AKIRA」の大友克洋原作・脚本・監督による、壮大なスケールの冒険活劇。製作に9年もかかったという労作で、確かに細部に至るまで精密に描き込まれた背景画や、モブシーンにおける多数の人物の動きも滑らかで、時間をかけだけの値打ちはある。“科学の高度な発達は人類に幸福をもたらすのか、それとも災いを招くのか”といういつもながらの大友克洋らしいテーマもあり、ラストもお馴染み(?)の破壊カタルシスもあるが、これまでの大友作品の常である、やや難解で込み入った展開は影を潜め、子供でも分かり易い、ストレートな少年ヒーロー冒険活劇になっているのには感心した。ただ、これまでの世紀末的なアナーキーさとペシミズムに裏打ちされた独特の作品世界に魅力を感じていた古くからの大友ファンはちょっとがっかりしているようだ。―まあそれはファンの勝手な思い込みで、面白い映画を作ってくれれば私は構わないと思う。例えば、「静かなる決闘」、「羅生門」、「白痴」、「生きる」…と、苦悩する人間の心の葛藤を描いたり、やや分かりにくい作品(?)を作って来た黒澤明監督が、突然「七人の侍」や「隠し砦の三悪人」などの西部劇風の純粋娯楽活劇を作るようになったからと言って、これを非難するのはおかしいのと同じ理屈である。分かり易いエンタティンメントも作り、またたまには個性的な作品も作る…という振幅を繰り返してもいいと思う。それらもひっくるめて、1本ごとにその振幅を楽しむ余裕も映画ファンには必要ではないかと思う。
 さて、誉めるのは以上として、以下は問題点を…。
 観ていて、ある事に気がついた。この作品には、宮崎駿アニメからかなりいただいている部分があるのではないか。―具体的には、宮崎作品の「天空の城ラピュタ」と舞台背景、ストーリー展開がそっくりなのである。無論、部分的に過去のいろんな作品の要素を少しづつ取り入れる…程度ならまったく構わない。宮崎駿だってスピルバーグだってそういう事はやっているからである。―しかし大友克洋ともあろう天才的作家が、ここまでまるごと取り入れるのはいかがなものかと思う。
 もう少し具体的に書くと…。舞台は産業革命後のイギリス、世界を握る事が出来るようなある秘密(飛行石=スチームボール)をめぐって、コートを着た怪しげな男たちが、秘密を入手した少年(パズー=レイ)を追いかけ機関車による大追跡あり、飛行船の登場あり、後半は(ラピュタ=スチーム城)を舞台に、激しい戦闘、城のメカニズムを掌握した男(ムスカ=エディ)が城を自在にあやつり、なんと城が空に浮かぶ!。最後は一大カタストロフ。城は崩れ、男は城と運命を共にし、少年はヒロインを抱いて空を飛び、無事逃れる事が出来て終わり…。
 概要だけでもそっくりだが、さらに細部に至っては、同じくイギリスが舞台で、蒸気動力による陸上走行車丸窓のある小型潜水艇が登場し、ロンドン警視庁警官が攻め込む、沖に浮かぶ軍艦が艦砲射撃する…と、これらはみんな宮崎駿が監督した「名探偵ホームズ」の1編「海底の財宝」に登場するシーンとそっくりである。レイの蒸気マシンによる飛行シーンも宮崎っぽいし…。ここまで類似点が多いと、とても偶然とは思えない。アニメファンなら誰でも気が付く点である事を考えると、ある意味確信犯的にやっているのだろうか。しかし、G・ルーカスが黒澤明に心酔し、あこがれ、敬意を込めて「隠し砦の三悪人」をまるごと「スター・ウォーズ」に取り入れたのとは訳が違う。大友はそれほど宮崎駿を敬愛しているのだろうか。…まあしかし、「ラピュタ」を知らなければ、これは冒険活劇として水準作以上の作品だろう。後は作品を観て判断してください。あと気になるのは、レイの祖父ロイドの声を担当した中村嘉葎雄の喋り方が、台詞は噛むしロレツが回っていない。昔はもっと明瞭だったはずなのに、どうしたのだろうか。歳が歳だけに心配である。