深呼吸の必要   (ヘラルド/松竹:篠原 哲雄 監督)

 沖縄の島で実際に行われている“きび刈り隊”(さとうきびを刈るアルバイト)を題材にした、着想が面白い作品。篠原哲雄監督は「はつ恋」など、爽やかな作品が多くて好きな監督なのだが、やや出来不出来の差が激しい人である。で、スタッフを見たら、「はつ恋」や「Ekiden」など、私のお気に入りの秀作を作っているエンジンネットワークとデスティニーが制作にからんでいる(プロデューサーの中にも前記2作の小滝祥平氏の名が見える)。さらには脚本協力として、「はつ恋」の長澤雅彦の名も見える。…うーん、こういうメンバーであれば期待出来るではないか。そして映画は期待通りに、爽やかな秀作に仕上がっていた。篠原監督としても久しぶりの力作である。なお脚本は「カルテット」(久石譲監督)、「卒業」(長澤雅彦監督)と、これも爽やかな佳作を書いている長谷川康夫。
 物語は、沖縄のある島のきび刈り隊として、5人の若者が島に到着する所から始まる。畑の持ち主の手伝いをしている田所(大森南朋)の指導の下、35日間で広大なさとうきび畑の収穫(7万本あるそうだ)を行うこととなる。暑い日差しの下、手間がかかり、慣れない作業に若者たちは文句を言い、一時は脱落する者も出てくる。…しかし雇い主夫婦のおおらかな心にも支えられ、さまざまな苦労を乗り越え、やがて若者たちは次第に働く充実感、仲間との一体感を感じて行き、何ものにも替え難い体験を経て成長を遂げて行くこととなる…。沖永良部島など、現地に長期合宿を組んだロケが素晴らしい効果をもたらしているし、本当に7万本くらい生えていたさとうきびが、どんどん少なくなって行く映像も見応えがある。
 だが、私が一番感動したのは、これは私が大好きな、“一旦敗北した者たちが再チャレンジし、見事勝利するという、敗者復活のドラマ”であるという点である(洋画の傑作「スクール・オブ・ロック」もまさにそのジャンルの作品)。ある者は医者としての仕事に疑問を抱き、ある者は打ち込んでいた野球に自信を無くし、またある者は自殺を図ったらしい事も分かって来る。そうした彼らが、仲間たちと一体になり、目的に向かって懸命に突き進む体験を通して、やがて心に負った傷を癒し、それぞれに自己を取り戻して行くプロセスは感動的である(自殺を図った理由を敢えて描かない、抑制された脚本が出色)。
 若者たちを演じた若手俳優たち(香里奈、谷原章介、成宮寛貴、金子さやか、長澤まさみ)もそれぞれいいが、雇い主夫婦を演じた北村三郎(おじい)、吉田妙子(おばあ)が特にいい。沖縄で長く演劇活動をして来た経歴を持つこのお二人の、風景にとけ込んだごく自然な演技は見事である。おじいがどんな困難な状況でも口ぐせのように言う、「なんくるないさ」(なんとかなるさ)の言葉が印象的。心の傷から、無口で交わろうとしない加奈子(長澤)を、孫のようにやさしくいたわるおばあの包容力のある演技も泣かせどころ。見終わって、とても心が豊かになる、南国の風が吹き抜けて行くような素晴らしい快作である。今のところ、今年の邦画のイチ押しである。お薦め。