世界の中心で、愛をさけぶ   (東宝:行定 勲 監督)

 発行部数300万部という、とてつもないベストセラーとなった原作の映画化(もっとも、企画した当時はあまり売れてなかったそうだ)。私は原作を読んでいるが、正直なところ、昔からよくある難病もののパターンで、泣けはしなかった。売れているのは、映画との相乗効果もあるが、読みやすいシンプルな構成と、語り口のうまさにあると思う。つまり小説だからこその良さであって、これをそのまま映画化しても、陳腐なものにしかならないだろう。
 そこで、製作者側と行定監督が狙ったのは、“原作で描かれていない、生き残った男のその後”の物語を描くという点である。これで、小説よりも物語に奥行きが出るし、原作を先に読んでいる人にも新鮮な感動を与えられる事になる。しかし原作を改変してしまうと、原作ファンから非難が出る可能性もある。ベストセラーの映画化とは難しいものなのである。
 結論から言うと、これは大正解であった。原作では泣けなかったのに、映画を観て泣いてしまった。話題となった原作を超える映画化というのは並大抵ではない事だが、これはそれをクリアそした稀有な例である。同時に原作ファンでも十分満足できる仕上がりとなっている。行定監督、「GO」に続いてまたやってくれました。(以下、多少ネタバレを含みます。未見の方はできるだけ映画を観てからお読みください)
 原作では、時代設定は明確にされていない。まあ普遍的な題材なので、いつであっても良いわけである。映画では、これを1986年に限定した。そして2003年の現在から、ノスタルジックで、キラキラ輝いていたあの時代(バブル崩壊前であり、かつ昭和の末期である)を振り返る…というスタイルを取った。これがまず成功の一因である。―それだけ、なんとなく心がギスギスしている現代において語るには、彼らのあまりにピュアな恋愛は絵空事に見えてしまうのである。映像も、現在は(台風接近という事もあるが)いつもどんよりと曇っていて、彼らの心象風景を表しているようであり、対して'86年の過去は、常に太陽が差し、キラキラと輝く明るい映像で統一されている(葬式で雨が降って来るシーンですら、太陽が照って雨粒が光っている。これもワザとだとすれば徹底している)。行定監督は、ロケでも現在のシーンでは曇天の日を粘り強く待ったそうである。
 そしてこの映画の重要なテーマは、“大切な人を失った喪失感を抱いて、人はどう生きてゆくのか”という点である。人はいつか大切な人を失う。ある程度の覚悟が出来ていればまだしも、16才という若さで愛する人を失う事は大変なショックである。…それでも、残された人はその後の長い人生を(亡くした人の分まで)生きて行かなければならない。立ち直るには、相当の時間を要することだと思う。その試練をどう乗り越えるべきなのか・・・。映画は、主人公朔太郎(大沢たかお)が、突然失踪した現在の婚約者・律子(柴咲コウ)に導かれるように、17年前と変わらぬ風景を残す故郷・四国に向かい、過去の呪縛から解き放たれて新しい人生を歩み始めるまでを、じっくり時間をかけて描いている。感心したのは、小道具の使い方で、原作にある交換日記という陳腐な道具を、当時発売されたばかりのカセット・ウォークマンに変えてあるのがうまい。当人は死んでも、声だけは生きている時そのままに残っているからであり、これはせつない。朔太郎の人生の師となる重ジイ(山崎努)の職業を写真館にしたのも原作にないオリジナル。この写真という道具が、いろんなパターンで効果的に使われており、感心する。その他にも、“台風”とか“手品”などが巧妙に物語に生かされている(これらはすべて原作にないものばかり)。
 ストーリー展開も、“律子は何故朔太郎の前から失踪したのか”、“何故律子はカセットを聞いて涙ぐむのか”という謎が最初に提起され、さまざまなエピソードを積み重ねながら、それらの真実が次第に明らかになって行く…という、ミステリー・タッチで進み、最後にそれらがジグソー・パズルのようにピタッとはまることとなる。秀逸なシナリオである。
 律子の存在が、一部で不満もあるようである。だが私は、彼女の存在は必要だったと思う。アキの最後の言葉を、17年という時を超えて伝える存在であると同時に、朔太郎が過去をふっ切る道案内役でもあり、これからの人生を共に生きて行く伴侶でもある律子は、物語を締める上においては重要なポジションであると言える(なお、過去に出会っている二人が結婚に至るのは、偶然ではなく必然だったと思う)。ラストで、かつてアキが倒れ、オーストラリアへ行く夢を失った高松空港が、朔太郎と律子が再会する場所となっているのもうまい。あの時途切れた過去を、ここからリスタートする事をも暗示しているわけである。…そして、それまで曇り空に閉ざされていた現在は、次のシーンからカラッと明るいオーストラリアに飛ぶこととなるのである。何度も言うが、うまいシナリオであり演出である。
 人は、常に未来に向かって歩まなければならない。愛する人を失った過去は、どこかで清算しなければ、人は前に進めないのである。これは、特に愛する人を失った人、何かを失って立ち直るきっかけを掴めない人―には特にお薦めしたい、本年屈指の秀作である。