ペイチェック−消された記憶  (ドリームワークス/他:ジョン・ウー 監督)

 原作が「ブレード・ランナー」、「マイノリティ・リポート」等のフィリップ・K・ディックで監督がジョン・ウー…と聞いて、人選間違えていないかな?−と思ったが、杞憂であった。テーマやストーリー展開は「マイノリティ・リポート」とよく似ているが、ジョン・ウーらしいケレンとハッタリがうまく作用して楽しめる作りになっており、「マイノリティ−」よりこちらの方がずっと面白かった。
 未来世界、天才的コンピュータ・エンジニアのマイケル(ベン・アフレック)は巨大ハイテク企業のプロジェクトに参加し、3年間の記憶を消す代わりに報酬として9000万ドルを受け取る契約を交わす。しかし記憶を消されたマイケルが受け取ったのは報酬ではなく、自分を発信人とする19個のガラクタだった。その上、企業からもFBIからも追われ、マイケルは逃げながらも失われた記憶に隠された真相を探ろうとする…。
 SFと言うよりも、これは陰謀にはめられた主人公が追われながらも謎を追う…というサスペンス・ミステリーである。未来を舞台にしているのに、「マイノリティ−」などに登場したようなハイテク機器や未来ビジュアルはほとんど登場しない。むしろマイケルは、現代でもどこにでもあるような(ハイテクと言うよりはローテクな)道具や乗り物を使って危機を乗り越えて行くのである。さらには19個のガラクタ(字幕ではアイテムと呼んでいる)に秘められた謎が一つ一つ解明されて行くプロセスも、上質なミステリーを読んでいるような楽しさがあって飽きさせない。そして、前述の梗概からも連想されるように、この物語展開は明らかにヒッチコック映画の典型パターンであり、おまけにいろんな所にヒッチコック映画へのオマージュが盛り込まれていて、これらのオマージュシーンがいくつ見つけられるか探すのも映画ファンとしての楽しみである(ちょっとだけ紹介すると、展開としては「北北西に進路を取れ」であり、シーンとしては「北北西−」の他、「めまい」「サイコ」「鳥」の名シーンがチラッと登場する)。お相手のユマ・サーマンもちゃんと“金髪”のヒロインをしている。またヒッチコック以外にも、「シャレード」と「ターミネーター2」まで登場する徹底ぶりで、ここまで遊んでいるジョン・ウー作品も珍しい。バイクによるカーチェイス・シーンもあるし、ラストも微笑ましくなるハッピーエンドで、そのサービスぶりには感心させられる。よく考えたら、「ちょっと待てよ?」とツッ込みたくなる所もあるのだが、テンポがいいので観ている間は気にならず、一気に最後まで見せてくれる。
 しかし、単なる娯楽映画には終わっておらず、テーマとしては“失われた自己のアイデンティティ探しの旅”や、“未来に起こる運命は自分の力で変えて行くものである”などもちゃんと盛り込まれており、それぞれに見応えがあって、見終わってスカッとした気分になりながらも考えさせられる作品ともなっているのである。ハードSFでありながら、謎解きサスペンスでもあり、派手なアクション映画でもある…というなかなか欲張った作りであり、さらにはジョン・ウー作品のトレード・マークである“スローモーション撮影”、“銃を向け合いながらの対決”、そして“ハトが飛ぶ”(笑)…等々もちゃんと登場する−といった具合で、これはそうしたいろんな楽しみ方が出来るエンタティンメントとして、とりわけ目利きの映画ファンであるほどより深く楽しめる作品としておススメの快作なのである。