冬の日  (IMAGICAエンタティンメント:川本 喜八郎 総合監修)

 これは、非常に珍しい(と言うより世界初の)連句アニメーションである。連句とは、複数の歌人が前の人の下の句を受け、自分の句を鎖のようにつなげていく合作の文学形式…というものである(最初に詠まれる「発句」が独立して「俳句」になったといわれている)。中では、松尾芭蕉による七部集「冬の日」が有名であり、本作のタイトルはそこから取られている。
 この作品は、その連句の形式で、世界中の錚々たるアニメ作家に、既存の連句を元に短編アニメを作ってもらい、それらを繋げて1本のアニメ作品として完成させたものである。詳細は次の公式サイト(
http://www.fuyunohi.com/)を参照していただければよく分かると思う。
 中心となり、企画・監修したのは、日本のみならず世界的にも名高い人形アニメ作家の川本喜八郎氏。氏の呼びかけに、世界中から35人のアニメ作家が集まり、連句にインスパイアされた映像を競い合っている。集まった作家は、「話の話」などで知られるロシアのユーリ・ノルシュテイン、「老人と海」でアカデミー賞受賞のアレキサンドル・ペトロフ、「火童」が高い評価を受けた中国の王柏栄、「頭山」がアカデミー短編賞にノミネートされた山村浩二、そして名前を聞けば思い当たる日本有数のアニメ作家たち、久里洋二、古川タク、林静一、小田部羊一、高畑勲…等々であり、アニメに興味のある人ならこれらの名前を聞くだけでもワクワクして来ることだろう。そして、作品を観たなら、アニメファンのみならず、アニメに関心のない方でも、その豊かなイマジネーションの広がりには感嘆するに違いない。それほど、1本1本の作品は(平均して1分前後のごく短い作品であるにもかかわらず)実に丁寧な作りで見応えがある。
 単にアニメと言っても、実にさまざまな手法がある事が作品を観れば分かって来る。普通のセルアニメ以外にも、人形アニメ、切り絵アニメ、クレイ(粘土)アニメ、油絵アニメ、水墨画アニメ、CG、ピンスクリーン(無数の釘を出したり引っ込めたりして白黒を表現する)等々・・・まさに職人芸であり、見事な芸術である。公式サイトの予告編に、ノルシュテイン作品や川本氏の人形アニメがワンシーン出て来るが、風にそよぐ着物の動きだけを見てもその見事さの一端を窺い知る事が出来る。
 35人による36本(川本氏が2本)のアニメそのものは45分程度だが、後半はそれら作家たちへのインタビューや製作過程を追ったメイキング編となっている。これがまた面白い。ノルシュテインのあの繊細な絵はどうやって作っているのかが見れるだけでも興味深い。
 本作は、文化庁メディア芸術祭アニメ部門の大賞、毎日映画コンクールで大藤信郎賞(日本で一番権威のあるアニメ賞)を受賞し、キネマ旬報文化映画ベストテンでも3位に入るなど、さまざまな賞を受賞し、高い評価を受けている。残念ながら劇場公開は東京、大阪、名古屋のごく一部の劇場でのみの上映であり、あまり多くの人の目に触れられていない(私は家の近くで上映していたので幸運にも観る事が出来た)。ビデオは出ているが、その繊細な描写は大きなスクリーンで隅々に至るまでじっくり見るのが望ましい。ともあれ、アニメに興味のある方は必見であり、また俳句・短歌に興味のある方も是非観ることをお薦めする。個人的には本年のベスト3に入れたいし、出来うるなら手元に置いて何度も眺めたい、これは素晴らしいアートの秀作である。