ジョゼと虎と魚たち (アスミック・エース:犬童 一心 監督)
田辺聖子原作の短編から、主婦からネット募集で脚本家になったという渡辺あやが脚色、「金髪の草原」などの犬童一心が監督にあたったピュアなラブストーリーの秀作。
原作はごく短くて、登場人物も主人公とジョゼと婆さんの3人しかいないのだが、渡辺あやの脚本は周辺人物を多彩に散りばめて作品に厚みをもたらしている。見事な脚色である。
主人公恒夫(妻夫木聡)は学生で麻雀店でアルバイトをしているが、ある日坂道を転がって来る乳母車に乗った少女ジョゼ(池脇千鶴)と出逢う。いわゆるボーイ・ミーツ・ガールものであるが、異色なのは少女が歩けない身体障害者であるという事。このジョゼ、障害者だからと言っていじけているわけでなく、ズケズケ物は言うし、料理はうまいし、学校へ行かない代わりに、ゴミ捨て場で拾ったいろんな本を読みあさって、ヘタな学生よりも知識を得ているというのが面白い。ジョゼとは、愛読するフランソワーズ・サガンの小説の登場人物の名から借りたものである。料理を作り終えると椅子から勢い良くドスンと飛び降りるというのもジョゼの性格をうまく表現している(脚本にあるとしたら素晴らしい着想である)。最初は同情心からジョゼの家に通うようになった恒夫は、やがてジョゼの真っ直ぐで強い生き方に興味を持って行く。ジョゼの婆さんが亡くなった時、互いに惹かれる二人は肌を合わせる。池脇千鶴がヌードになって熱演。「大阪物語」の頃から見ると随分女優として成長したものである。寺島しのぶがいなかったら主演女優賞候補の筆頭になっていたかも知れない。
ジョゼにとって幸せな日々が続くが、恒夫は昔の彼女とヨリを戻し、やがて別れの日がやって来る。恒夫は結局優柔不断で打算的な男かも知れないが、犬童監督は恒夫を決して批判的には描かない。それが人間というものの弱さであり、悲しさなのである。その事をまた運命として受け止め、あっさり恒夫を許すジョゼの潔さ。そして一人になっても、自分で電動車椅子を動かし(猛スピードで街中を走るシーンが爽快)、今日もまた料理を作っては椅子から勢い良くドスンと飛び降りる…。
人間というものの不思議さ、弱さ、強さ…それぞれを瑞々しく、限りなく優しい眼差しで描いた犬童一心監督の演出が光る、爽やかな恋愛映画であり人間ドラマの秀作である。
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