ラスト・サムライ     (ワーナー:エドワード・ズウィック 監督)

 最近、本格的な時代劇大作がほとんど見られなくなった。金がかかることもあるが、リスクを背負ってでも作り上げようとするプロデューサー(例えば、角川春樹や徳間康快)や、黒澤明、小林正樹に匹敵する、壮大な規模と風格を持った作品を完成させるだけの力量のある監督の不在が大きいと思う。そんな所に、アメリカから時代劇大作がやって来た。そして、予想に反してこれは日本人が見ても十分違和感のない、見応えのある時代劇の力作になっていた。
 明治時代初期、侍社会が崩壊し、日本の歴史上において大きな変革が訪れた時代を舞台に、軍事指導に雇われた一人のアメリカ人(トム・クルーズ)が行きがかりから滅び行こうとする侍たちと行動を共にし、その最期を見届ける…という話。
 ズウィック監督は、黒澤明の「七人の侍」を見て感動し、この映画のアイデアを練ったという。かなり当時の時代背景や“侍”というもののバックボーンについてよく研究している。ストーリーも、明治初期に実際に起きた事件を巧妙にアレンジし、武士道に殉じ、侍としての誇りを賭けて闘う勝元(渡辺謙)のキャラクターも、西郷隆盛や山岡鉄舟などの実在の人物をベース(渡辺謙・談)に、まさにこんな人物がいただろうと思わせるだけの魅力ある人間像を創出することに成功している。
 無論、物語としてはあくまでフィクションである。実在の人物は明治天皇を除いて一人も登場しないし、その明治天皇も実物の天皇とはかなり置かれた立場や権限等が異なっている。むしろ、侍をインディアンと置き換えたなら、そのまま例えば「ダンス・ウイズ・ウルブス」のような西部劇にだってなりうる物語である。つまりはそうした類いのアクション大作の1本として楽しめば良いのである。たまに、史実と違うとか、風景がおかしいとか文句を言う人を見かけるが、これはむしろ、“日本とよく似た国を舞台にした架空のアクション・ファンタジー”と考えればいいのである(わが日本の時代劇だって、史実から見ればかなりおかしい作品はいっぱいある)。まあ忍者軍団の登場はエンタティンメントとしてのサービスであり、これはご愛嬌。…それよりも、日本の映画人ですらあまり正面からは描いて来なかった、明治維新によって滅びざるを得なかった“最後の武士”たちの“滅びの美学”を、アメリカの映画人が正攻法で描ききった、その事をこそ評価すべきなのである。事実、西南戦争や、神風連の乱などのように、圧倒的武力を有する官軍に勇敢に刀で立ち向かい、死んで行った武士たちがいた事は事実である。負ける事が分かっていても、それでも最後の意地を見せて闘う…そうした孤高のヒーローたちを我々は映画の中で何度も見て来たはずである。そうした行動を取ったサムライが、確かにかつては居た。その事を想い、胸が熱くなった。ラストの大戦闘では、大砲やガトリング銃を持つ官軍に、ほとんど互角にまで戦った勝元たちに、官軍指揮官が銃撃を止めさせ、座礼(土下座とは違う)をするシーンは特に感動的である。トム・クルーズ扮するオルグレンは、その現場に立ち会った証人として位置づけられるキャラクターであり、そういう意味では本当の主人公であり“ラスト・サムライ”であるのは、まぎれもなく勝元なのである。
 渡辺謙はハリウッド映画の中でこの役柄を堂々と演じ切った。アカデミー助演男優賞の声も上がっているが、素晴らしい事である。これまで日本人俳優でハリウッド映画に出演した人は多いが、アカデミー賞にノミネートされた人はわずかだし、受賞したのは「サヨナラ」のナンシー梅木ただ一人…という事を考えればいかに凄いことか分かるだろう。真田広之もやや損な役柄ではあるが見事な存在感を示している。トム・クルーズも違和感なく侍たちの生活に溶け込んでいるし、真田との木刀の試合では、特訓の成果もあって互角に見えるくらいの剣裁きを見せる。そして特筆すべきは悪役(?)の政商大村を堂々の貫禄で演じた原田真人である。監督としては一流だが、演技者としても素晴らしい。私個人的にはこの原田真人に助演男優賞を差し上げたい。
 それにしても…である。こうした日本人の心を感動させる時代劇大作が外国人の手によって作られた事はちょっとくやしい。黒澤明映画に触発され、黒澤の後継者になろうとする日本人監督がそろそろ出てきて欲しいものだとつくづく実感せざるを得ないのである。