阿修羅のごとく     (東宝:森田 芳光 監督)

 向田邦子の秀作テレビドラマの映画化。−とは言ってもテレビ放映から24年も経っており、当時とは時代状況も、不倫に対する人々の捉え方も変わっている(当時はまだ不倫と言えば女性側に冷たい視線が浴びせられる時代であった)。今の時代に映画化する意味はどこにあるのか…と考えながら観た。
 結論として、これはいかにも森田芳光らしいドラマになっている。時代設定をあえて現代にせず、1979年にしている点もうまく行っている。これまでも、「それから」「失楽園」等の文芸作品の映画化を成功させている森田だから、本作の監督としてはうってつけなのだが、期待以上に面白く観れた。
 配役が、現在考えられる範囲ではまずまずの理想的なキャスティングである。父=仲代達矢、母=八千草薫、長女=大竹しのぶ、次女=黒木瞳、三女=深津絵里、四女=深田恭子(これはやや物足りなかったが)。その他の脇役も、桃井かおり、小林薫、それに歌舞伎界から坂東三津五郎と中村獅童…と芸達者かつユニークなキャスティング。これら芸達者な人たちが、それぞれある者は飄々と、ある者はエキセントリックに芸の火花を散らして見事なアンサンブルを見せ、これらの演技合戦を見るだけでも楽しい。特に、気の弱そうな興信所員を演じる中村獅童が、「ピンポン」とはまったく違う演技で瞠目させられた(最初は獅童とは気付かなかったくらい)。やはり映画は、いい役者がいい演技を見せてくれる…それだけでも十分見応えがある。
 森田演出は、例によって食べるシーンを随所に配置し、それぞれの人物の性格や心理を暗示させている。母が倒れるシーンで、卵が落ちて割れるショットが印象的。そして私がニヤリとさせられたのは、森田が敬愛する小津安二郎作品へのオマージュが随所に見られた点である。
 これまでも、いろいろな作品に小津映画的モチーフを多用して来た森田映画だが(「家族ゲーム」では横に並んだ食事シーン、「おいしい結婚」では「秋日和」のテーマを援用)、今回もいかにも小津映画的な日本家屋が印象的である。家族の絆を強調するあたりもそうだし、婚期が遅れている娘の結婚を心配する父の描写もある。そして母が倒れてから亡くなるまでは「東京物語」にも似ている(尤もこれは原作も小津作品を意識していたから当然か)。そして全体に流れる、ゆったりとした時間は、古い映画を愛する者から見れば、とても安心して落ち着いて見られる懐かしい雰囲気がある。若手と言われていた森田も、もうベテランの部類に入って来たのであろう。こうした、大人が落ち着いて見られる映画がもっと作られてもいいと思う。森田は「模倣犯」なんかでペダンティックな才気をひけらかすより、50歳を越えた大人が安心して見られる腰の据わった名作を連発すべきだと思う。日本映画の為にも、後に続く若手に手本を示す意味でも、その責任を感じるべきだろう。頼むぞ森田。