フォーン・ブース (20世紀フォックス:ジョエル・シューマカー 監督)
うーん、これはアイデア賞ものである。いや、ストーリーそのものより、“予算をかけない”という点において見事なアイデア(笑)であるからである。なにしろ舞台は街中の電話ボックスだけ!エキストラ以外は出演者もわずか。時間は上映時間とほぼ一致。その上映時間も81分とすごく短い。それでいて緊迫感溢れるスリリングな佳作になっている。お見事である。
主人公は傲慢で妻にも嘘をついて浮気している鼻持ちならないパブリシスト、スチュ(コリン・ファレル)。携帯をいつも離さないが、通話履歴からバレるのを恐れて浮気相手の女にかける時は公衆電話からと使い分けている。その公衆電話ボックス(フォーン・ブース)の会話が終わった途端にベルが鳴り、つい取ったことからスチュは「電話を切れば射殺する」と脅され、ボックスから出るに出られなくなる。長電話にイラついた娼婦に頼まれてスチュに暴力を振るおうとした男が射殺された事から、周囲は彼が銃を持っていると勘違いし、警察がボックスを包囲するという大騒動になって行く。彼の事を知り尽くしていると思われる謎の脅迫犯とスチュの会話だけのやり取り、警察の凄腕らしい警部(久しぶりのフォレスト・ウィティカー)の虚虚実実の駆け引き…と、脚本が見事に書き込まれていて飽きさせない。この脚本を書いたのは、ハードボイルドの佳作「探偵マイク・ハマー/俺が掟だ!」他多くのサスペンスものを書いているラリー・コーエン。彼はまた、TVシリーズ「刑事コロンボ」の原案を4本ほど提供しており(中でも「別れのワイン」は傑作)、なかなかの職人と見た。
ネタバレになるのでこれ以上は書かないが、とにかく面白い。お薦めである。一部で犯人の意図が分からないとの声もあるが、これはむしろ、日常生活の中で突然身に覚えのない窮地に立たされ(彼の性格からしてさもありなんと思わせてはいるが)、追い詰められて行く、カフカの「審判」をも思わせる“不条理劇”と見るべきである。そう考えれば十分納得出来る物語である。最後に至って、傲慢だったスチュの心に、何かの変化の兆しが見られる…というエンディングも現代人にとって考えさせられるものがある。オリジナル脚本賞もののシナリオも見事だが、デ・パルマばりのマルチ・スプリット・スクリーンを絶妙に生かしたシューマカー監督の演出も心憎い。一人芝居に近いコリン・ファレルも熱演。低予算でも、CG特撮を使わなくてもアイデアさえあれば十分に面白い映画が作れる…という事を証明しただけでも、この作品の値打ちは高い。日本映画も見習ってほしいものである。
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