HERO−英雄    (中国:チャン・イーモウ 監督)

 「初恋のきた道」等のリリシズム溢れる名作で名高いチャン・イーモウ監督が、なんとワイヤーアクションバリバリの“武侠映画”を手掛けた。数千人のエキストラが登場する超大作である点も、これまで低予算(と思う)の小品が続いたイーモウ作品とは趣が異なる(ただしアクション映画演出は今回が初めてではない。「紅いコーリャン」で監督デビューの翌年、「ハイジャック/台湾海峡緊急指令」(88)なるサスペンス・アクションを手掛けている)。しかしカンヌ受賞の常連で今や中国を代表する名監督になったチャン・イーモウなら、こういう大作への依頼が舞い込んでも当然とは思う。で、作品とは言うと、これがイーモウの敬愛する黒澤明作品、さらには中国の巨匠、キン・フー監督作品へのオマージュに満ちた、見事な風格の秀作に仕上がっていた。
 紀元前200年、、後に始皇帝と呼ばれることになる秦王のもとに、無名と名乗る一人の男(ジェット・リー)が拝謁する。男は、最強と恐れられた趙国3人の刺客をすべて殺したという。映画は無名が語る3人との決闘シーンを華麗に描きながら、次第に無名の目的が明らかになって行くプロセスを描く。無名が語る物語を、秦王はウソではないかと見破り、そこから話は黒澤の「羅生門」の如く異なるエピソードが何度も絡み合うこととなる。赤と黒の色彩も鮮やかな秦王の軍隊が登場するシーンは黒澤の「乱」(衣装デザインも「乱」を手掛けたワダエミ)、無数の矢が降り注ぐシーンはやはり黒澤の「蜘蛛巣城」を彷彿とさせる。中国お得意のワイヤー・スタントもふんだんに登場するが、これらのアクションにはキン・フー監督からの影響も強く感じられる(ちなみに、ワイヤー・スタントを映画で最初に使用したのがキン・フーだと言われている)。チャン・ツィイーが木の上から逆さに落ちて来るシーンは、キン・フーの傑作「侠女」へのオマージュであろう。
 華麗でダイナミックなアクション、CGの多用、壮大な物量スペクタクル・・・と見どころも多い(これらを観るだけでも料金分の値打ちはあり)が、イーモウが描きたかったのは、“本当のヒーローとは何なのか”という点であろう。最初は秦王の暗殺が目的で近づいた無名が、次第に秦王の人間的大きさに気付き、ある行動を取るラストは感動的。強いだけがヒーローではない、時には自分の命を賭して行動する事もまたヒーローの条件でもあるのである。無名が最後に行った行動こそ、すべての為政者に心して欲しい願いなのだろう(それは、今も世界中で続く戦争への怒り−であるのかも知れない)。ジェット・リー以下、トニー・レオン(残剣)、マギー・チャン(飛雪)、ドニー・イェン(長空)、そしてチャン・ツィイー(如月)、それぞれ役者がとても素敵。飛雪と如月の銀杏の葉が舞う森での戦いは息を飲む美しさである。シーンごとに統一された衣装の色彩美も素晴らしい。必見!