座頭市    (松竹:北野 武 監督)

 異才・北野武監督初の時代劇。これはビートたけしの恩人であり、また勝新太郎とも縁が深い浅草ロック座のオーナー・齋藤智恵子さんが、たけし主演で座頭市を映画化したいと希望し、勝新とはまったく違う座頭市になっても構わないという了承を得て北野武脚本・監督作品として映画化が実現したという経緯がある。毎回独特のスタイルを貫く北野武監督、やはりただものではない時代劇の秀作を作り上げた。
 勝新太郎も、役者としてだけでなく監督としてもユニークで徹底して凝りまくっていた(その為製作費がかさんで倒産したとも言われている)。その勝新の代表作であり、“座頭市=勝新”であったほどの作品をリメイクするからには、よほどユニークなものにしなければ対抗できないと思われる。で、選んだのが、(1)髪の色を変える、(2)ハードな殺陣を取り入れる、(3)大団円のラストにタップダンスを持って来る・・・という戦略。(1)については賛否両論があったが、思ったほど違和感はなかった。私個人としては、「眠狂四郎」だって茶髪だったし(これは混血児という設定)、黒澤明監督「用心棒」では仲代達矢がイギリス製のネッカチーフをしていたし、娯楽映画なんだからリアリズムにこだわる必要はないと思っているからOKであった。むしろ話題作り…という戦略としては成功だったと思う。次に殺陣は、文字通り凄い迫力であった。とにかく速い。勝新も速かったが負けず劣らずではないか。そしていつもの座頭市ものの定番、腕がたち最後に決闘する浪人…を演じた浅野忠信が素晴らしい。既に「御法度」で時代劇経験がある(たけしともこれで共演)とは言え、3カ月も特訓したという殺陣は見事の一言。一度に12人を叩き斬るシーンの凄さは時代劇史上に語り継がれる資格十分である(過去に遡れば、「子連れ狼」で若山富三郎が演じた拝一刀以来ではないかと思う)。鞘に収める時に刀をクルクル回す仕草もカッコいい。今年の助演男優賞は当確だろう。(3)についても、昔の明朗時代劇は最後に大抵祭りがあり、出演者みんなが歌い踊っていた(美空ひばり主演作や沢島忠監督作品等)…という伝統をふまえての事だろうからさらに違和感はない。「七人の侍」だってラストは田植え踊りだったではないか。
 ストーリーとしては特に新味はない。2組のヤクザが仕切る宿場町に現れた凄腕の達人…という設定はほとんど「用心棒」だし、親の仇を探しての姉弟の旅…というのは使い古されたパターン。で、この映画で一番ユニークと言うか勝新版と違うのは座頭市のキャラクターで、セリフが少ない、殺陣になると無闇やたらに殺しまくる(賭場でサイコロのイカサマを見破った直後の凶暴さは鬼気迫るものがあった)、女性に対する思いもまったくなし(勝新の座頭市は、女性に対するほのかな思いやりや優しさが滲み出ていたと思う)。…つまりは、北野映画全体に流れるクールかつハードボイルドな暴力衝動をここでも追求しており、“バイオレンス時代劇”とでも呼びたい作品になっていた。そういう意味では、まさしくこれも北野武映画なのである。―武映画は、ここ3作ほどは私の期待を裏切り、ガッカリする作品が続いていたが、本作は初心に戻り、観客を喜ばせるエンタティンメントに徹する事によって、却って北野武らしさも充満した秀作に仕上がったのである。惜しむらくは、カットのつながりがやや悪い所があったが、これも武監督の実験精神として大目に見ておこう。とにかく、今年の日本映画の中でも一、二を争う面白さを持った力作としておススメである。     


(蛇足)
本作には意識したのか偶然かは分からないが、黒澤明作品と共通するシーンがいくつかあった。前述の「用心棒」に似た設定をはじめとして、仕官の口を探しながら旅をする侍夫婦…は黒澤の遺作となるはずだった「雨あがる」と同じ設定だし、豪雨の中の決闘は「七人の侍」を思い起こさせるし、浅野忠信の侍との、居合抜きによる一瞬の対決や派手な血糊の噴出は「椿三十郎」を彷彿とさせる。そして私が一番印象に残ったのは、旅芸人の姉弟の回想で、どこかの商人の家で、食事が遅いと茶碗を叩き落とされた姉が泣きながらこぼれた飯を拾うシーン。ここで台所の床板の年輪が逆光でくっきり浮かび上がっていたが、これは「七人の侍」の最初の方で、与平(左卜全)が米を盗まれ、泣きながら米粒を拾うシーンの床にやはり年輪が逆光で浮かび上がっていたシーンとそっくりであった。このシーン、長回し据え置きでかなり長く写し出されていたが、そういう思い入れもあったのではないかと個人的に確信している。