アバウト・シュミット (ニューライン:アレクサンダー・ペイン 監督)

 定年を迎えた主人公シュミットの、老後の人生を淡々と描いた秀作。こういう映画はアメリカ映画としては珍しい。監督のアレクサンダー・ペインはまだ42歳の若さだが、大の日本映画通なのだという。そう言えば、子供からは疎んじられ、永年連れ立った老妻には先立たれ、孤独を味わう老人…という話は「東京物語」だし、後半の娘の結婚に最初は反対しながらも、それを受け入れ、式を終えて本当の一人ぼっちを実感する…というラストは「晩春」を連想させる。冒頭、主人公の住むオマハの高層ビルをいろんな角度から捕らえたショットも小津タッチを思わせるし、何も起きないありふれた日常の生活描写を積み重ねる演出もいかにも小津映画的である。まあそれだけでなく、老人の一人旅の部分は「ハリーとトント」や「ストレイト・ストーリー」とも似ている。生きる気力を見失いかけた老人が、ある目的を見つけ、それに生き甲斐を見いだす…という「生きる」に似たエピソードもある。…映画を多く観ていると、ついそんな所に目が行ってしまうが、そういう点を意識せずとも、これは素直に感動出来る作品になっている。
 定年後のシュミットの生活描写には、ゾッとするほどのリアリティがある。自分は、会社にとって大事な人間だった…と思い込んでいたのに、退職後の会社を覗いたら邪魔者扱いされたり、結婚当時は最愛の妻だったのに、「今横に寝ているこのバアサンは誰だ」と思う時があったり、まさに数年後に定年を迎える私にとっては他人事ではないのである(笑)。ジャック・ニコルソンがうまい。旅の途中で出会った中年夫婦と仲良くなるが、寂しさのあまりつい人妻に抱きついてしまい、追い出される…という情けないくだり(笑)もニコルソンならではの演技である。
 老いるとはどういう事なのか、生き甲斐とは何なのか、家族の絆とは何なのか…そういったテーマを、あまり深刻にならず、サラリと描き、笑わされ、身につまされ、ホロリとし、そしてラストに(ちょっとあざといと思えなくもないが)感動も用意された、これは中高年世代に捧げる素敵な映画なのである。