スパイ・ゾルゲ   (東宝:篠田 正浩 監督)

 篠田正浩監督が、10年間構想を暖め、これを最後に引退する…と発表した事で話題になった作品。「ゾルゲ事件」は「国家機密をソ連に流していたスパイが捕まり、処刑された。スパイ団には著名なジャーナリストだった尾崎秀美も含まれていた」という程度しか知らなく、内容は重そうな上に上映時間は3時間を超える…と聞いていたので、観る前はちょっとシンドイかな…と思っていたのである。
 で、観ました。退屈だとすぐ眠くなる私にしては、3時間眠らず最後まで観れたのだから、まずまずの出来だったと思う。見どころはフィルムを使わず全編デジタルハイビジョンカメラで撮影され、CG特撮がかなりの部分を占める…という先端技術の応用で、これはG・ルーカスの「スター・ウォーズ・エピソードU」と同じ手法。さりげない部分にもかなりCG編集が使われており、前作「梟の城」ではやや失望したCG技術は、今回はかなりレベルアップしていると言えるだろう。若い監督ならともかく、71歳になる大ベテラン監督がこういう最新技術に取り組んでいる点は尊敬に値する。監督として引退するのは残念だが、こうした技術は後輩に伝えて行って欲しいものである(でも宮崎駿でも引退宣言を撤回したから、ひょっとして?(笑))。
 なお、若い人の中にはCGがバレバレでチャチだと言ってる人がいるが、ちょっと認識不足。銀座の俯瞰や朝日新聞本社ビル、浅草興行街などは当時の写真をデジタルスキャンしてCGで動かしているからで、朝日新聞ビルがのっぺりしているのはそんな写真しかないからである。写真集なんかで見覚えのある銀座や浅草の町並みがカラーで動いているのを見た時は感動しましたよ。これはリアルな映像にするより手間がかかっていると思う(皇居の二重橋や堀のアヒルもCGだが、これらはほとんど気付かないくらいリアル)。全編こうした画調で描けば納得して貰えたかも知れないが、それでは製作費が足らないだろう(笑)。
 さて、本編だが、こちらはちょっと物足りない出来。篠田監督にとって思い入れのある“昭和”の歴史を敷衍しつつ、ゾルゲと彼を取り巻く人たちを描くには、3時間でも足りないくらいで全体に舌足らず。せめてテレビのミニ・シリーズとして10時間くらいかければもっと分かり易かったのではないだろうか。物語はゾルゲの人物像を中心としている為、彼に手を貸した尾崎秀美の性格や、なぜゾルゲに手を貸す気になったのか、彼は売国奴だったのか、あるいは後世に評価されたように愛国者だったのか…その辺りをきちんと描いて欲しかったと思うが、3時間という時間でも描ききれなかったという事か。
 ラストに“ベルリンの壁崩壊”と、ジョン・レノンの「イマジン」を持って来たのも、分からなくもない。ゾルゲと尾崎の行動は「
戦争を起こすためではなく、世界的な平和のために命をかけ、自らを犠牲にして戦った」(篠田監督の言葉)のだと言う事を言いたいのだろうが、それが画面からはきちんと伝わって来ないのがもどかしい。…まあしかし、ゾルゲ事件と時代背景についてはよく分かる作りになっているので、昭和史に興味のある方にはお薦めであると言っておこう。
 映画を観た後でいろいろ検索してみると、ゾルゲは命をかけてスターリンとソ連の為に尽くしたのに、スターリンはゾルゲに二重スパイの疑いをかけ、「そんな男は知らない」と通告した為、捕虜交換(そういう動きもあったらしい)でソ連に帰れると思っていたゾルゲは逆にソ連に裏切られる結果になったのだと言う。戦後スターリンが失脚して、やっとゾルゲは国家に尽くしたということで英雄になったらしい。そういう点も描いておれば、二つの祖国を持ち、祖国を愛しながらも国家に裏切られる男の哀しみが表現されたのではないかと思う。とにかく、調べれば調べるほどゾルゲ事件は興味が尽きない。「ゾルゲやゾルゲ事件は、知れば知るほど深みにはまり病みつきになるという、『ゾルゲ病』ともいえる抗しがたい魅力がそこにはある」とも言われているそうだ。私もひょっとしてゾルゲ病?(笑)。
 なお、公式ホームページが充実していて面白い。失礼ながら映画よりも面白い…と言っては篠田監督に失礼か(笑)。以下にアドレスを紹介しておきます。   

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