ヘヴン   (米/独/英/仏:トム・ティクヴァ 監督)

 54歳で早逝した鬼才・クシシュトフ・キェシロフスキ監督の遺稿の脚本を、ドイツ出身のトム・ティクヴァ(「ラン・ローラ・ラン」)が監督。製作陣が豪華で、製作総指揮が「ロード・オブ・ザ・リング」「アザーズ」などのハーヴェイ・ワインスタインと「トッツィー」などのシドニー・ポラック、製作が「イングリッシュ・ペイシェント」のアンソニー・ミンゲラ。…キェシロフスキがいかに映画人に愛されていたかが分かる。これは本来、ダンテの「神曲」にインスパイアされ、「天国」「地獄」「煉獄」の3部作として構想されたが、キェシロフスキが今回の「天国(ヘヴン)」を書いた所で急逝し、残りは未完となった。で、なぜ「天国」かは映画を見れば分かる。
 ストーリーは、麻薬密売組織のボスを殺そうとして、行き違いで無関係の四人を死なせてしまい、逮捕されたヒロイン・フィリッパ(ケイト・ブランシェット)が、彼女を愛してしまった憲兵隊員フィリッポ(ジョヴァンニ・リビージ)と共に逃亡し、結ばれる…という内容だが、サスペンス映画風に見えて、彼女の殺人計画は現実離れだし、警察からの脱走プロセスもいいかげん。それにコロリと騙される警察もドジ…、と言ってしまえば身もフタもない。これは、犯罪サスペンス風な衣をまとってはいるが、キェシロフスキらしい現代の寓話なのである。後半、二人が脱出し、故郷に向かう列車がトンネルを出た瞬間、そこからはほとんど神話のような光輝く風景が二人を包む。後半の舞台となるトスカーナ地方の風景は、まるで天国のようである。小高い丘の上で結ばれる二人は、アダムとイブのようですらある。最後に二人は、どこまでも空へ空へと舞い上がって、やがて空に吸い込まれて行く。まさしく「天国」に到達したかのように…。お話を重視する人には納得できないだろうが、これは前述したように、愛の寓話であり、神話なのである。その心地よいムードに一時現世を忘れて酔わされる、これはそんな映画なのである。