船を降りたら彼女の島  アルタミラ・ピクチャーズ:磯村 一路 監督)

 愛媛を舞台にした「がんばっていきまっしょい」という青春映画の秀作を監督した磯村一路監督が、再び愛媛の映画を作った。今度はスポーツとは関係ないが、愛媛県の全面的協力を得て、やはり爽やかな感動を呼ぶ力作に仕上がっている。プロデューサーは前作と同じアルタミラ・ピクチャーズの桝井省志、そして愛媛出身で同郷の伊丹十三監督作品をすべてプロデュースした玉置泰がエグゼクティブ・プロデューサーを担当している。
 東京の出版社に勤めるヒロイン・久里子(木村佳乃)が、2年ぶりに突然故里の瀬戸内海の島に帰ってくる所から物語は始まる。やがて彼女は近々結婚する予定で、その事を両親に知らせる為に帰郷した事が観客には分かってくる。しかし彼女は両親になかなか言い出せない。その内に彼女は物置で子供の頃の思い出が込められた鈴を見つけ、そこから物語は彼女の少女時代の追憶と、初恋の男を探す旅へと展開して行く。
 物語としては特に波乱があるわけでもなく、美しい瀬戸内海の情景をバックに、娘を心配する両親と、結婚をどう伝えるか悩むヒロインの行動を淡々と描く。そして最後は迎えに来た婚約者と共に島を去る…。それだけの話なのだが、父親を演じる大杉漣の寡黙な好演と、懐かしい空気が漂う土地の風景を丹念に切り取る磯村監督の誠実な演出に支えられ、観終わった後は爽やかな余韻を残す。私はどことなく、「晩春」「麦秋」などの小津安二郎の秀作を思い起こした。“結婚を間近に控えた父と娘の物語”という共通項だけでなく、“庶民の日常生活を淡々と描く”スタイルに小津映画の空気を感じたのである。高台から眺める瀬戸内海の風景は「東京物語」を思い起こさせるし、ラスト間際の大杉と婚約者のトボけた会話もいかにも小津タッチである。考えれば大杉漣はかつて周防正行(アルタミラ・ピクチャーズの磯村の同志)のデビュー作「変態家族・兄貴の嫁さん」(小津映画のまるごとパロディ。必見ですよ)で、小津映画の笠智衆の役をそのまま演じていた人でもある。確か役名も小津映画でお馴染み“周吉”であった。そう考えれば、本作の大杉の役名が“三”であるのも、その事を意識しているのかも知れない(ちょっと考えすぎ?)。他の出演者では、林美智子、大谷直子などの顔ぶれも懐かしい。小品だが、観終った後もなんとなく愛おしくなる佳作である。