13階段   (東宝:長澤 雅彦 監督)

 第47回江戸川乱歩賞を受賞した高野和明の原作は、冤罪と言う社会派的テーマと謎解きミステリーとを巧みに融合させており、私も読んだが面白かった。これを「はつ恋」(脚本)、「ココニイルコト」(監督)などで私のお気に入りの長澤雅彦が監督、しかも脚本が「誘拐」(城戸賞受賞)という傑作サスペンスでデビューした森下直。うーん、これは期待したくなるではないか。
 で、早速観に行った。…が、期待が大きすぎたのか、やや物足りない出来。しかし日本映画としては水準作であり、決して駄作ではない。以下、良かった点と、注文について述べる。
 良かった所は、死刑囚の実態、死刑執行のプロセス、死刑台のボタンを押す執行官の心の迷い(寺島進が好演)…等を丹念に描き、“死刑もまた殺人ではないのか”という問題点を鋭く追及している点である。こういうタイプの作品は、大島渚の秀作「絞死刑」くらいしか思い当たらない。死刑になる男が最期に「タンポポが見たい」とつぶやく、原作にないシーンをキーワードとして使っているのも好感が持てた。山崎努扮する刑務官・南郷が、冤罪で死刑が迫っている男を救う為に奔走しようとする気持、はずみとはいえ人を殺してしまった過去を持つ三上(反町隆史)の、心の深い闇…。二人に共通するのは“贖罪”である。人が人を裁く事の難しさ、そして罪とは何なのか―への問いかけ…。それぞれに重いテーマに鋭く切り込む演出は見応えがある。
 それに反して、謎解き部分は(原作でもちょっと無理があると思えた所なのだが)偶然に頼り過ぎていたり、ラストの対決も大時代的で、前述の重厚なテーマに比べるといかにも軽い。テーマを中心に置くなら、トリック部分は思い切ってカットしても良かったのではないか。思い出すのは秀作「砂の器」(野村芳太郎監督)で、原作の連続殺人ミステリー部分をバッサリと切り捨て、刑事の地道な捜査と、親子の“宿命”を中心に据えた重厚なドラマに仕立て上げて見事に成功していた。これは橋本忍と山田洋次の脚本の見事さであり、森下・長澤コンビはあの作品をこそお手本にすべきであったのである。
 また、(ちょっとネタバレになります。注意)途中で三上が犯人と疑われ、姿を隠すくだりがあり、当然ながら警察は南郷を尾行すると思われるのだが、この点がほとんど無視されているのも納得行かない(原作ではちゃんと出て来る。まあそれはそれで、まるで山崎努が同じように刑事に尾行される「天国と地獄」のパロディになってしまいかねないが(笑))。
 …とまあいろいろ書いて来たが、そういう欠点に目をつぶれば、これは骨太のテーマと娯楽サスペンス性とをうまく両立させた見応えのある力作である。見ておいて損はない…と言っておこう。