なごり雪  (大映:大林 宣彦 監督)

 伊勢正三作曲の同名フォークソングは、'70年代に青春を送った世代には懐かしい曲である。この歌をモチーフに、伊勢の故郷(津久見市)に近い大分県臼杵市を舞台に、この手の地方都市発青春映画作りでは第一人者とも言える大林宣彦が監督した、いかにも大林作品らしい温かい手触りの佳作である。
 惹句が泣かせる。“50歳を迎えた人たちに捧げる”というもので、伊勢正三も、主演の三浦友和も50歳、そして私も50歳台…。何故50歳なのかという事は、この映画を見れば分かる。そう、まさにこの映画は、戦後の高度成長期にガムシャラに働き、そしてバブル崩壊後、立ち直れない日本経済を象徴するかのように、リストラの嵐に翻弄され、疲れ、途方に暮れる50歳の男たちに捧げる物語でもあるのである。
 東京に住む主人公、梶村祐作(三浦友和)は、会社をリストラされ、妻には逃げられ、生きる勇気も失ってしまった50歳の男…。遺書を書きかけた時、28年も帰っていなかった故郷の友人、水田(ベンガル)から電話がかかる。水田の妻であり、かつて祐作に好意を寄せていた雪子が事故で死にかけているというものであった。こうして28年振りに故郷に帰った祐作は、水田と、雪子との若き日を回想し、そして祐作を一途に恋していた雪子も故郷をも、捨ててしまった自分というものを改めて見つめ直すのである。“いったいこの28年間は何だったのだろうか”…。それは、日本人がこの28年間に得たもの、失ったものでもある…というのが大林監督流の、21世紀最初にどうしても作りたかったメッセージなのだろう。
 映像そのものは、いつもの大林映画らしく、昔の佇まいをそのまま残す地方都市(尾道シリーズなどにも通ずる)の風景をバックに、抒情的で甘くセンチメンタルに描かれる。祐作より3つ年下の雪子は、祐作をずっと恋し続けている。祐作にもその思いは分かっている。しかし、いずれはこの田舎町を捨て、都会に行くつもりでいる祐作にとっては、雪子の思いを受け入れる事は故郷を捨てられないという事でもある。だから祐作は雪子につれなくしたり、わざと東京からガールフレンドを連れて帰ったりする。後に母が亡くなったら、実家を売り払ってもしまう(もう故郷に未練はないという事である)。…そしてやがて、雪子はある行動を取り、それが結果として二人を遠ざけてしまう事となる。だが、その行動には雪子のある思いがこもっていたのだ…。それについては、映画を見ていない人の為にここでは書かない。だが、雪子の思いの深さにきっと涙してしまうエピソードであるとだけ書いておこう。…忘れる所だったが、これはまた、“捨てた”祐作に対して、雪子を、故郷を“守って来た”水田(彼も50歳)の物語でもあるのだ。
 話としては、やや無理な所もある。「なごり雪」の歌詞をそのまま引用したセリフも物語にうまく溶け込んでいない感じもする。・・・だが、“人の思いというもののせつなさ、はかなさ”を一貫して描いて来た大林宣彦らしい、素敵な、いとおしくなって来る映画である事は間違いない。ファンなら、そして50歳になった男たちには是非とも見て欲しい、今年の収穫である。       

(付記)これほどの秀作であるにもかかわらず、上映館も上映期間も、あまりに少な過ぎる。特に大阪では、OS劇場C.A.Pのモーニングショーのみ(3週間だけ)。・・・これでは肝心の50歳のサラリーマンはほとんど見たくても見れないではないか! 売りにくい作品であるのは確かだが、本当にいい作品は全力をあげて多くのひとに見てもらう努力をすべきではないか。「阿弥陀堂だより」も、作品の良さが余り伝わっておらず、観客動員は芳しくないと聞く。・・・良い作品が動員につながらない現状が、日本映画の状況をさらに悪くしているのではないかと、暗澹たる気分にならざるを得ない。