命  (東映:篠原 哲雄 監督)

 芥川賞作家、柳美里のベストセラー自伝小説の映画化である。これは、彼女も一時属していた劇団・東京キッドブラザーズ(柴田恭平がいた事でも有名)の主宰者であり、元恋人でもある東由多加がガンに冒され、亡くなるまでの最期の数日間を彼と共に過ごした柳自身の実話に基づくもので、個人的には今年の収穫として挙げたい、素晴らしい傑作だと思う。
 まず凄いのは、柳や東が、そのまま実名で登場することで(これまでだったら大抵は別名にしていた)、しかも内容的にも柳が、妻子ある男との不倫で父親のない子供を産む…という、他人にはあまり知られたくないプライバシーを堂々と小説に(実名で!)書く…その過激な生きざまである。その事について批判する声も聞く。しかし創作者というものは大なり小なり、エキセントリックなところがあるもので、自分自身を傷つけながらも創作に打ち込む彼女の姿勢は、ある意味いさぎよい。私は彼女のファンでもないし、小説も読んだことはない。彼女を擁護する気もない。…しかし彼女の生き方は彼女自身のもので、他人がケチをつける筋合いではないと思う。
 映画は、残された命の短さを知った東が、その最期の日々を、柳の子供の出産・子育てという、新しい命の誕生に立ち会い、参加することで、東自身も“この世に何かかけがえのないものを残して”その死を受け入れて行く…というストーリーになっており、ちょうど黒澤明の「生きる」とも共通したテーマを持った作品になっている。しかし映画はことさら感動を押し売りすることなく、脚本も演出もほどよく抑制されて、むしろ淡々とした描写になっている。ラストの臨終も、映画でよく見るベッドの周囲に近親者が集まって…というシーンをバッサリ省略し、ただ無意識に子供をあやす手つきをする東の、その手先のみを描写する。−にもかかわらず、観終わって涙が溢れた。途中で、東が柳の子供の初参りに付き添い、神社で子供と遊ぶ父親を見て、赤ん坊を抱いたまま慟哭するシーンにも涙を誘われるが、全体的には、泣かせよう…という演出にはなっていない。それでも泣けた。淡々とした演出が、逆に人間の命のはかなさを浮き上がらせているのかも知れない。豊川悦司の、体重を限界まで落としたという鬼気迫る演技も見事である。
 篠原哲雄監督は、「月とキャベツ」「はつ恋」などの抒情的な秀作で知られる、私の好きな監督の一人である。インディーズ出身であるにもかかわらず、彼を起用した東映の英断(東映での演出は「死者の学園祭」に続き2作目)にも敬意を表したい。また、「39−刑法第39条」などで知られる大森寿美男の見事な脚本も特筆しておきたい。