化粧師 kewaishi   (東映:田中 光敏 監督)

 原作は石ノ森章太郎の漫画。石ノ森作品は「佐武と市捕物控」に代表されるように、淡々とした江戸情緒の描写が心地よい。本作も原作の舞台は江戸時代で、主人公小三馬は江戸時代に実在した戯作者・式亭三馬の息子という設定…であったのが、映画では大正時代に変えられている。せっかくの繚乱の江戸に花開く戯作的趣味の世界が、これでは今一つ生きないのではないか。映画を見ても、あえて大正時代にした意味はあまりないように思える。物語も原作の短編的エピソードを羅列しているだけなので、平板でこれといった山場もなく盛り上がりに欠ける。脚本がかなり杜撰。最後にあかされる、小三馬の秘密…というのも思わせぶりな割には大したもんでもない…
 と、欠点ばかりあげつらったが、それにもかかわらず、後味は爽やかである。これがデビュー作の田中光敏監督は、最近の若手監督には珍しく、正攻法で腰のすわった、端正な映像でなかなか見せる。冒頭の一面に広がる野原の画が素晴らしいし、ベテラン西岡善信の美術にも助けられ、絵に落ち着きと風格も感じられる。主役の椎名桔平がなかなかいいし、さまざまな女たちの描き分けにも神経が行き届いている。これは物語よりも、そうした風景と佇まいを堪能する映画であろう。いわば、“癒し系”映画である。高田宏治か田中陽造級のどっしりした骨格の脚本を得たら、この監督は傑作を作れるのではないか・・・とそんな期待を抱かせる、未知数の魅力を持った新人監督の登場である(個人的には、澤井信一郎監督のデビュー当時を彷彿とさせる)。次回作には注目したいと思う。