竜二 Forever   (アミューズ:細野 辰興 監督)

 忘れもしない、1983年暮、1本の映画と衝撃的な出会いをした。
 映画の題名は「竜二」。たまたま東京に出張した折、何かまだ大阪でやっていない映画はないかと探していたら、新宿東映ホールで「竜二」を上映しているのを知り、そこへ行った。
 劇場の前にこんな看板があった「この映画の主演俳優、金子正次さんは病気の為亡くなりました・・・」。亡くなっていたのはそれまで知らなかった。劇場は(狭いせいもあるが)満員だった。映画を見た。ラスト、ショーケンの「ララバイ」が流れるエンド・クレジットを見ながら涙が溢れた。すごい映画だった。命を削りながら作ったという事実にも打たれたが、映画そのものも凄かった。家族を愛し、我が子を愛し、それでもヤクザな世界に戻らざるを得ない、不器用だけど自分に誠実な人間の生き様に感動した。役者・金子も凄かった。もっと生きて、もっと凄い映画を作って欲しかった。この作品はその年の私のベストワンとなった。
 そして今年、その金子正次の生涯が映画になった。監督は「シャブ極道」という、やはり一人のヤクザの生き様を描いた傑作を撮った細野辰興。期待できる。原作は生江有二のドキュメント「ちりめん三尺パラリと散って」。これも読んだ。読んで、やっぱり泣けた・・・。見る前から予断を持ってはいけないが、これは傑作になると確信した。
 冒頭「これも又、架空の物語」というタイトルが出る。普通なら「これは真実の物語である」と出るはずなのだが…。つまりは、ある程度フィクションが混ざっているという事なのだろう。事実、金子正次以外はすべて名前を変えてある。
 主演の高橋克典は、本人よりやや甘い顔立ちだが、チラッと似ているシーンもあり、演技も健闘している。小さな劇団で名前が売れて来たにもかかわらず、映画俳優になる夢を捨てきれず、常に「待ってろよ」が口ぐせの金子。妻(石田ひかり)の「この頃野菜が高いのよね」の言葉(映画「竜二」にも出てくる)に苛立つシーン等を見ると、まさに“竜二”は金子自身の姿でもある事が分かる。“映画”を“ヤクザ”に置き換えたらそのまま「竜二」である。
 友人の田中を監督に、石原をプロデューサーに、自主製作映画として撮影を開始。しかしドキュメンタリー作家であった田中は絵コンテもカット割りの意味も知らず、撮影はトラブル続き。とうとう田中は去り、石原が監督を引き受けて映画は完成、大好評で迎えられるが、ガンに蝕まれた金子は帰らぬ人となる。・・・
 やっぱり泣けた。涙がポロポロ溢れた。つくづく日本映画は惜しい俳優を失った。松田優作との友情(映画では羽黒大介。演じる高杉亘は声が優作ソックリ)も描かれているが、生きていれば優作の後継者となれただろう。その優作も今はない。あの、新宿東映ホール前の、私が見た看板もそのまま出てくる。そのシーンを見ただけでも泣けた。・・・この映画に関しては公平な評価が出来そうもない。一言だけ言えば、監督失格の烙印を押され、金子らの前から消えた田中(香川照之。好演)にも、映画は暖かい目を注いでいるのが爽やかであった。昔「竜二」に感動した人は、是非見て欲しい。多くの若い人に、こんな役者がいた事を知って欲しい。残念ながら興行的には苦戦しているようだ。悔しい。        

(付記)ちなみに、「竜二」のチーフ助監督をやっていたのが、今をときめく阪本順治である。「竜二」にも出ていた、日活ロマンポルノのベテラン、高橋明が金子の父親役を演じているところにも注目を。