仄暗い水の底から   (東宝:中田 秀夫 監督)

 「リング」で絶賛された、中田秀夫監督の新作。「リング」は私も震えあがりました。
 ただ、その後の「リング2」はも一つコワくなかったし、メルヘンチックな「ガラスの脳」(99)も監督したりと、もうあんなコワい作品は作らないのかな…と思っていたら、待望の新作ホラーが完成した。原作も同じ鈴木光司(短編集「仄暗い水の底から」に所収の「浮遊する水」が原作)。
 主人公は、夫と離婚し、5才の娘・郁子の親権を巡って調停中の母・淑美(黒木瞳)。夫との交渉でナーバスになっているうえ、仕事を抱えながら毎日保育園に娘を迎えに行かなければならず、仕事の都合で遅れては保育園から注意され、新しく越したマンションは不気味で、天井にはシミが広がりつつある。こんな状況で淑美は次第に精神的に変調をきたして行く・・・。
 これは、むしろごく日常的に起こり得るケースであり、現実にこれに近い環境で精神がおかしくなる人も多いと思う。もしこんな環境に置かれたら、自分でもおかしくなってしまうのでは・・・。そう考えたら、こちらの方が、幽霊が出る話よりコワいのではないか。−そういう恐怖映画の傑作があった。ロマン・ポランスキー監督「反撥」である。主演はカトリーヌ・ドヌーブ。一人で生活しているうち、どんどん精神を病んで行き、幻覚を見る。遂に被害妄想から、近寄って来た男をカミソリで切り刻んでしまう・・・という話で、これは私が見た映画の中で、一番怖かった作品である。ショッキングなシーンでは、全身に鳥肌が立ってしまったのである。
 本当に怖い映画は、映画が終り、外に出て日常生活に戻ってからでも、思わずゾーッとしてしまうようなものではないだろうか。「反撥」がまさにそういう映画であった。本作も、彼女が見聞きする異常な出来事は、すべては彼女の幻覚だったのではないか−そういうストーリーであったら、これは心理ホラー映画の傑作になったかも知れない(原作は、給水塔に何かがあると感じた主人公がマンションを去る所で終わっており、幽霊は出てこない)。−ところが、本作は後半に至って、「リング」にも似た幽霊の話になって行く。確かに、心臓が飛び出そうになるコワいシーンもあって、ショック演出はよく出来てはいる。しかし幽霊が姿を表わしてからは、ありきたりのホラー映画になってしまっているのが残念である。ラストはまったく余計である。結局、見ている間はコワいが、見終わったら只の幽霊映画だった・・・という作品である。幽霊の出てこない、原作の方がよっぽど怖かったのである。まあしかし、これは私の個人的意見であり、見ている間は確かに久しぶりにコワさを味わいました。悪くはありませんよ。