かあちゃん     (東宝:市川  監督)

 この間86歳になったばかりの市川監督監督の新作。まったく衰えを感じさせない力作である。原作は、黒澤明も好んで取り上げた山本周五郎の「かあちゃん」。脚本は、以前同原作が大映で映画化された時(その時の題名は「江戸は青空」)に和田夏十さん(市川亡き夫人)が書いたシナリオを、竹山洋さんが一部原作にないエピソードも加えて改稿したものである。主人公の、5人の子供を育てる“かあちゃん”に、市川作品でおなじみ、岸恵子。本人はまだ綺麗なのだが、市川監督はかなりフケた婆さん(しかしどこかに気品がある)のメイクをさせている(岸さん曰く、“墓石にシワがいったような顔”だそうだ(笑))。
 かあちゃんは、子供たちと、近所からケチだと言われながらも小ガネを貯めこんでおり、その噂を聞いた勇吉(原田龍二)がかあちゃんの家に泥棒に入るが、逆にうどんをおごってくれた上、自分の遠い親戚と偽って仕事の世話までしてくれる。小ガネを貯めているのも、長男の友人が刑期を終えて出所して来る時の、商売の元手にする為だった。・・・という具合に、(周五郎作品ではよく出てくるが)現在ではまずいないような、他人の為に精一杯の善意をほどこすかあちゃん一家(子供たちも当然のように善意のかたまりです)の姿を映画は描く。しかし市川演出は、全体をまるで古典落語のような語り口で(冒頭の大工のクマさんの独り言など、ほとんど落語そのままである)ほのぼの、あっけらかんと描いているので、見終わった後で何か心が温まり、いい気分になれるのである。飲み屋で、「家族ゲーム」の伊丹家の食卓のように横一列になって近所の噂話をしている
4人組(春風亭柳昇、中村梅雀、コロッケ、江戸家子猫)の描き方もユーモラスで面白い。「おとうと」「幸福」でおなじみの、市川崑お得意の“銀残し”(セピアとカラーの中間の現像処理)も作品のムードにうまくはまっている。ラストの一言のセリフがまたいい。善意が信じられなくなっている、今の時代だからこそ、人間って棄てたもんじゃないよ・・・というテーマが心に沁みるのである。最近の市川監督の中では、一番好きである。