人 狼 (バンダイ:沖浦 啓之 監督)
「攻殻機動隊
Ghost in the Shell」で世界に名をとどろかせたジャパニメーションがまたまたやってくれた。前作ではそのタイトなアクション描写とダークな世界観に賛辞が集まり、「マトリックス」を始め多くの映画作家に影響を与えることとなった。その「攻殻−」の監督である押井守が原作・脚本を書き、同作のキャラデザイン・作画監督を担当した沖浦啓之が初監督に挑戦したのが本作である。期待と注目が集まるのは当然であるが、沖浦監督、そのプレッシャーをはねのけ、見事な傑作に仕上げてみせた。
作品の流れとしては、「紅い眼鏡」「ケルベロス・地獄の番犬」に続くケルベロス3部作の最終作に位置付けられる。従って本当は前2作を先に見ておく方がいいのだが、本作のみを見ても十分面白い。何より、パラレルワールドとしての昭和30年代が舞台という設定が秀逸。実際の歴史では30年代後半から高度経済成長の道をひた走った日本は、平和ボケにバブル崩壊ととんでもない袋小路に陥ってしまうのだが、押井は「あの時代から歴史は折れ曲がってしまったのだ」とばかりに、もう一度戦後史をやり直そうとするかのようにもう一つの30年代を描いたのである。そして、そうした混沌の中で出会った男と女の愛の彷徨を、押井が敬愛してやまないアンジェイ・ワイダ(注1)の「灰とダイヤモンド」の物語そのままにしっとりと描いている。そう、戦争と体制の謀略に翻弄され、悲劇的な結末を迎えるという共通点から見てもこれはまさに押井版「灰とダイヤモンド」なのである。この映画がワイダ作品へのオマージュであるのは、前半の下水道内のシークェンスがワイダのもう一つの傑作「地下水道」そっくりであるのを見ても分かるだろう。これらの物語展開や迫真の都市ゲリラ戦、実写では到底再現不可能な30年代の東京下町のリアルな風景描写も含め、すべてのシーンがクオリティが高く、密度の濃い映像が凝縮されている。こういう完成度の高い映画を作ったのが、弱冠33歳!の新人監督であるというのも驚きである。しかしこの監督・沖浦啓之のフィルモグラフィを見てまたまた驚いた。なんと16歳でアニメ界に飛び込み、19歳!で「ブラックマジックM-66」(注2)(士郎正宗原作・脚本・監督)という、当時アニメファンの間ではカルト的な人気を博した傑作OVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)の作画監督を担当(本稿を書く為押入れから出して再見したのだが、今見てもまったく古さを感じさせない、「ブレードランナー」+「ターミネーター」とでも言うべき力作である)。その後も21歳で「AKIRA」、24歳「老人Z」、26歳「機動警察パトレイバー2」(注3)、「MEMORIES」のそれぞれの原画を担当、28歳で前述の「攻殻機動隊」と、よく見ればこれすべて海外で高い評価を得ているジャパニメーションの傑作ばかりなのである。強運なのか、彼の参加によってクオリティが上がったのか、とにかくスゴい経歴の持主であり、押井が本当は自分で監督したかった本作を彼にまかせる気になったのもこれなら頷けるだろう。興行的にもまずまずだったし、何より海外の反響がすごい。宮崎駿の後継者はなかなか出てこないが、押井守の後継者は彼に決まりだろう。次回作は是非オリジナル作品を監督して欲しい。素晴らしい新人監督の誕生に惜しみない拍手を送りたい。 ()
(注1)押井守は自他共に認めるアンジェイ・ワイダの大ファンである。何しろかつてテレビシリーズ「うる星やつら」のチーフ・ディレクターをやっていた時、その1話「ラムちゃんの理由なき反抗」の冒頭にまるまる「灰とダイヤモンド」のパロディをやらかし、「大金庫・決死のサバイバル!!」では「地下水道」の有名シーンを延々とパロっていたくらいである。
(注2)ちなみにこの作品、わずか45分という短さにもかかわらずセル枚数は35,000枚!に達したという。その為、動きが実に滑らかで、全編たたみかけるアクションの連続に興奮させられる。なお士郎正宗と共同で監督を担当したのが「老人Z」の北久保弘之。後の傑作ジャパニメーションの精鋭が結集しているという点でもこの作品の歴史的価値は大きい。もっと評価されるべきではないか。
(注3)「パトレイバー2」は、キャラクター・デザインが1作目(原作コミックとほぼ同じキャラ・デザイン)とまるで違って顔に影がかかったり、すごくリアルなデザインとなっている。何故かよく分からなかったのだが、「人狼」のキャラが「パト2」とそっくりであったところからして、多分沖浦啓之の参加が影響しているのではないかと私はにらんでいる。(沖浦は1作目には参加していない)