あの、夏の日 とんでろ じいちゃん (東映:大林宣彦監督)
大林監督の、いわゆる尾道新三部作の最終作にあたる。尾道シリーズはどれもハズレがないのだが、今回も素敵な出来である。これまでの(旧三部作も含めて)5本の作品はどれも十代後半の若者たちが主人公であったが、今回はガラリ趣を変え、やがて人生の最後を迎える老人が主人公である。しかもこの老人(小林桂樹)、ボケが始まっていておかしな言動を繰り返している様子。この老人の見張り役として夏休みの間に同居することとなった少年と老人のひと夏の心の交流と不思議な体験がこの物語である。少年はこの老人と街を歩いたり、ほとんど妄想のような話(空を飛べるらしいのだ)を聞いたりの生活を続けているうちに、いつしか本当に空を飛んだり、老人の少年時代にタイムスリップするという体験をする。・・・ヘタな監督にかかればワケの分からない凡作になるところだが、さすがファンタジーの秀作をいくつも作っている大林監督、老人の純真な少年時代の記憶を丹念にノスタルジックに描くことによって、少年も、そして観客もまた素直に老人の心の旅に導かれて行くのである。そしてこの作品は、老人ボケという深刻なテーマを、いかにも大林作品らしくこれを精神が子供時代に帰って行くことだと捉え、少年時代の、封印された忌まわしい過去の記憶をかけがえなく悔いのない想い出に修正し、やすらかにこの世を去る老人の生涯を通して、人間とはどう生き、どう老い、どう美しく死ぬかというテーマを感動的に伝えてくれるのである。そう思えば、前の尾道三部作がいずれも青春映画であったのに、「ふたり」「あした」と続く今回の新三部作はどれも“死”ならびに“この世に思いを残したまま亡くなった死者への悼み”がテーマとなっており、これらは60歳を超え、老境にさしかかった大林監督の心境なのではないだろうかとさえ思えるのである。尾道のノスタルジックな風景が作品のテーマにマッチし、風格を与えている。傑作である。
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